第34話 インベーダー

 ナイフと鎌が飛び交い、切り結ぶ。

 王都カピターレの街中にて、戦闘は激化していた。



「死ねや、女ァ!!」



 リヴァーレは素早く紫の鎌を展開し、目下の敵であるヴァネッサめがけて乱雑に振りかざす。二本のマチェットナイフを携えた彼女はそれを軽くかわすと、鎖で繋がれた一方を振り回し、リヴァーレに投擲した。


 鉄の鎖で繋がった刃が、鞭のごとく鎌を弾く。

 ヴァネッサは不敵な笑みを浮かべ、威勢よく叫んだ。


 

「死なせてみろよ! 腰抜け!!」



 やがて刃に接続された鎖がリヴァーレの右腕に巻き付き、ヴァネッサはそれを腕力で引き寄せる。中距離での斬り合いから一転、二人は至近距離で再び切り結んだ。



「女のクセによォ、随分と必死じゃねぇか!」


「ハッ、たりめーだろ! テメェはうちの両親の仇だ……ここできっちり、落とし前つけてもらわなきゃだから——なっ!!」



 ナイフで斬り払い、ヴァネッサは仇敵の腹部に蹴りを入れる。

 蹴りで吹き飛び、引き離されたリヴァーレは空中で姿勢を保とうとするが、その背後に現れたのはまた別の屈強な影であった。



「俺のことも忘れてくれるなよ」

 

「ハハッ、まだいたのかよメガネゴリラ……!!」



 息を潜めていたダンテが、背後からリヴァーレの首根っこを掴む。


 すると彼はその圧倒的な腕力だけで、敵の細身の体を軽々と地面に叩きつけた。降下した勢いのまま敵を押さえつけ、ダンテは懐から取り出したナイフをその頭部めがけて振りかぶる。



「チェックメイトだ」



 勢いよくナイフが突き刺さる。

 しかし、そこにリヴァーレの姿はなく。



(――すり抜けたか)



 残った上着のみを掴まされたダンテは、土煙の中で振り返る。果たしてそこには、鎌を振り上げるリヴァーレがいた。



「ご臨の終だぜ、クソメガネぇ!!」



 身軽になったリヴァーレが、鎌でダンテの首元を狙う。

 すると今度は、フリーになっていたヴァネッサが間に割って入った。長大な魔力の鎌を、鎖付きのマチェットナイフ二本で受け止める。



「ッ、邪魔ァすんなよ——女ァ!!」

 

「アタシはヴァネッサだっつってんだろ、鳥頭ぁ!!」



 紫紺と銀の斬撃が、激しく入り交じる。

 両者の間合いは同等——鞭のごとく伸びる鎌とチェーンナイフが、中距離で火花を散らす。ダンテのサポートを交え、互角の剣戟を演じていた両者だったが——



「——! 姐さん!」


「……あぁ!?」



 ダンテが叫んだ矢先、ヴァネッサも振り返る。

 彼らの視線の先にいたのは、瓦礫の山から這い出た一人の少年だった。周囲に親らしき人影はなく、破壊された街並みを前にただ立ち竦んでいる。



「逃げ遅れかよ……くそッ!」



 ヴァネッサらにとって、完全に想定外の保護対象。

 少年の姿を横目で捉えつつ、ヴァネッサは逡巡する。街中で暴れる十三魁厄を打ち倒すのが彼女らの最優先事項だが、街を守る騎士としては少年を見捨てるわけにもいかない。

 

 しかしヴァネッサが迷いを見せたその一瞬の隙に、狩人リヴァーレの目は残酷にも、死神のごとく少年を標的として捕捉していた。


 


「ゲハハッ! ママんとこってこい……クソガキがァ!!」


 


 満面の笑みを浮かべ、リヴァーレは手のひらから切り離した鎌を少年めがけて投げつける。ダンテが救助に向かうよりも早くその場に疾駆したのは、隊長であるヴァネッサだった。


 地面を容赦なく、斬閃が走る——。



 

「え……?」



 

 口を半開きにし、呆然と立ち尽くす少年。

 彼を庇うように割り込んだヴァネッサの足が、ふらつく。



「ッ——姐さん!!」



 顔面から流血したヴァネッサが、走る激痛に唸った。

 彼女の右目は、斬撃によって潰されていた。




        ◇◇◇




 片や、王都カピターレの市壁にて。

 壮大な正面門を守る衛兵たちの表情は、深い絶望の色に染まっていた。


 

「ふむ、流石は王都市壁駐在の精鋭……ちゃんと魔族との殺し合いを想定した統率のとれた動きだ。悪くはないね」


 

 足音が、ゆっくりと迫り来る。

 彼女の黒いマントを、吹きつける風がなびかせた。



「やるじゃないか。ナメてたよ、憲兵隊」



 響くヒールの音に、憲兵隊所属の衛兵たちは怯みながらも長銃を構える。しかし、戦力差は誰の目にも明らかだった。


 折り重なる死体と血溜まりを横目に、エストリエは黒の剣を振りかざす。その瞳は紅く煌めき、頭の上には漆黒の王冠が浮かんでいた。



の魔術を試すには、もってこいの相手かもしれないな」



 エストリエの周囲に顕現したのは、無数の黒い刃。〈魔王〉ルシフェルから強奪した魔術を行使したエストリエは、薄い微笑を浮かべて言った。




「お相手頼むよ、諸君?」

 



 銃声が鳴り響く。

 絶望的戦力差の防衛戦が、幕を開けた。

 



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