第31話 奇襲

 フォルトゥレグノ王国の都、カピターレ。

 魔王ルシフェルの死の一報により、この街を守る騎士たちも一層の緊張感を持って任務にあたっていた。何も知らない市民たちを騒ぎから遠ざけるように、平然を装いつつ衛兵として魔族たちの襲撃に備えている。


 そんな厳戒態勢の中、王国軍の誇る「遊撃隊」は——。





 

「ここも異常ナシ……か」

 

 咥えタバコをした長身の女性が、気怠げに呟く。

 

 腰に二本のマチェットナイフを携えた彼女の名は、ヴァネッサ。サルヴァトーレ聖騎士団の誇る精鋭騎士、五名を集めた遊撃隊——通称「聖王の五刃」の隊長を務める、れっきとした実力者である。


 五人部隊で街の見回りをしていた彼女は、終始気の抜けた表情を見せていた。タバコの煙をくゆらせながら、いつもと変わらぬ街を悠々と闊歩する。後ろをゆく四人と比べ、その態度にはいくらか余裕があった。



「今日も今日とて平和ですね、あねさん」


「だな。アタシたちの仕事が減って助かるよ」


「んー、でもオレ的にはもう少しうちらにも出番があってもいいと思うんすよねぇ〜。魔族の奴らも、こっちを挑発するみたいにちまちま攻撃してきやがってさぁ。もっとこう、うちらが総出でかかるようなビッグイベントが欲しいっつーか……」


「こら。アドルフォったら、縁起でもないこと言わない!」

 


 ヴァネッサの後ろを行くのは、癖毛の目立つ金髪の青年アドルフォと、それを諌める女性隊員のレベッカ。さらにその後ろには小柄かつ臆病な少女のグロリア、丸い眼鏡をかけた大柄な仕事人のダンテと続く。


 

「で、でも……本当に魔族が攻めてきたら、私たちでこの街を守り切れるんでしょうか……。 私みたいな実戦経験のないカス剣士なんて、真っ先に殺されちゃうんじゃ……?」


「案ずるなグロリア。そのときは俺が守る」


「ふぇ!? は、はい……っ!?」


「ダンちゃんの安心感ぱねェ〜」


「カップルかよお前ら」



 緊張感を保ちつつ、適度に和やかな雰囲気で街の巡回を続ける「聖王の五刃」一行。

 

 すると、そんな彼らの前に現れたのは、一人の幼い少女だった。辺りをキョロキョロと見回しながら、幼女は涙目で何者かの名前を呼んでいる。不安に苛まれたようなその表情から、一同は事件の匂いを感じ取った。



「あの子、迷子でしょうか……?」


「そのようだな。俺が事情を聞きに行こう」


「いやダンテが行ったら余計泣くだろ。やめとけ」


「ぐぬぬ」


「んじゃあここは、間をとってイケメンのオレが!」

 

「なんの間なのよアンタは……」

 

 

 レベッカに呆れられつつも、啖呵を切ったアドルフォは宣言通り幼女のもとへ駆け寄った。部隊一のお調子者の背中を、ヴァネッサは若干不安げに見守る。

 

 

「どーしたんお嬢ちゃん! オレが話聞こうか?」


「えっ……お兄ちゃん、誰……?」

 

「お嬢ちゃん、その様子だと迷子でしょ〜? お兄ちゃん勘鋭いからわかっちゃうんだぁ〜。はぐれたのはお父さん? お母さん? それともおじいちゃん? あ、そうだ探しに行くついでにドーナツでも食べる? オレ美味しい店知ってるんだけど今からいかな」


「おいどけロリコン野郎」



 幼女相手にマシンガントークをかましたアドルフォを蹴り飛ばし、タバコを踏み消したヴァネッサが彼女の前でひざまずいた。彼女を怖がらせぬよう、自然な笑顔をつくってヴァネッサは話しかける。



「怖い思いさせてごめんな。あのお兄ちゃん、ちょっと頭がアレだからさ」

 

「あれ……?」


「そ。だからお姉ちゃんとお話しよう。お嬢ちゃんはどうして泣いてたんだ? 誰かとはぐれちゃったりとか?」


「うん……おばあちゃんと、はぐれちゃって……」


「そっかそっか、それは怖かったな」



 柔和な笑みで、ヴァネッサは幼女の頭を撫でる。

 涙目だった幼女を安心させつつ、一拍置いて彼女は言った。


 

「でも、アタシらが来たからにはもう大丈夫だ! はぐれたおばあちゃんを必ず見つけ出して、ここに連れてきてやるからな!」


「……え?」


「——おっしお前ら、人探しだ! この子とはぐれたばあちゃんを全員で捜して見つけ出すぞ!!」


「「「はいっ!!」」」


「テメェもだアドルフォ!!」


「ハイ! わかりやした!」


 

 隊長であるヴァネッサの一声で、幼女から祖母の情報を聞いた一同は一斉に街へと散開する。思ったより大事になった、と迷子の幼女が引き気味に付き添うなか、フットワークの軽い彼らによって捜索は続き——




「本当に、私どものためにわざわざ……この度はご迷惑をおかけしました!」




 ものの十分で、幼女の祖母は見つかった。

 王国の騎士達の前で萎縮した様子の老婦は深々と礼をするが、ヴァネッサたちは尊大にならず、街を守る騎士として物腰柔らかに応対する。



「謝らなくて大丈夫ですよ。別にこれくらい、王国の騎士として当然ですから」

 

「そうそう! この街の平和を守んのがオレたちの責務なんで!」


 

 何度も腰を折る老婦に、レベッカとアドルフォが言う。隊長のヴァネッサは腕を組んで頷きつつ、老婦と手を繋いだ幼女のもとでもう一度ひざまずいて目線を合わせた。



「おばあちゃん、見つかってよかったな!」

 

「うん! 騎士のお姉ちゃん、ありがとう! またね!」


「おう、気をつけて帰れよ!」



 祖母に手を引かれ笑顔で手を振る幼女に対して、相好を崩したヴァネッサは手を振り返す。平和な時代の騎士たちと市民との心温まるエピソードは、それで終わりを迎える




 

 老婦たちの背後に、殺気立ったリヴァーレが現れるまでは。


 



「おい、待っ——」


 彼の存在に気づいたヴァネッサが声をあげるが、時既に遅く。



 ボロボロのフードを目深に被ったリヴァーレは左手をかざすと、展開した紫の鎌で容赦なく、幼女と老婦の体を横向きに両断した。

 


 痛みを感じる間もなく、二人の身体は地面に崩れ落ちる。

 二人分の亡骸の沈んだ赤い血溜まりが、道の真ん中に広がった。

 

 ヴァネッサたちは数瞬、完全に言葉を失った。


 


『お邪魔しまァす』




 リヴァーレが愉快そうに、ニタリと笑みを浮かべた。




 

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