幕間④ 少女の告白
〈注意〉
一部、猟奇的または残虐な表現が含まれます。
ご了承くださいませ。
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ユースティア先生との出会いと、「初恋」から一年後。
唐突に、それは訪れた。
「ここカピターレ第三魔法学校は、来月で廃校になる」
担任の先生が、無慈悲な現実を突きつける。
クラスメイト全員が満遍なく絶望の底に叩きつけられたあのときの光景を、私は今でも鮮明に覚えていた。
それは五年前の、災害。
大陸全体で起きた魔法の消滅――〈
戦う力も学びの対象も、夢もなにもかも突然奪われた私たち魔法使いは、ただ状況に身を任せるしかなかった。悪化していく戦況の中、死なないように生きていくだけの毎日。
希望なんて、なかった。
絶望と無力感で、自ら命を絶つ人もいた。
そんな状況下、当然私は先生とも会えない。
魔法という唯一の繋がりを失った私は、十三魁厄との戦闘で重傷を負ったらしい先生の無事を、ひたすら祈ることしかできなかった。どこかで先生が生きてさえいればいいと、そう思っていた。
もし許されるならもう一度……なんて願うのは、やめた。
私の小さな恋は、死んだんだ。
ずっとそう思っていた。
◇◇◇
「あたしの言うことを聞いてくれれば、ユースティアに会わせてあげるわ」
悪魔のささやきのようなことを、彼女は言った。
いや、実際彼女は「悪魔」だったのだけれど。
「あたしが今から言う任務を達成した暁には……そうね、あのエルフと二人で静かに暮らせるように手配してあげる。憧れの先生と二人暮らしよ? どう? 魅力的な提案だと思うけど?」
ベンチに座る魔族、カタリーナさんは悪戯っぽく笑う。
王都から少し離れた街中、それも路上で彼女に呼び止められた私は、最初は恐怖で動くことすらできなかった。けれどそのうち、彼女の巧妙な語り口に私は乗せられていく。
「先生と、会える……?」
明らかな、罠だ。
秘匿にされているユースティア先生の家の場所を知っている上に、私の恋心まで把握しているなんておかしい。そもそも、魔族の言うことなんて信じちゃいけない。
頭ではそう理解していた。
していた、はずなのに。
「会いたい……」
私の中の欲求は、みるみるうちに大きくなっていく。
彼女の紫色の瞳に魅せられて、心の奥底にしまい込んでいたはずの想いが、諦めていたはずの恋が、私の理性を抑え込んで復活する。その欲動はもう、私自身にもどうにもできなかった。
「私は、せんせぇが、好き……」
押し込めていた感情を確かめるように、口に出した。
思い返せばそのときを境に、私はおかしくなってしまったんだろう。五年近く経っても冷めない恋心を自覚してしまった私は、もう後戻りできなくなった。
先生が好き。愛してる。
結婚したい。独り占めしたい。
先生。ユースティア先生……。
「まだ、こんなに好きなんだ、私……」
昔の恋をいつまでも引きずっている自分が、恥ずかしくなる。
けれど、カタリーナさんは私に近づいて、
「もっと、正直になりなさい。自分の欲望にね」
「よく、ぼう……?」
「そうよ。あんたのその恋心は、別におかしなものじゃないわ。あんたの大好きなユースティアを、あんたはいずれ好きなようにできる……そう考えたら、私に従っておくのも悪くない選択だと思うけど?」
私の顎を持ち上げて、カタリーナさんは言う。
彼女の紫の双眸が、真っ直ぐ私を見つめている。
私の理性なんてものは、とっくに吹き飛んでいた。
「……わかりました」
抗えない。逆らえない。
欲望に囚われた、今の私では。
「私は……何をすればいいんですか?」
あれこれ考えるのもやめて、カタリーナさんに訊ねる。
「あら、思ったより従順ね。……まあいいわ。あんたにはこれから、いくつか任務をあげる。愛しのユースティアのためだと思って、せいぜい頑張ってきなさい」
どす黒い笑みを浮かべて、彼女は言った。
もう、後戻りはできない。
「よろしくね、人間ちゃん」
◇◇◇
それから私は、迅速に〈任務〉をこなした。
まず、カタリーナさんが「とても邪魔」だと言っていた黒の飼い猫を、先生が家を離れているうちに外へ連れ出して始末した。暴れられて傷でもつけられたら面倒だから、袋に入れてからナイフで刺し殺した。
心の奥が、ずきんと痛んだ。
それから、先生の家に潜入して居候中の弟子の警戒心を解いていった。
彼はもともと相当の手練れだったらしく、直接戦うのは避けろとの命令だった。この人もカタリーナさんにとっては「とても邪魔」になるみたいだから、私が殺さなくちゃいけない。
警戒を解くといっても、初対面の私が媚びても怪しまれるだろうから、適度に脅しを入れて接することにした。……半分は、先生と一緒に暮らしてたことへの個人的な妬みだったけれど。
結果的には、早い段階で彼の警戒を解くことができた。
家に私がいる中で、堂々とベッドで眠ってくれたのだ。
私にとって、これ以上のチャンスはない。
ナイフでお腹を複数回刺して、致命傷を負わせた。
まだ息があったみたいだけど、多分もう助からない。
心の奥が、ずきんと痛んだ。
そして最後に私は、任務達成の喜びで思わず先生を押し倒した。もう逃さない、逃したくないと思った。
これで、終わった。
先生と二人きりの時間が、私を待っている。
本当に嬉しかった。
そう、嬉しかった。
嬉しいはずなのに、私は。
『せんせぇ、私、先生が好きです』
どうして私は、素直に喜べないの?
ずっと欲しがってたものが、ようやく手に入ったのに。
この胸のもやもやは、何?
この虚しさは、なんなの?
『声、抑えなくていいんですよ?』
他でもない『私』が、先生の手にナイフを突き立てる。好きだった人に何をしてるんだろう、『私』は。
好きな人を傷つけて。
好きな人の大切なものを壊して。
今の『私』は、何がしたいの?
(ごめんなさい)
そんな一言が、頭に浮かんでは消えていく。
心の奥が、ずきんと痛んだ。
(ごめんなさい。ごめんなさい先生)
バカだ、私。
魔族に操られてこんなことするなんて。
謝りたい。先生のために、この罪を償いたい。
けれど、あの人のせいでおかしくなった私の口は、そんな言葉すら言わせてもらえない。思うように、動かない。
『あ、カタリーナさん……私、やりましたよ!』
全部、あの魔族のせいだ。
私の欲望は、あの魔族にいいように利用された。冷静に考えたら、そもそも魔族である彼女がユースティア先生を生かしておこうとする理由がない。
(私、騙されたんだ……)
許せない。
返して。返してよ。
私の初恋を。綺麗な思い出を。
(バカだな、私……)
用済みよ、とあの女が吐き捨てる。
ああ、やっぱりそうですか。私は捨て駒ですか。
三本の糸が目の前に迫る。
ふと涙がこぼれ落ちた。
私はきっともう、先生にも謝れない。
謝れないまま、嫌われたまま死んでいく。
そんなのってあんまりだ。
(先生……)
先生、ごめんなさい。
憧れて、好きになって、ごめんなさい。
私なんかが愛してしまって、ごめんなさい。
ずっと前から、大好きでした。
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