第23話 悪夢のあとで
魔族による城壁襲撃から、二日後。
事件の渦中にある王都は、未だ混乱に包まれていた。
王宮の長い廊下を、赤髪の少女は毅然として進む。
騎士団長エルダ・ファルネーゼは、国王からの召集を受け、彼のもとへ向かっている最中であった。傷もまだ癒えぬままであるが、その表情には程よい緊張感をのぞかせている。
と、そんな彼女の視線の先に、
「――おっ。やっと来たか、エルダ」
咥えタバコをした長身の女性が、エルダを見て言った。
ヘアピンで留められた黒髪はショートで切り揃えられており、整った顔立ちも相まって中性的な容姿の女性だ。ツリ目気味な赤の瞳や突き出た八重歯には、どこか男勝りな面も垣間見える。
彼女の姿を捉えたエルダは、嬉しそうに破顔した。
「ヴァネッサさん! 来てたんですね!」
「おう。ローゼオが別任務だから、その代理でな」
タバコ片手に、その女性は少年のような笑みで答えた。
エルダとともに国王からの召集を受けた彼女の名は、ヴァネッサ・ヴェンデッタ。ローゼオと同じく騎士団の副団長を務めており、同時に遊撃隊の隊長も兼任する、れっきとした実力者である。
するとヴァネッサは、エルダの全身を流し見て、
「エルダ、お前怪我は大丈夫なのか?」
「えっ? あ、はい、私は全然……!」
「そっか。一昨日は駆けつけられなくて悪かったな。アタシも別件で駆り出されててさ……」
「いえ、そんな! ヴァネッサさんが謝る必要は……」
申し訳なさげに眉を下げるヴァネッサを、エルダは慌ててフォローする。しかしヴァネッサは一転、歩きながらエルダの肩を励ますように叩いた。
「でもまあ、エルダも敵に一矢報いたみたいじゃん。さっすが騎士団長! いやぁ〜、アタシも団長が本気で戦ってるとこ観たかったなぁ〜!」
「あ、ありがとうございます……あはは……」
戦闘の途中で気絶したとは、口が裂けても言えないエルダ。
ヴァネッサ含め一昨日の一件に立ち会わなかった騎士たちには、例の老剣士のことは伝えられていない。城壁付近で彼を目撃した騎士たちも、そのことについては口外を禁じられていた。
もっとも、エルダですら誰が助けに入ったかは知らないのだが。
「……というかヴァネッサさん、陛下の部屋でタバコはまずいんじゃ?」
「いや、流石に王様の前じゃ吸わねーよ……」
風通しのいい渡り廊下にて、ヴァネッサは携帯灰皿でタバコを揉み消した。そうして二人はある扉の前で並び立ち、神妙な面持ちで深く呼吸をする。
重厚な漆塗りの扉をノックしたのは、エルダだった。
ややあって国王の返事を聞き、彼女は鈍重なその扉をゆっくりと開く。
入室した二人はすぐさま、左膝をついて跪いた。
正面に鎮座する、その人物に畏敬の念を表するように。
「騎士団長エルダ・ファルネーゼ、副団長ヴァネッサ・ヴェンデッタ、両名ともに到着いたしました」
職務上では上司であるエルダが、物腰丁寧に二人分の挨拶を済ませる。胸に手を当てて
「うむ。二人共、ご苦労であった」
ボリュームのある白髭をさすりながら、その老夫は頷く。彼こそが現在のフォルトゥレグノ王国の元首、エヴァンジェリスタIX世その人であった。
「急な呼び出しですまなかったな。楽にして良いぞ」
「「はっ」」
温厚な好々爺の顔をのぞかせて、国王は微笑する。
エルダとヴァネッサはようやく頭を上げて、彼と正面から相対した。元首としての威圧感を解いた国王の雰囲気に、エルダの緊張はいい方向に緩んでいく。
佇まいはそのままに、国王は少し声音を変え、
「さて……今回呼び出したのは他でもない。先日起きた、城壁北部および、元エトワール魔法隊隊長ユースティア宅への同時多発的な魔族の襲撃に
予想通りの展開に、エルダは息を呑んで眉根を寄せる。
しかし先に口を開いたのは、ヴァネッサだった。
「ユースティア宅襲撃の件については、現在ローゼオ副団長らが現場に赴いて処理にあたっています。こちらは幸い騎士団に被害はありませんでしたが、城壁の襲撃では……」
「殉職者29名、か……痛ましいな。本当に……」
国王は眉を下げ、悲痛な胸の内をあらわにする。
だが同時に、エルダの表情が次第に曇っていき、
「――っ、申し訳ございません! 騎士団長である私がついていながらこのような事態を招いてしまい……本当に、面目次第もございません!!」
「エルダ……」
深く頭を下げ、自らを責めるようにまくし立てるエルダ。まだ年若い彼女の背負う責任の重さを理解しつつも、ヴァネッサはそれ以上口出しもできずに押し黙った。
彼女の深い謝罪に対し、国王は。
「顔を上げなさい。エルダ――いや、騎士団長。私は、貴君のことを責め立てるためにここへ呼んだわけではない」
「陛下、しかし……」
「今回の件は、五年という歳月で緩んでしまった我々全員の問題だ。貴君一人の責任ではない。だからどうか、気負わないでおくれ」
瞳を揺らすエルダを、彼は優しく諭すように言う。
「……それに、もとより私は、責任の所在など興味はない」
温和に閉じられていた彼の目が、わずかに開かれる。
その細い双眸は、真っ直ぐに赤髪の騎士団長へと向けられていた。
「その代わりに……エルダ、貴君に問おう。魔族たちが再び我々に牙を剥いた今……貴君は騎士団長として、一人の王国民として、何を望む?」
純粋に問う――あるいは、試すような目。
国王から発せられたそんな高圧的な問いだが、リーダーとしての表情を取り戻したエルダは気圧されることはなかった。ただはっきりと、迷うことなく言い放つ。
「あの悲惨な戦争を、私は繰り返したくはありません。ですが――」
言うべきことなど、彼女の中ではとうに決まっていた。
「私は――いえ、
隣で聞いていたヴァネッサは片頬を持ち上げ、無言で頷いた。エルダの見せた覚悟と心強い騎士としての表情に、やがて国王も満足げな笑みを見せ始める。
「よくぞ言ってくれた、エルダ。貴君はやはり、現代の騎士の鑑だ」
柔和に微笑みかけ、国王は言う。
しかしまた、その表情を厳格なものに切り換え、
「……敵軍の元首である『魔王』との協議をはじめ、私もこの国の王としてやれることは最大限やっていくつもりだ。二度とあんな惨劇を繰り返さぬよう、我々は一丸となって戦わなければならない」
「だからどうか……貴君らも、私と共に戦ってくれ」
国王の目が、エルダたちに切実に訴えかける。
彼女らは視線を交わすこともなく、真っ直ぐに顔を上げ、
「「はっ!」」
短く、しかし強かに、王に応えた。
◇◇◇
また他方、王室から離れた地下牢にて。
主に領内の治安維持を任務とする「憲兵隊」が取り仕切るこの地下牢には、殺人や強姦などの大罪を犯した極悪人たちが収容されている。牢獄の中の彼らを見張る憲兵たちも当然、腕の立つ精鋭揃いであった。
「憲兵長、お疲れ様です」
檻の前に立っていた監視員は、姿勢を正して敬礼する。
彼の前にいたのは、ハットを目深に被った長身の男性だった。
「おうよ、お疲れさん」
軽い口調で言いながら、長身の男は監視員の肩を労うように叩く。茶色の長髪を後ろでまとめたその男は、腰のホルスターに小銃を収めていた。
「こいつが、例の魔族か?」
「ええ。お気をつけください、憲兵長」
「へいへい」
飄々と返事をして、男は鉄の檻に手をかける。二重になった檻の外側を解錠して立ち入ると、その中にあった古びた椅子にゆっくりと腰を降ろした。
「さて……初めましてだな。俺はアルジェント、憲兵隊の隊長をやってるモンだ」
男はフランクに、檻の中に語りかける。
「調子はどうだい?
檻の中にいた――ピンク髪の魔族に。
「見ればわかるでしょ。……最悪よ」
ピンク髪の魔族カタリーナは、両手両足を鎖で繋がれ、身動きを封じられていた。両腕を高く吊り上げられており、うなだれた頭から反抗的な瞳が男を睨んでいる。
「そうかそうか、そりゃあ結構。……ところで、お嬢さんには色々と、こっちから訊かなきゃならんことがあるんだが――」
口だけで笑い、男は腰の銃に手をかける。
「大人しく話してくれるか? 手荒な真似はしたくねぇんだ」
男が取り出したのは、銀色の
その銃口は確かに、檻越しに少女の額を狙っていた。
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〈作者からのお知らせ〉
何から話せば良いのか迷いますが、まずは今回にて、第二章『ヤンデレ少女と隻眼の騎士』は終了になります。ここまで応援してくださった方々、本当にありがとうございました。
さて、これまで基本的に毎日投稿を目指してきた今作ですが、明日7月1日から少しばかり休載期間を取ろうかと思っております。作者である私自身がこの時期の低気圧により体調とメンタルを崩しがちになったこと、それに伴い先の話のストックも少なくなってしまったこと等が重なった結果、今回の決断をするに至りました。誠に勝手なご報告となってしまい申し訳ございません。
再開時期は現時点では未定ですが、遅くても7月の中旬辺りには第三章を開始できればと思っております(おそらくその頃には梅雨も明けてるはず!)。気長にお待ちいただければ幸いです。
長くなりましたが、今回はこの辺で。
☆レビューやいいねはいつでもお待ちしております! それでは!
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