第21話 救世主

 目の前で切り刻まれた、フェデリカの頭。

 返り血が頬に飛び散り、ようやく私は口を開く。


「フェデリカ……?」


 茫然と、私はその名前を呟いた。頭を失った彼女の身体が、ふらりとベッドに倒れ込む。白いシーツがいつの間にか、鮮烈な赤色に染まっていた。


「まったく……愚かなもんよね。人間って」


 魔族の声を聞いて、唐突に我に返る。

 そして私は、ことの経緯を段々と理解していった。


 この魔族が、私のもとにフェデリカをけしかけたこと。

 フェデリカはこいつの命令に従って、私の飼い猫であるシャーロットとネーヴェを始末してしまったこと。


 その後で今、こいつが私を殺そうとしていること――。


「その子は本当に、あんたを独占することしか興味がなかった。あたしの〈魔術〉でその欲望を強めてエサをちらつかせてあげたら、簡単に従ってくれたわ。人間って案外チョロいのね~」


「っ、お前……!!」


 腹の奥から湧き上がる怒りに身を任せ、私は起き上がった。ベッドまで貫通していたナイフを無理やり引き抜いたせいか、右手から血が噴き出る。けれど不思議と、痛みはそこまで感じなかった。


 怒っている。私が、久々に。

 でも、なんのために? 


 未だ生死も分からない弟子のため?

 それとも、フェデリカの仇でも討とうとしているの?


「あんた、それで私と戦おうってわけ?」


 枕元にあった銃を手にした私を、魔族はわらう。

 痛覚で麻痺した私の右手は、銃を握るどころの話ではなかった。それどころか、銃身に伝った血で手が滑って弾を込めることすら難しい。


 それに対し、相手の武器は血のように赤い「糸」。

 切断力が高くリーチが分からないうえに、人間の頭だけをバラバラにするだけの繊細なコントロールもできる。生半可な戦力で勝てる相手じゃない。


「【銀詠】だかなんだか知らないけど、魔法がないと思ったよりポンコツなのね」


 糸が四本、広い間隔で迫り来る。

 私は咄嗟にベッドを降りて、物陰に移動しようとした――が、糸に掠めた左の足首が切り裂かれた。傷を増やしながらも、転がり込むようにベッドの裏に隠れる。

 

 直後、数本の糸が棚に置いてあった花瓶を両断した。


(止血……いや、その前に【言霊オルディナーレ】の刻印を……)


 私の場合、自分の血で体に刻印を描かないと〈魔術〉が発動しない。刻印を描く分には右手の出血はむしろ好都合だけど、正直そこまでもたもたやっているだけの時間は――


「無駄な抵抗はやめたら? それとも、その銃であたしを撃ってみる?」


 この狭い部屋の中では、遮蔽物を無視できる相手のほうが有利。

 銃剣で突っ込んだとしても、良くて相討ち……


 相手の足音が近づいてくる。

 このままじゃ、確実に殺される。


 一か八か、決死の覚悟で飛び出そうとした、そのとき。


 ひとつのが、響いた。



「――っ!?」



 ピンク髪の魔族が、怯んだように声を上げた。

 見ると、糸を張っていた右手に大きな穴が開いている。


(まさか、狙撃……?)


 銃声の聞こえた方向に目を向けて、絶句した。

 そこにあったのは、這いつくばりながらも銃を構える弟子――ネーヴェの姿だった。


「し、しょう……ここは俺が……っ」

 

「……ネーヴェ? 何やってるの、傷が……!!」


 腹を刺されたらしいネーヴェの後ろには、真新しい血痕が長く続いていた。見るからに瀕死――今すぐ治療を施さない限りは、とても動いていい状態じゃないはずだ。


「チッ、あいつ、殺し損ねてるじゃない……!」


 魔族はひとり悪態をつき、ネーヴェをめつける。

 展開し直された糸が、私から彼に標的を変えた。


「……っ、待て!! その子に触るな!!」


 痛む左足に鞭打って、銃剣を構えた。

 糸がネーヴェに迫る。間に合え。間に合わせろ。


 でないと、仲間が――


 

 

 

「――――待ちなさーーーーーい!!」



 


 その瞬間、部屋に入ってきたのは、鞭……


 ――のような、「剣」だった。


「は!? な、何よこれ……っ!」


 玄関ドアから伸びてきたその蛇腹剣は、魔族の左手を切断し、おまけに身体にぐるりと巻き付いた。しなる剣に拘束された魔族は、なす術なく身動きを封じられる。


(! あの剣は……!)


 まさかとは思ったけど、間違いない。

 こんなおかしな武器を使うのは、しかいない。


 

「……ローゼオ!」


 

 玄関に佇む大柄な男の名前を、私は口に出していた。

 あいつが来てくれたなら、もう勝ったも同然だ。


「助けに来たわよ、ユスティアたん!!」




        ◇◇◇




 拳と大剣が、幾度となくぶつかり合う。

 斬撃を躱したジガンテの頬に、光る汗が伝った。


(この娘、急に動きが……ッ)


 金色と蒼色、二色の双眸で敵を捉え、エルダは重厚な大剣を繰り出す。切っ先から柄の後端までの長さはエルダの身長を越しており、実際彼女もその長さに振り回されていた。


 しかし、彼女の剣筋にもう迷いはない。


「ハァッ――!!」


 低姿勢からの、強烈な斬り上げ。

 鋼のごとき強度を誇っていたジガンテの体に、わずかながらヒビが入った。若干の焦りを感じつつも、裏腹に彼の表情は緩み、微笑を浮かべている。


「そうか……それが、お前の本気か」


 エルダの袈裟斬りが、今度はジガンテの籠手ガントレットを砕く。

 その直後、彼は右の拳に力を溜め、


「ならばこちらも、出し惜しみはなしといこう!!」


「……ッ!!」


 魔術【鋼星リジドステラ】で限界まで硬化させた拳を、弾丸の如く打ち出す。エルダは咄嗟に反応し、大剣を垂直に振り下ろして迎え撃った。


 鋼の拳と、伝説の聖剣。

 銀と金の輝きが混ざり、せめぎ合う。


「はあああああああああああッッ!!」


 金の瞳を解放したエルダは、咆哮する。

 強大な敵を、討ち果たすために。


 自分の背負った使命を、全うするために。


「――!」


 刹那、ジガンテの腕に走る亀裂。

 エルダはそのまま、全身全霊で刃を押し進める。


「あああああああああ……ッ!!」


 右手――否、の両断。

 大剣を振り切り、脱力したエルダは剣先を地につける。思わぬ深手を負ったジガンテは瞠目して数歩後ずさるが、そこにあったのは潔い笑みであった。


(これが、今の騎士団を背負う者か……)


 肩付近まで真っ二つになった右腕を、静かに再生させる。

 しかしその間も、エルダが顔を上げることはなかった。

 


 持てる全力を出し切ったエルダは、静かに気を失っていた。


 

「まだ伸び代のありそうなものだが……惜しいな」

 

 支えだった大剣を手放して、エルダはその場に倒れこむ。全力で戦った経験が足りなすぎたが故に、彼女の身体はすでに限界を迎えていたのだった。


 そんな彼女を見下ろして、拳を復活させたジガンテは、


「――お前には、敬意を表する。騎士団長」


 重い鉄拳を、エルダの頭部めがけて振り下ろす。

 周囲にいた騎士たちが助けに入ろうとした、その時だった。



 二人の間に、白い閃光が走った。



「なっ……!?」


 それは一瞬にも満たない出来事だった。

 を見て、ジガンテは血相を変える。


 光の中に立っていたのは、一人の老爺ろうやだった。


「お逃げなさい……エル、ダ……」

 

 しわがれた声で、宮廷服に身を包んだ老爺は言う。

 その骨ばった手には、一本の古びた剣が携えられていた。


「何者だ、貴様は……!?」


 傷を治す傍ら、ジガンテは切迫した表情で訊ねる。

 同時に、その横顔を大粒の汗が伝って、落ちていく。


 彼の身体は無意識に、恐怖を抱いていたのだ。


 

 突如戦場に降り立った、「亡霊」に。


 

 

—————————————————————

〈あとがきというか補足〉


 描写が圧倒的に足りてませんでしたが、ローゼオはユースティアの返信を見てすぐに王都から飛んできた形になります。フェデリカのきな臭さやシャーロットの失踪だったりでそこはかとなく危機感を感じていたユースティアは、返信にやんわりと助けにきてほしい旨を記していました。返信の内容にも作中で触れられればよかったんですが……


 あとこれも触れてませんが、今回ローゼオは念のため医療班のフィオーレ(4話に出てきた秘書みたいな子)を連れてきています。王都からは地理的にかなり距離がありますが、彼はフィオーレを背負ってユースティア家までダッシュしてきました。

 はい、ローゼオはバケモノです。













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