幕間③ 少女の独白・二
「……ふむ、魔法が上手く使えなくて悩んでると」
私の隣に座った先生は、頷きながら言った。
ひとまず相談に乗ってもらったはいいけど、先生の予定を邪魔していないかどうかがどうしても気になってしまう。ましてや私みたいな落ちこぼれの生徒に……。
「フェデリカは、魔法は好き?」
突然投げかけられた、直球な質問。
私は一瞬パニックになった。
「……えっ!? あ、そ、それはその、どちらでもないというか……特別好きでも嫌いでもないというか……」
正直な本音が出てしまう。
憧れの人を前にすると、なんだか嘘もつけない。
「それは、どうして?」
さらに質問。
なんて答えるのが正解なんだろう、これ。
でも、不思議と言葉は湧いてくる。
「……私にとって魔法は、多分『道具』みたいなものなんです」
「道具?」
「はい。『強い魔法使いになる』っていう目標だけが今私の前にあって、魔法はそこへ近づくための手段というか道具というか……。あっ、でも、魔法を学ぶことがつまらないわけじゃないです! 学校での毎日はほんとに楽しいですし、むしろ、私は……!」
先生の授業が大好きです、なんて言える勇気もなく。
真剣な顔をする先生に対して、嫌われたくない私は思わず言い訳ばかりを重ねてしまった。こんな曖昧な意見で何を相談したいんだよ、と内なる私が私を責めてくる。
けれど、先生は笑って、
「うん、そっか。私もわかるよ、その気持ち」
憧れの人からの、共感。
何気ないその言葉が、どんなに嬉しかったか。
「授業でも教えたと思うけど、人類の魔法は、魔族たちに対抗するために編み出された力だ。だから戦争の『道具』だって言う人もいる。私も魔族と戦っていると、いやでもそれを思い知らされるよ」
先生はそこで言葉を区切った。
「――でも、君たちにはそう思ってほしくないんだ」
強い眼差しで、先生は言う。
そこ横顔はたしかに、教師としてのものだった。
「だから、フェデリカ」
「は、はいっ!」
ベンチから立ち上がった先生は、ゆっくりと振り返る。
春の風が、その艶のある銀髪をさらった。
「見せてよ。君の魔法を」
それから私は、言われるがまま魔法を唱えた。
魔法陣から現れたのは、いくつかの土の塊。
私の使う土属性魔法の、基本の操作だ。
(これで、いいのかな……)
魔法を見せてと言われたものの、それ以外に特に指示はなかった。だから、絶対失敗しない基礎の基礎を見せてみたわけなんだけど……。
(やっぱり、地味だなぁ……)
土。水でも炎でも雷でもなく、“土”。
私みたいな華奢な女の子が使ったって、映えないどころかむしろ不格好だ。絵面的に地味だし、戦術だってワンパターン。正直、入学時の適性診断で絶望しかけた。
ただ、それでも先生は――
「土魔法か。ふむ……いいね、造形も安定してる」
どうして、私なんかのことを褒めてくれるんだろう。
まあ、お世辞だってことは分かってるけど。
「えっと……それで、私はどうすれば……?」
「ああ、ごめん。ちょっと待ってて」
そう言うと先生は、どこからともなく自分の杖を
「――【
その瞬間、私の呼び出した土がひとりでに動いた。それらはユースティア先生の魔法で一列に並んだかと思えば、やがて
「……わっ!?」
土でできたその「腕」は、私を抱え上げる。
――人形。
それもまだ半身で、形は歪だけれど。
私も魔力で四肢を補強してあげると、その人形は抱え上げられた私をやさしく肩に載せてくれた。土の強度も、たぶんもう十分あるだろう。
「す、すごい……」
自分の魔法が生み出した、この光景にも。
「私の魔法に、こんな使い道があったんですね……!」
「そうだよ。感動した?」
「はい!」
「そっか。よかった」
クールに呟く先生の横顔は、微かに笑っていた。
嬉しそうに、見えた。
「……そうだ、言い忘れてたけどさ」
「はい?」
「――私は、魔法が好きだよ」
「――!」
やけにあっさり言ってのけた先生の目は、真っ直ぐだった。
ただ実直に、魔法に対する愛を打ち明ける。
「たしかに魔法は、魔族と戦うための道具なのかもしれない。けど私は、魔法の高みを追い求めているときはいつだって、楽しくてたまらなかった。魔法は絶対に、私の期待を裏切らないんだ」
そう言いながら先生は、ゆっくり広場へと歩いていく。
左手には、いつの間にかもう一本の杖が握られていた。
「さて……手伝ってくれたお礼に、見せてあげようか」
二本の杖をクロスさせて、微笑む。
「これが私の、
先生は楽しそうに、その名を唱えた。
「――――【
その瞬間現れたのは、光。
赤、橙、黄……と連なる、七色の眩しい光だ。
七色の光の束は全方位から一点に向かって放たれ、重なり合う。激しい虹の光の奔流はその一点で相殺されて、爆発も起こさず、淡く明るい光のカーテンをそこに顕現させた。
(すごい、綺麗……)
息するのも忘れて、ただそう思った。
ただひたすらに、綺麗だったんだ。
七色の光の束と、それらを背にして浮かぶ先生の姿が。
「どう? 綺麗でしょ」
「はい……とっても」
とっても綺麗だった。先生が。
先生の魅せてくれる、魔法の輝きが。
「……私はね、この魔法を完成させたとき、心の底から魔法を愛してるって思えたんだ。だからこれは、私の魔法への愛が生み出した努力の結晶で、同時に私の『切り札』でもある」
やがて少しずつ、光が消えていく。
先生は二本の杖を手に、静かに降り立った。
「フェデリカはさ、無理に魔法を好きになる必要はないと思う」
私を真っ直ぐ見据えて、先生は言う。
でもすぐに「けど」と前置きして、
「楽しもうよ、魔法を。
魔法を楽しむ限り、
初めて見る強気な笑みで、先生は私に言った。
その言葉は、今でも私の胸の奥に仕舞い込まれている。
そしてたぶん……今思えば、そのときだったのだろう。
私が、先生に
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