幕間② 少女の独白・一
先生との出会いは、もう六年ほど前になる。
あれはたしか、私の通っていた魔法学校にて特別授業が行われた日のこと。ユースティア先生は特別講師として、たまたま私のクラスを教えることになった。
「エトワール魔法隊のユースティアです。よろしく」
そのとき、一目見て思った。
綺麗で、かっこいい人だ――と。
思っていたよりずっと小柄だったけど、大きな白衣を羽織って黒縁の眼鏡をかけたその姿は、私の思う「先生像」そのものだった。彼女の凛々しさの中から滲み出る「強さ」が、そうさせていたのかもしれない。
魔法隊の隊長として、前線で戦ってきた故の強さ。
十三魁厄とも単騎で渡り合えるほどの、圧倒的な個の力。
私を含めたクラス全員が、魔法使いとしての先生――いや、「ユースティア・エトワール」を尊敬していた。尊敬せざるをえなかった。
今思えば、私の人生はそこで一度狂い始めたんだと思う。
もちろん、いい意味で。
ただ、「国のために戦える魔法使いになる」なんて漠然とした目標しかなかったそれまでの私の人生は、灰色だった。使う魔法も才能もごく平凡で……平凡すぎて、魔法使いとしての自分を嫌いになることもあった。
けれど、先生との出会いでそんな憂鬱は吹き飛んだ。
明確な目標ができた、と言ってもいい。
自分も先生みたいな、強い魔法使いになりたい。
そんな気持ちが、私の胸に芽生えた。
先生との出会い、初めての授業から三日後。
彼女とめぐり逢えたことで人生を狂わされた気がしていた私だったけれど、そんな感情はただただ一方的だった。
彼女は先生、私は生徒。
一週間かそこらで居なくなってしまう彼女に、私は直接関われる機会もなく、まともに会話すらできなかった。教壇に立つ彼女を「ああ、かっこいいな〜」くらいの淡い気持ちで、毎日眺めるだけ。
まあ、それでもじゅうぶん満足だったんだけど……
「……ダメだなぁ、私」
満足していると言いつつも、魔法の才能については依然ダメダメだった私。先生に憧れれば憧れるほど、目標との差を思い知ってよく自己嫌悪に陥っていた。先生と私では、住んでいる世界が違う。
だからこうして休み時間に、一人ベンチに座って自分に愚痴を吐くのが日課だったり。
「私だって、先生みたいに強くなりたいよ〜!」
叶わぬ願いを吐き散らしながら、左右に杖をゆらゆらさせる。
が、そのとき事件は起こった。
「……あっ!」
ついつい無意識に揺らしていた杖が手元を離れ、横向きに倒れる。私の杖は魔晶石が埋め込まれているタイプだから、地面に落としたりしたらまずい。
傷つけまいと、私は必死に手を伸ばす。
けど、間に合わない――
「――っと」
その瞬間、白い影が割って入った。
地面に触れる寸前で、彼女は片手で杖を受け止める。
「ふぅ……ナイスキャッチ」
あ、それ自分で言うんだ。
……じゃなくて!! 違うでしょ私!!
「――えっ、あっ、ゆゆゆユースティア先生!?!?」
いきなり現れた憧れの先生を前に、思わず反応が遅れてしまった。こんなのはきっと夢だ――と一瞬思ったけど、ユースティア先生の繊細な銀の髪の一本一本や水晶みたいに透き通った青の瞳を見て、ようやく現実であることに気づく。
というか、間近で見るとすごい綺麗……。
「どうしたの、そんなに驚いて」
「い、いえっ、別になんでも……!!」
「そう? あ、じゃあこれ返すね」
「はいっ! ありがとうございます!!」
先生はそう言ってスマートに、私に杖を返却する。
流石はエルフ、所作の一つ一つが丁寧で上品だ。
「大事にしようね。いい杖なんだから」
さらに先生は、落ちこぼれの私に大人っぽく微笑みかけてくれる。
ああダメだ。やっぱりこの人顔が良すぎる。
「は、はひ……大事にしましゅ……」
先生と会話できた喜びで、我を失う私。
けれど、そんなふうに私が惚けている間に、用を済ませた先生の後ろ姿は遠ざかっていく。ユースティア先生と話せるなんてこんなの、二度とないチャンスなのに。
「ま、待ってください、先生……!」
何も考えずに、呼び止めた。
振り返った先生は、不思議そうに私を見つめている。
「ん? どうしたの?」
なにか、なんでもいい。
先生と、話したいこと。
絞り出せ、私……!
「――ま、魔法のことで、先生に相談したいことがあるんです!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます