第15話 ヤンデレ少女、襲来
「……えっと、フェデリカちゃんだっけ?」
とりあえずコーヒーを出して私がおずおずと訊ねてみると、その子は元気よく「はい!」とだけ返事をした。紫色の髪が綺麗な、素直そうな女の子だ。
何やらこの子は昔、王都の魔法学園で講師をしていた私の授業を受けた学生らしい。今は学生ではないけれど、私に思い出してもらうためにわざと学生服で来たのだとか。
まあ、それはともかく……
「“お嫁さん”って……何? どういうこと?」
「そのままの意味です! 私、先生のことを結婚したいくらい愛してるんです!」
この子、やばい。
女の子から愛の告白を受けたこと自体は初めてではないけれど、この子の熱量は見るからに尋常じゃない。何かの冗談というわけでもなさそうだ。
「初めて先生の授業を受けたとき、私、一目惚れしちゃったんです……。先生の整ったご尊顔、ダイヤのように美しい銀髪、宝石みたいに澄んだ青い瞳、凛々しくてかっこいい立ち姿やそれでいてコンパクトで天使のように愛らしいルックス……! あああ……好き……っ!!」
「コンパクト……?」
使い方あってるのか、それ。
「私、本当に先生のすべてが好きなんですっ!」
「いや、うん……それはわかったから……」
正直、そこまで急に褒められると照れる。
しかし羞恥よりも先にはたらいたのは、防衛本能だった。
「それで、わざわざここまで来たの……?」
「はい! ここで暮らせるだけの荷物は全部持ってきたので、お嫁さんがダメならメイドとしてどうか私をここに置いてください!! 先生と一緒に居れるだけでいいんです! お願いします!」
お願いしますと言われても、困る。
というかなんで私の家の場所知ってるんだ。
(ネーヴェ、たすけて……)
さっきから我関せずといった様子で海釣りに興じているネーヴェに、無言で念を送った。本当ならすべての責任をネーヴェに押し付けて私は山奥に逃げたいのだけれど、多分そうもいかないだろう。
だから、ネーヴェに気づいて欲しい。
キミの師匠が、危ない!!
「……ダメ、ですか? 私、家事全般は得意ですし、先生の言うことならなんでも聞きますよ? あ、でも私から変なことをするつもりはないですからね! 全然ないです!」
「うーん……」
さて、どうしたものか。
ちょっと狂ったところもあるけど、根っこの部分はいい子そうではある。
ネーヴェもいて家が窮屈になりそうだけど、お手伝いさんみたいな感じで置いておくのも意外とありなんじゃなかろうか。追い返すとしても、このまま大人しく帰ってくれる保証はないわけだし。
どうする、私。
「先生、私の料理……どうですか?」
「おいしい。最高」
私は、折れた。
とりあえずということでフェデリカに料理を作ってもらったけれど、この子の手料理は美味しすぎる。このトマトソースのパスタなんて、文句の付けようがない絶品だ。
「確かに美味いですけど……師匠、折れるの早すぎですよ」
「だって料理上手だし……」
「先生のお口にあってよかったです♪」
満面の笑みを浮かべるフェデリカ。
しかし次第にその瞳からハイライトが消えていき、
「でも……」
彼女のどす黒い視線は、ネーヴェに向けられた。
「どうして、先生のお家に男の人がいるんですかぁ……?」
「ひっ……俺まだ許されてなかったっ!?」
「許しませんよ……? だってユースティア様は、男の人と付き合ったりしないし誰の甘い言葉にも靡かないし私たち人間を下等生物だと思ってるんですから」
最後のは絶対に違う。思ってない。
そんなことより、このままじゃねネーヴェの命が危ない。
「……フェデリカ、さっき説明したでしょ。ネーヴェは私の弟子なの。邪険にしないであげて」
「うぐ……先生がそう言うなら異論はないですけど……私と先生の愛の巣に不純物が混ざるのはなんというか不本意というか不服というか――」
(師匠、マジでこの人大丈夫なんですか!?)
(わかんない……)
わかんないけど、なんとかするしかないのが現状で。
明らかに性格面に問題のありそうなこの子をうまくやり込められるかは、私の手にかかっている。最悪、私かネーヴェどちらかが殺されそうな感じだけども。
「その代わり、ネーヴェさんは先生に色目を使った瞬間に私が刺しますからね。ナイフでお腹をグサっと!」
「は、はいっ! 気をつけます!!」
大丈夫か、これ。
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