第13話 一通の手紙

「あー、ほんと昨日は疲れましたね……」


 テーブルに突っ伏すようにして、ネーヴェはうなだれる。

 

 魔族たちの襲撃から、一夜が明けた。

 私もネーヴェも昨日は戦闘後の気分のたかぶりでよく寝られず、今朝はお互い寝不足だ。今は二人で少し遅めの朝食をとっている。


「ネーヴェ、そういえば怪我は大丈夫?」


「怪我は……はい、まあなんとか……戦闘訓練自体はずっとしてましたし、意外と身体は動きました」


「そうだね。今回はネーヴェがいて助かったよ」


 別にこれはお世辞じゃない。

 ネーヴェの狙撃は、上空にいた敵を牽制するのに大いに役立った。私だって、魔法なしで二匹同時に相手するのは正直厳しい。


 けど、ネーヴェがいたせいでやりずらかったこともあった。


(まあ、を使うのはちょっと躊躇ったな……)


 あれというのは、もちろん奴ら相手に使った魔術――【言霊オルディナーレ】のことだ。今はまだ研究途中だけれど、あれを使うところをネーヴェに見られるのは、私としてはかなりまずい。


 魔族の使う術である〈魔術〉を人間が使うのは禁忌……という理由はもちろんあるけれど、一番は――


「ていうか、やっぱりこれって協定違反なんじゃないですか?」


 ネーヴェの声で、私は我に返る。

 違反、というワードに過剰に反応してしまった感じがするけれど、大丈夫かな。バレてないといいけど。


「魔族側も王国との戦闘行為は行わないって条文があったはずじゃ……」

 

「……そうだね。でも私は王国軍所属ってわけでもないから、グレーゾーンってとこじゃないかな」


 コーヒーを飲み干して、昨晩のことを思い返す。

 

 あの二人は私の予想通り、エストリエの命令で動いていた。これまで私を殺しにきた魔族の半分ほどがそうだったように思う。彼女は手下をまるで鉄砲玉のように使い捨て、私の反応を伺っている。


 もしくは……生存を確認している、の方が正しいのかもしれない。


「エストリエや他の魔族は、手下を使って私にちょっかいを出してるんだよ。魔法を失った私が王国軍に戻らないのをいいことにね」


「……っ、それなら、なおさら師匠は王都に戻った方が――」


 ネーヴェもあくまで、そのスタンスは変えないらしい。

 頑なな子だ。誰に似たんだか。


「ダメだよ。そんなことしたら、また戦争が始まるでしょ」


 私がこのことを表沙汰にしたら、間違いなく王国と魔族たちとの間で確執が生まれる。今の仮初の平和が、他ならぬ私のせいで崩れることになるわけだ。


 奴らが私を殺したがる理由も、なんとなくわかる。

 だから私は、奴らの怒りの矛先にいる必要があるってわけだ。


 この平和のために、スローライフのために。

 

「それじゃあ、師匠は今までずっと……」


「これからも、だよ。私は死ぬまでここにいる。この平和を守るために、死ぬまで戦うつもりだ」


 そんなのあんまりだ、なんて目をネーヴェは向けてくる。

 けれど私は、私の意志は、変わらない。



 今のままじゃ私は、王都へは戻れない――。



 と、自罰的になっていた私を、ドアをノックする音が呼び戻した。




「ユスティアさま! 生きてますかユスティアさまぁ!!」




 これ、ノックじゃない。思いっきり叩いている。

 というか声がうるさい……。


「お客さん、ですかね……」


「お客さんっていうか……まあ、うん……」


 軽く説明を放棄しながら、私は玄関先へと向かった。

 ドンドンとドアを強めに叩く音を鬱陶しく感じつつ、はいはいと返事をしてから開け放った。


 するとそこには、背の小さな女の子がはっとした顔で立っていた。


「はっ、生きてましたか! ユスティアさま!!」


 栗色の目を輝かせて、その少女は言った。

 軍仕様の帽子の下で少し外ハネした茶色の髪は、なんだか鳥の羽を連想させる。背の低い私から見ても、その姿は全体的にちっこくて愛嬌があった。


 ……けど。


「なんで毎回死んでる前提でくるの?」


「そんなことはございません! わたしはユスティアさまのご無事を願ってここへ来たまでですから!」


 天真爛漫な笑みで、彼女は誤魔化そうとする。

 まあ、毎回のことだから多少は許そう。


 と、紹介が遅れたけど、この子の名前はピッチョ。

 たしか王都で、郵便配達の仕事をしている女の子だ。私もここへ越してきてから、何度かお世話になったことがある。小さいのに偉いな、なんていつも思いながら。


「今日はなに? お手紙?」

 

「はい! 王都より、ある方からお手紙を……」


 肩に下げたカバンをごそごそと漁りながら、ピッチョは頭上に視線を泳がせる。

 その先には、私の隣で玄関に顔を出していたネーヴェがいた。


 

「ほわぁっ!? だ、だれですかこの男はぁ!?」


 

 ピッチョが謎に顔を赤らめる。

 なんかあらぬ誤解を受けているような……?

 

「この男とは失礼な……俺はユスティア様の弟子なんですけど」


「はっ……お弟子さん、ですか? すみません、てっきりユスティアさまの恋人さんかと……」


「「それはない」」


 思わず声が被さった。

 うん、それだけはない。絶対に。


「で、お手紙は?」


「あ、はい! そうですね、少々お待ちを……」


 話がは脱線しかけたけれど、ピッチョは何とかその手紙をカバンから引っ張り出した。カバンに入った大量の荷物を見る限り、この子もこれでかなりの量の仕事をこなすらしい。なんか心配になる。


 と、そんな心配も束の間、ピッチョが差し出してきた手紙を私は受け取っていた。


「こちらになります! 確かにお届けしましたからね!」


「うん、確かに受け取ったよ。お勤めご苦労さま」


「いえいえ! それじゃ、わたしはこれでっ!」


 そう言って飛ぶように去っていったピッチョの背中を、私は見送った。

 あっという間に見えなくなった彼女の姿から、手元に残った一通の手紙に視線を戻す。丁寧に茶色の便箋に入れられたそれを、裏返しつつ眺めた。


「誰からの手紙ですか?」


 ネーヴェが覗き込んで訊ねてくる。

 果たして、裏側に書かれていた差出人の名前は……


 

「ローゼオ・アンドレッティ……」


 げ。


「あの副団長オネエからかぁ……」


 

 



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