第二章 ヤンデレ少女と隻眼の騎士

第12話 十三魁厄

 ヴァルナ達によるユースティア襲撃の翌日。

 王国北部のとある教会に、彼女はいた。


 日中も変わらず夜の帳が降りる〈魔界〉の空の下、薄い月光がステンドグラスから差し込む。赤い眼の魔族、エストリエの真っ白な髪が、それらの光を反射するように淡く輝いていた。


 そんな彼女は今、もう一人の魔族を背後から抱きしめるような体勢をとっている。


 白く鋭い牙を、その首筋に突き立てながら。


「んぅ……っ」


 恍惚とした表情で、ピンク色の髪の魔族が声を漏らす。

 苦悶、あるいは快楽で頬を染めた彼女の首筋から、やがてエストリエは牙を抜いた。口元に滴る黒い血を拭き取り、吸血対象だったその魔族の少女を解放する。


「あれ……もう、終わりなの……?」

 

「ああ、ご協力ありがとう。これで写し取りは終わったよ」

 

「ふーん。あんた、思ったより少食なのね」


 不満げに言い、少女の魔族はそっぽを向く。

 一方のエストリエは満足げな微笑をたたえ、マントを羽織って祭壇を降りた。するとその直後、入り口の方で何かが壁にぶつかったような鈍い音が響く。


「……おや、ジガンテじゃないか」


 エストリエは眉を上げ、友好的に笑う。

 緋色の視線の先にいたのは、自らの角を撫でる大男だった。


「すまん、エストリエ。また入口にぶつけてしまった」

 

 バツの悪そうな顔をしながら、身長2メートルをゆうに越す巨大な魔族は低声を沈ませた。そのひとつひとつの挙動はゆったりとして落ち着きがあり、さながら巨人のようである。


 その左肩には、小柄なシェイナが腰掛けていた。


「ここの入口……低い。あぶなかった」


「そうかい? まあ、ちょっとくらい崩しても問題はないだろうけど……」

 

「いや、いいんだ。俺が気をつけるさ」


 大柄なジガンテは、肩に乗ったシェイナを抱きかかえ、慎重に降ろした。無表情なシェイナが尊大に教会に降り立ち、エストリエのもとに三人の魔族が集結する。


 エストリエは今一度彼らの顔を見渡し、ゆらりとベンチに腰掛けた。


「やれやれ。あれだけ声をかけておいたのに、来たのは三人か……」


 小さく愚痴を吐いて彼女は顔を上げ、


 

「まあいい。今日はよく集まってくれたね、〈十三魁厄じゅうさんかいやく〉の諸君」


  

 彼らを歓迎するように、エストリエは笑みを浮かべた。


 ――〈十三魁厄じゅうさんかいやく〉。

 それは魔王に忠誠を誓う直属の部下たちにして、人類に忌み嫌われる十三の「厄災」の総称である。魔物たちの上に位置する魔族のそのまた上の精鋭部隊である彼らがこうして集うこと自体は、大戦後として初めてのことだった。


 序列十位、【幽劇】のシェイナ。

 序列七位、【厄星】のジガンテ。

 序列六位、【醜欲】のカタリーナ。


 

 そして――序列一位、【煌血こうけつ】のエストリエ。


 

「さて……人も揃ったところだし、作戦会議といこうじゃないか」


 エストリエの赤い瞳が、ぎらりと怪しく輝く。

 

「作戦会議って……あんた、本当に本気なの?」


「本当に本気さ。ボクは今のうちに、元大魔法使いのユースティアを始末しておくべきだと考えている。それに、今の王国軍は脆弱だ。ボクたちが力を合わせれば、滅ぼせないこともないかもしれないよ?」


「またそんな憶測だけで話を……」


 ピンク髪の魔族、カタリーナは呆れたように頬杖を突く。

 すると今度は、腕組みをしていたジガンテが口を挟んだ。


「すまんエストリエ、一つきたいのだが」

 

「ん? なんだい?」

 

「そのユースティアとやらは、そこまでして今殺すべき人物なのか? 実力がわからない以上、俺にはどうも……」


 いぶかるように首を捻るジガンテを見上げ、エストリエは顎に手を添えた。


「……ああ、そうか。ジガンテは戦後の穴埋めで入ったんだったね。知らないわけだ」


(あたしも知らないけど……)


 気まずそうにカタリーナが視線を逸らすなか、ユースティアの話とあってエストリエはその笑みを深めた。旧友との思い出を振り返るように、懐かしげに語り出す。


「【銀詠ぎんえい】のユースティア……彼女は〈退魔戦争〉で最も多くの魔族を殺した魔法使いにして、当時の〈十三魁厄じゅうさんかいやく〉を単騎で葬っている」


「四人、だと……? バカな、魔法使い一人にそんなふざけた力が――」


「あるんだよ。……いや、あった、と言った方が正しいかな」


 過去の記憶を辿りながら、エストリエは言葉を紡いだ。


 

「二重詠唱……魔法操術を、彼女は唯一無二の技術として確立させていたんだよ。あんな真似ができるのは、この大陸どこを探しても彼女だけだった」

 


「何よそれ……化け物じゃない」

 

「そうさ。化け物だったんだよ、彼女は」


「エストリエ、嬉しそう……」

 

 まるで自分事のように誇らしげに語るエストリエに、皆が少し呆れた顔をした。それからエストリエは咳払いをして、話を続ける。


「けど、魔法の使えない彼女は今や、ただの女の子さ。休戦から五年経っても特に大きな動きを見せていない。の正体を探られてどうこうされる前に、リスクは潰しておくべきだと思うんだ」


「……それについては、俺も同感だな」


「弱体化してるっていうんなら、あたしもまあ……」


 ジガンテに続いてカタリーナも、彼女の提案に賛同する。

 はじめからエストリエの庇護下にいたシェイナは、特に意見を述べることもなく窓の外を眺めていた。やがてエストリエは立ち上がり、満足げに両手を合わせる。


「じゃあ、決まりだね。君たちの魔術は把握してるから、ユースティアの暗殺との二手に分かれて動いてもらうよ」


「――待て、王都へだと……? 貴様、それは……」


「ああ、協定違反だ。でもそれでいい……」


 エストリエの笑みが、狂気を帯びて歪む。

 

 

「やるなら派手にやろう。さあ、戦争の始まりだ……!」



 

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