第11話 返り討ち
「エストリエ……だと?」
跪いた格好のまま、ヴァルナは尋ね返した。
その頭部には依然として銃口が突きつけられている。
死にたくなければ吐け、とでもいうように。
「知ってるか知らないか、もしくは繋がりがあるのか、大人しく本当のことを吐いて。返答次第では、死ぬまでの猶予が伸びるかもしれないよ」
「返答次第では……か。フッ」
夜討ちは失敗した。ここから自分が助かる見込みはない。
そんな当然のことを自覚しながら、彼は諦めたようにふっと笑みを漏らした。この危機から逃れられないならば、いっそのこと――と、彼の中の邪悪が囁いたのだ。
「ああ、知っているとも。私はエストリエの部下なのだから」
あっさりと、彼はその口を開いた。
それは本来ならば裏切りにも近い行為だが、魔族である彼に仲間を庇うほどの人情深さはない。魔族の中での仲間意識など、人間のそれに比べれば無いに等しいものだ。
「私とヴァーユに貴様の暗殺を命令したのも、他ならぬ彼女だ。私たちの他に五組ほど、同じ命令を受けた奴らがいたが……まさかそれが皆、同じように返り討ちに合っていたとはな。とんだ笑い
「やけにあっさり喋るんだね。まあ、魔族なんてそんなもんか」
感情のない瞳で、ユースティアは彼を見下ろした。
そこには同情も、嫌悪も殺意も存在しない。
一方、彼らの問答をネーヴェは一歩引いたところから静観していた。「万が一」の時のため、銃は常に発砲できるように構えられている。
「師匠、そろそろとどめを……」
「わかってる。こいつを逃すつもりはないよ」
横目でそう答え、彼女は視線を銃口に戻した。
「最後に何か、言っておきたいことは?」
そんな定型句じみた問いを、その魔族に投げかける。
するとヴァルナは、地面を見つめほくそ笑むように、
「私を倒したところで、貴様の運命は変わらない。エストリエや、他の〈
負け惜しみ、あるいは恨み言を吐くように、彼は言った。
散り際の彼の言葉に、ユースティアはひとつ瞬きをして、
「そう」
無感情に、短く答えた。
直後、容赦なく銃のトリガーが引かれる。
彼の頭蓋と〈魔核〉が、地面に飛び散った。
「……師匠」
やがて、ネーヴェがユースティアに声をかける。
彼女の携える銃からは、煙がたなびいていた。
「何?」
黒い灰となって消えていくヴァルナの体を見つめたまま、彼女は答える。即席で描かれた左手の刻印は輝きを弱め、既に効力を失っていた。
「“エストリエ”って……その、師匠の……」
「うん、昔の友達だよ」
彼女の白い横顔を、月明かりが照らし出す。
そのサファイアの瞳は、ただ虚空を見つめていた。
「――アストレア。それが、彼女の本当の名前だ」
◆◆◆
同じ頃、場所は王国の北側。
今では〈魔界〉とも呼ばれる、魔族たちが支配する大地にて。
煌々と輝く青白い月の下、そこにあったのはとある廃れた街だった。
五年前の魔族の侵攻によってかつての支配者であった人間たちに捨てられ、今では廃墟と化した城壁都市。当然、魔族たちが真面目に統治することもなく、捨てられた土地はそのまま魔物たちの溜まり場となっている。
退廃的な街の外れにあるのは、十字架の折られた小さな教会。
いくつかの人影と声が、ステンドグラスの窓の奥に
「エストリエ、今の……」
ささやくような少女の声が、言った。
紫の瞳にツインテールの魔族は、腕の取れたぬいぐるみを抱きかかえたまま虚空を見つめている。ゴシック調の黒いドレスを身に纏っており、どこか幼女然とした儚げな容姿だ。
「ああ、わかってるよ」
すると少し大人びた、別の少女の声が答える。
彼女は教会のベンチで足を組んだまま、漫然と天井を見上げた。
「……彼らも死んだか。残念だね」
真っ白な長い髪に、鮮血のように赤いルビーの瞳。
口端に覗く鋭利な牙に、大きく捻れた漆黒の角。
魔族として限りなく整った容姿をもつその少女こそが、ユースティアの古い友人であり、人類から魔法を「奪った」張本人――大魔族エストリエ。
真名を、アストレアともいう。
「……しかし、魔法がなくてもここまでやるなんてね」
彼女はどこか嬉しそうに微笑み、立ち上がった。
黒いマントを翻し、教会の長い通路を悠々と闊歩する。
ツインテールの魔族は、上機嫌そうな彼女をじっと見つめた。
「エストリエ、嬉しそう」
「ああ、嬉しいとも。旧友の健在は喜ぶべきものだろう?」
「そうなの……?」
「そうだよ、シェイナ」
首を傾げるシェイナの頭を、エストリエはまるで姉のように撫でまわす。感情の希薄なシェイナに教えを説くように、彼女は語り始めた。
「ユースティア・エトワール。彼らの言葉で言う『退魔戦争』にて、記録上では最も多くの魔族を葬った伝説の大魔法使い……それが魔法の消えた今、あの辺鄙な海辺の街でしぶとく生を貪っているんだよ。――最高に面白いじゃないか! ッハハ!」
高笑いを響かせ、彼女は祭壇に背を向けて歩き出した。
口端は吊り上がり、緋色の視線はどこか遠くを見据えている。
「腐っても君はエルフだ。この程度の年月じゃ衰えないか……」
狂気的な笑みが、月明かりの下に晒されていく。
「――次に殺し合うときが楽しみだよ、ユスティ」
教会の外で、夜風が彼女の髪を
その紅緋の瞳はたしかに、何かを渇望していた。
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