第10話 切り札はその手に
銃を抱えて、ユースティアは後退した。
少しばかり余裕を失ったように、肩で荒い呼吸をする。
「さすがに、ちょっとまずったか……」
彼女の周囲にはヴァーユの魔術による竜巻が乱立し、木々を根こそぎ巻き込んで成長していた。広い森とはいえ、これ以上被害が拡大すればユースティアの家も竜巻の餌食となる。
彼女の頬や腕にも、飛ばされた枝葉による擦り傷ができていた。
「ハハ、これで“ケーセーギャクテン”だなー! 銀詠さんよぉ〜!!」
傷を治癒させたヴァーユは、荒々しくロッドを振り回す。
魔族である彼にとって、〈魔核〉のある心臓部か頭蓋以外への攻撃は致命的なダメージにはなりえない。もっとも、銃の反動にまだ不慣れなユースティアにとってそれは困難だが。
(残弾は二発……もう無駄撃ちはできないな)
残された木の陰に隠れて、次弾の装填を急ぐ。
マスケット銃と、それに付属する小さな銃剣だけを武装とする今の彼女には、もう後がない。海辺にある家を背にした今、これ以上引き下がるわけにもいかないのだ。
(詠唱の
呼吸を整えつつ、彼女は逡巡する。
そんな状況下で、彼女が下した決断は。
「……まあ、仕方ないか」
ユースティアが懐から取り出したのは、一本の羽ペン。
その金属製の切先を、彼女は指に突き刺した。
血の滲んだペン先が、彼女の左手の甲に走る――。
「そろそろ鬼ごっこはおしまいだ! 大人しく出てきやがれッ!!」
ヴァーユはロッドを振りかざし、一際強い突風を吹かせた。
そんな彼の視線の先に、銀髪を揺らすユースティアは立ち塞がる。
揺るぎない覚悟を宿した青の双眸が、敵を射抜く。
ややあって、彼女は
「――“禁呪解放”……【
「……ッ!?」
ヴァーユは驚愕し、彼女の左手を見て瞠目した。
血の刻印が描かれた、その手に。
「――――【“風よ、
彼女の低い声音が、あたり一帯に沈み込む。
するとたちまち、吹き荒れていた風が止み、彼の生み出した竜巻までもが消滅した。ユースティアを中心として、ヴァーユの操る魔術が打ち消されていく。
彼女の「声」が、深い森の風を
「なに、しやがった……テメェ!! ふざけんな!!」
ロッド一本を手に、錯乱したヴァーユは突貫した。
眼前に迫る敵。ユースティアの左手が、妖しく光る。
「――【“動くな”】」
その瞬間、ヴァーユの足……否、
ユースティアの発した声が、彼の身体をその場に縫い付ける。
言葉の重力は、敵を掴んで離さない。
(うご、けねぇ……ッ! ちくしょう……!!)
身動きの取れないまま、ヴァーユはただ焦燥に駆られる。
そんな彼のもとへ、エルフの足音がゆっくりと近づく。
「ずいぶん焦ってるね。いい気味だ」
「テメェ……なんなんだよその力はッ!! 魔法は使えねぇはずじゃ……!」
「そうだよ。これは魔法じゃない」
立ち尽くすことしかできないヴァーユの前で、彼女は足を止めた。
刻印の輝く左手をかざし、彼の前で淡々と告げる。
「――これは、
ヴァーユの頬が引き
「……は? 正気かよ、お前……」
「君たち魔族は、私から魔法を奪えても魔力までは奪えなかった。詰めが甘かったんだよ」
「お前らが私から魔法を奪うなら、私はお前らの力を使うまでだ」
明確な殺意のこもった瞳が、ヴァーユに向けられる。
彼は戦慄し、感情のままに口走った。
「っ、そのためにテメェは寿命まで……イカれてやがる!! このバケモンがぁっ!!」
「お前らだけには言われたくないよ」
マスケットの銃口が、動けない彼の額に当てられる。
見開かれた彼女の目には、迷いも躊躇いもない。
(これなら、反動も関係ない……)
彼女の狙いは、確かに外れることはなかった。
一発の銃声の後、ヴァーユの頭蓋が粉々に砕け散る。
脳の代わりに詰まっていた魔核は、木々に向かって吹き飛んだ。
「――! 馬鹿な……ヴァーユ!?」
彼の死の直後、上空にいたヴァルナは咄嗟に振り向いた。
一発の銃声、強烈に感じ取った仲間の死。
しかしその人情的な行動が、狙撃手に重大な隙を与えた。
「……隙だらけだぜ、クソ魔族」
地上で潜伏していたネーヴェは、迷わず引き金を引いた。
仲間の死に気を取られていたヴァルナに向けて、弾丸は飛翔する。
その刹那、彼の手にしていた錫杖が破壊された。
「!? しまっ……」
杖を失った彼は咄嗟に飛行魔術のコントロールを保とうとするが、それももう遅かった。彼を見上げていたユースティアが、静かに口を開く。
「――【“落ちろ”】」
彼女の
魔術で宙に浮かんでいたヴァルナは、彼女の言葉の引力によって引きずり下ろされた。彼の体は成す術なく、木々の枝を折りながら地面に叩きつけられる。
「がっ……!?」
背中から落下した彼は、衝撃で黒い血を吐いた。
なんとか立ち上がって体勢を立て直そうとするが、白い死神はそれを許さない。
「――【“
ヴァルナは命令のままに片膝を立て、身体を折った。
静かに歩み寄るユースティアの姿も見えぬまま。
やがてヴァルナの頭部に、彼女の銃が向けられる。
「な、なぜ……貴様がその力を……っ」
「お前に質問する権利はない。私の質問にだけ答えろ」
冷淡にユースティアは言う。
ネーヴェも狙撃銃を手に合流したところで、彼女は尋問するように訊ねた。
「アストレア……いや、“エストリエ”という名の魔族に心当たりは?」
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