第9話 狙撃手は笑う
深い森を舞台に、二つの足音が追走劇を繰り広げる。
生い茂る木々を、草花を、強風が攫っていた。
「ハハ! ほらほら、どーしたッ!?」
ロッドを手にした魔族、ヴァーユは狂気を帯びた笑みを浮かべ、目の前の白い影を追撃する。彼がロッドを振るたびに風が吹き荒れ、引き抜かれた木の根や葉が竜巻とともにユースティアを襲った。
それらを回避した彼女は、ヴァーユの突き出したロッドを銃身で受け止める。その直後、至近距離まで接近したヴァーユに、彼女の横蹴りが炸裂した。
受け身をとった彼は、それから軽々とステップを踏む。
「女のくせにいい蹴りだな! 面白ぇ!」
ユースティアは強風に目を細めながら、銃身に次弾を装填する。
(風を操る〈魔術〉か……まだ練度は低そうだけど……)
木々を避けて後退していた彼女は足を止め、敵に照準を合わせる。
額を狙った銃弾が飛翔するが、中途でその軌道は大きく逸れた。
それはまさしく、風に飛ばされたように。
(……銃弾が通らない。相性は最悪だな)
ヴァーユが身にまとう風の鎧の前では、実体をもつ銃弾はことごとく弾かれてしまう。相手の攻撃は大雑把かつ躱しやすいものだが、ダメージを与えられないままでは埒が開かない。
静かに焦りを覚え、ユースティアは木の陰に身を隠した。
その間にも敵はゆっくりと、ロッドを回しながら歩み寄ってくる。その享楽的な表情は、自分が優位であるということを信じて疑わない。
「おいおい逃げんなよ〜! オマエ強いんだろー!?」
それはあくまで、魔法があればの話。
魔法の力さえこの手にあれば、彼のような下級魔族など目を瞑ってでも葬れる――ユースティアはそんな言い訳がましい幻想を抱きながら、小さくため息を吐いた。
(ないものねだりしても、仕方ないか……)
だからこそ今は、使えるものをすべて使って奴を倒す。
知恵と工夫を駆使して、敵を欺く。
この五年間、そうして戦ってきたように――。
「おっ! 見つけたぜ、そこかッ!!」
ややあって物陰から飛び出したユースティアを、ヴァーユの鈍色の双眸が捉えた。魔術による小賢しい撹乱はやめ、ロッド一本で野生的に突貫する。
ユースティアは
銃を構え、ギリギリで照準を合わせて脳天を撃ち抜く――
……ように見せかけて、彼女は左手を突き出した。
「――【
彼女が口にしたのは、魔法の「詠唱」。
今では
しかしその単語一つは、ヴァーユの両足を止めるのに十分だった。
「――ッ!?」
致命的な危機を感じたように、動きを止めた彼の両脚。
その一瞬の隙を、ユースティアは見逃さない。
瞬時に照準を合わせ、銃声を響かせた。
「ガッ……!?」
慣れない反動で狙いを逸らした弾丸が、風による防御を解いていた彼の左目に命中する。負傷した目を押さえてふらつく彼のもとへ、ユースティアは素早く次弾を装填しながら疾駆した。
無防備な彼の胴体に、銃身先端に取り付けた銃剣を突き刺す。
と同時に、躊躇なく引き金を引いた。
「死ね」
至近距離で炸裂した弾丸が、ヴァーユの体を吹き飛ばす。
「ガハッ……!!」
大きな衝撃を受けた彼の体は、力なく大木の下で座りこむ。
ユースティアの蒼の双眸が、それを冷徹に見下ろした。
その瞳は、先ほどまでの無気力なそれとは別物だった。
「……やっぱり、魔族はみんなそうなんだね」
「……? 何がだ……?」
腹部と左目から流血しながら、彼は訊ねる。
するとユースティアは彼を見下ろしたまま、
「これまで戦ってきた魔族は全員、私の詠唱で一瞬、動きを止めている。さっきの君のも、別に恥じることじゃないよ」
彼女は淡々と、そう告げた。
点火薬をセットし終え、再び
「君たち魔族の血が、本能的に『魔法使いの』私に対して恐怖を抱いている……ただ、それだけの話だ」
言い終えて、彼女は両手で銃を構えた。
今度は銃口が、直接ヴァーユの額に当てられる。
「クッソ……ざけんな――」
傷を負ったヴァーユは、なんとかロッドで魔術を起動させようとした。しかしユースティアが少し指を動かすだけで、彼は絶命する――
そんな状況の中、彼らの間に一筋の
(……
ユースティアは咄嗟に身を退き、雷撃を回避した。
「――ヴァルナ!」
ヴァーユは瞳に生気を取り戻し、顔を上向けた。
自らの窮地を救った相方に、感謝の念を抱いて。
「馬鹿が、何をやっている! 早くその女を殺せ!!」
錫杖を手に空に浮かんだヴァルナが怒声を降らす。
しかしその直後、彼の左頬を地上から銃弾が掠めた。
「――ッ、
ヴァルナは目を怒りの色に染め、地上を見下ろした。自身を「狙撃」してきた者のいたであろう地点に狙いを定め、いくつもの魔導陣を出現させた。
「――【
深い森に、数本の稲妻が突き刺された。
広範囲の攻撃、そのあとには焼け焦げた木々が残るのみ。
だがそれでも、
「これで死ん…………ッ!?」
敵の抹殺を確信したヴァルナの左手を、銃弾が貫通する。
超遠距離からの、精密狙撃だった。
「ッ……
苛立ちを込めた舌打ちの後、ヴァルナは声を荒げる。
地上に身を潜める狙撃手を、忌々しげに睨めつけた。
「……ここからじゃ位置が悪いか」
他方、木陰に潜伏していたネーヴェは、次弾を装填して狙撃場所を転々としていた。専用にカスタマイズされた大型の「狙撃銃」を手に、彼は一人森を駆ける。
「ったく、無茶言わないでくださいよ。師匠……!」
弱音を吐きつつ、彼は苦笑を浮かべる。
しかしその笑みには、狙撃手としての余裕が込められていた。
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