第7話 バレてはいけない隠し事

「長寿友達……ですか?」


 確認するように、ネーヴェは復唱した。

 私の昔からの友達であるフェニーチェは、彼の言葉に深く頷いてみせる。いつも通りゆったりとした、貴族のような雰囲気だ。


 もう少し情報を補足すると、こいつの名前はフェニーチェ・シルヴェストリ。

 種族は私と同じエルフで、彼の故郷ではそれなりに地位の高い一族の生まれだったらしい。魔法の扱いも、この国では私に次ぐくらいのレベルの実力者だった。


 

 そして私と同じく、〈大魔法消滅マジック・バン〉で生きがいを奪われた者の一人でもある。

 

 

「ユスティア殿とは古くからの付き合いでな。もう二百年ほどになるか……」


「フェニやめて年齢がバレる」


「っと、すまぬ。浅慮だった。……ときにユスティア殿、そちのわっぱ何人なにびとだ?」


 ネーヴェを見据えて、またもゆったりとした口調で訊ねる。

 私が口を開こうとした瞬間、ネーヴェは口を挟んで、


「――俺はっ、王都騎士団所属のネーヴェといいます。ししょ……ユスティア様の弟子としてお供しています!」


「ふむ……そうか、うぬがネーヴェか。ユスティア殿から噂はかねがね聞いておる。われも会えて光栄だ」


「えっ、あ、はい! 俺も光栄です!」


 フェニーチェの差し出した手を、ネーヴェは握った。

 そういえばたしかに、一番弟子のネーヴェのことだけはフェニーチェにも話していたような記憶がある。何せあの頃は弟子ができて嬉しくて仕方なかったから……なんて、気恥ずかしい回想はやめにしよう。


「フェニは、まだ羽ペン屋やってるの?」


 握手を終えたフェニーチェに訊ねた。

 

 一昔前までこいつは、「羽ペンを作る仕事」だけで飯を食っていたことがあった変な奴だ。謎に出来が良かったので、私もオーダーメイドで制作を依頼したり、旧友にプレゼントしたりしていたけれど。


「いや、羽ペン屋は二年前に店仕舞いをしてな」


 あれ、そうだったのか。


「じゃあ今は、私と同じ無職?」


「ちょっと師匠……」


「ははっ。さすがにうぬのように、働かなくとも生きてゆけるほどの大金はない。今は一周回って、この街で靴屋をやっておる」


 靴屋。


 魔法研究者、羽ペン屋ときてなんで靴屋……?


「靴屋って儲かるの?」


「ああ。まだ月に200万ほどだが」


「バカ儲けじゃん……」


 やっぱりこいつ、顔が良いくせに生き方が面白い。

 私が長年付き合ってて飽きないわけだ。


「うぬこそどうなのだ、最近の調子は?」


 軽く微笑を湛えて、フェニーチェは訊ね返してきた。

 とは言っても、私は何も話せるようなことはないけれど。


「私は……別にどうもしないよ。ネーヴェが久々に来てくれたくらいで、いつも通り」


「っ、ししょ――」


 何かを言いかけたネーヴェを、視線で制した。もちろん王都への呼び戻しの件もあるけれど、確定事項でもない今はネーヴェにも黙っていてほしかったからだ。


「ふむ、そうか……」


 フェニーチェは残念そうに呟く。

 そして間を置いて、少し攻めた発言をした。



のほうは、進んではおらぬのか?」



 心臓が飛び跳ねた。

 言い方はまだセーフにせよ、そのことをネーヴェのいる前で言われるのは……


「例の研究って……なんですか?」


「なんでもないよ。ねぇ、フェニーチェ?」


 食いついてきたネーヴェに誤魔化すように、口を滑らせたフェニーチェに強い視線を送った。もう何もしゃべるな、と言外に圧をかける。


 

 

 だけは、まだこの子には知られたくない。


 

 

「……あ、ああ。すまない、そうだったな」

 

「ええ? 二人とも、何か隠し事を――」


「隠し事なんてしてないよ。じゃあフェニ、私たちそろそろ帰るから」


「ああ……達者でな」


「ほらネーヴェ、行くよ」


「ちょっ、ええええええええええええ!?」


 口の緩いフェニーチェから引き剥がすように、無理やりネーヴェの手を引いて歩き出す。そのあと質問攻めにしてきたネーヴェを納得させるのに苦労したのは、また別の話だ。



 

        ◇◇◇




 目の眩むような夏の陽が落ちて、夜の帳が降りる。

 夕食を食べ終えた私は、とある部屋にこそっそりと移動していた。


「やっぱり、ネーヴェがいるとさすがにやりずらいなぁ……」

 

 扉に鍵を掛け、ふとため息を漏らす。

 私を迎えたのは、本棚や床、机など一面に本が積み重なった一室。その一冊一冊はもちろんただの本じゃなく、ネーヴェには「焼き払った」なんて嘘をついて隠していた大量の魔導書だ。


 ただ、この魔導書の存在がバレるのがまずいというわけでもない。本命はまた、別のところにある。


「バレるのも時間の問題か……」


 本でできたタワーを崩さぬように通り抜け、奥の作業机に向かう。そこに広げた羊皮紙には、私が描いたいくつかの刻印があった。当然、魔法には関係のないものだ。


(あと少し……が完成すれば、あるいは……)


 羊皮紙の上の羽根ペンを拾い上げ、天井にかざしてみる。

 虚空のキャンパスに、私はあてもなくペンを走らせた。



(――魔法が、よみがえるかもしれない)




        ◆




 ユースティアたちの住む家の北に位置する、深い森。

 兎やカラスの魔物たちが活発に動き回る夜の森林で、二つの人影が草木をかき分け、踏み鳴らしていた。


「なあヴァルナ、本当にこっちであってるのかー?」


 少年のように溌剌とした声が、ぶっきらぼうに訊ねた。

 声の主は長いロッドを手に、一人ずかずかと森林を突き進む。その後ろを行くもう一つの人影は、不満げに溜め息を吐いた。


「何度も言わせるな、ヴァーユ。奴の魔力反応は絶大だ、私が間違える道理はない」


 冷静沈着にそう言い放つ彼の手には、錫杖しゃくじょうを模した杖が握られていた。少年のように危なっかしい相方を、彼は背後から監視するように睨めつける。


 そんな一見正反対な二人だが、共通点が、一つ。


 

「ほー、そいつぁ頼もしいぜ! んじゃあパパッと殺しにいっちまうか! そのってヤツをよぉ〜!」


 

 二人の額に見えるのは、一対の黒い角。

 

 彼らは人間ではない。人間に仇なす、「魔族」であった。


 

「無論だ。私たちは、エストリエ様の期待に応えねばならない」


 二人はようやく足並みを揃え、野生的な目つきで森を突き進む。

 彼らはただ本能のままに、狩るべき相手のもとへ接近する。

 

 海辺に棲むかのエルフに、危機が迫っていた。


 



 

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