第6話 ニートエルフ、街へ行く。

 晴れた空の下、風が流れる。

 まっすぐ見据えるのは、少し先に設置した標的。


 装薬と弾丸を銃口に詰め、撃鉄ハンマーを半分引き起こす。

 次にフリズンを開き、火皿に点火薬をセット。また閉じる。


 最後に撃鉄ハンマーをさらに引き起こし、コックポジションへ。

 これで発射準備は完了した。


 照門に照星を合わせ、標的の空き瓶に狙いを定める。


(今度こそ……)


 射撃姿勢。右足を一歩後退させ、反動に備える。

 意識を限界まで集中させて、引き金を引いた。


 瞬間、弾丸が翔ける。


 直後、弾は空き瓶の上半分を掠め、少し揺らした。

 弾道が少し逸れたみたいだ。


「ダメかぁ……」

 

 銃身を降ろし、私はふらりと脱力する。

 今日は撃ち始めてこれで十発目、最初の目標にすら当たる気配がない。私には銃の才能はないのかな。


「師匠、まだやってたんですか?」

 

 家から続く階段を降りて、ネーヴェがやってくる。

 

「うん……これ、なかなか難しいもんだね」


「そりゃあそうですよ。だってまだ師匠、撃ち始めてから二日じゃないですか」


 今日は、ネーヴェが来てから三日目。


 ネーヴェの言うように、私は昨日彼からマスケット銃の扱い方を学んだばかりだ。装填と照準合わせの方法を見よう見まねで学んでから、ネーヴェの持ってきた「予備の」銃でひたすら撃ち続けて今に至る。


 それでもやっぱり、技術というのは一朝一夕には身につかないみたいだ。なかなか命中率が上がらない。


「この反動と爆音には慣れないよ……」


「ですよね……。特に反動制御なんて魔法では必要なかったですし、俺も最初は苦戦しました」


 まあそのために身体鍛えたんですけどね、とネーヴェは付け足す。たしかに、こればっかりは筋力で踏ん張りを効かせないとダメだ。


 私も筋トレぐらいはしようかな……。


再装填リロードもいちいち面倒だよね。慣れればいけるかもだけど」

 

「リロードなんて、詠唱と同じようなものじゃないですか?」

 

「いや、私いつも詠唱破棄してたから……」


「あー、そういえばそうでしたね……」


 ネーヴェが化け物でも見るような目で見てくる。

 頼むからそんな目で師匠を見ないでほしい。


「ていうか師匠、なんで今日は早起きだったんですか?」


 砂浜の上のビーチチェアに腰掛けて、ネーヴェは言う。まったく、野暮なことを聞く弟子だ。


「決まってるでしょ。弟子に遅れは取りたくないの」


「負けず嫌いですね……相変わらず」


 そう言いながらも、嬉しそうにネーヴェは笑った。

 私だって、興味があるものさえあれば早起きなんて余裕だ。


 銃をパラソルの下に置いて、軽く伸びをした。


「ところで、今日は何か予定は?」


 暇そうにしていたネーヴェが訊ねてくる。

 私が射撃訓練ばっかりやってるせいで、やっぱり暇なんだろう。


「んー……食料の備蓄が切れそうだし、街に買い出しにでも行こうかな」


「――! 買い出しなら、俺もお供します! 荷物持ちでもなんでも任せてください!」

 

 いきなりばっと立ち上がって、パシリのようなことを買って出るネーヴェ。たしかに、荷物持ちがいるのは私としてもありがたいけど……


「なんでそんなやる気なの……?」


「街に向かうその足で、ついでに王都まで戻りましょう! 馬車なら俺が手配しますから!」


(そういう魂胆か……)


 すっかりスローライフに染まったかと思ったら、この子も案外頑固な子だ。早く諦めろなんて言わないけれど……そろそろ、折れてくれてもいい気はしてしまう。




        ◇◇◇


 


 海辺の家から歩くこと、二十分程度。

 

 私とネーヴェがたどり着いたのは、「メルカート」という名の小さな街。この辺では一番大きな市場で、食材や調味料の調達はここにくればいっぺんに済ませられる。私のような一人暮らしには嬉しい場所だ。

 

「へぇ……近くにこんな場所があったんですね」


「ふふ、すごいでしょ。今日は食材と調味料を買い揃えたいから、手分けして買いに行こうか」


 ネーヴェに代金と買い物袋を手渡す。

 目印となる場所を決めておけば、迷子にはならないだろう。これはもちろんフラグじゃない。

 

「ですね。俺は……塩コショウと卵とパンでしたっけ」


「ん。頼んだよ」


「了解です!」


 ネーヴェと二手に分かれ、私も街へ繰り出した。

 果物や野菜、魚などを売る屋台は、どこもかしこも賑わっている。明るい店主たちが多いのか、市場全体がなんだか活気づいているように感じた。


 私はまずはじめに、野菜を売る屋台に立ち寄ってみる。


「お! よく来たねぇ、ユーちゃん。今日も買い物かい?」


「うん。キャベツとカボチャほしいから、まけて」

 

「はは! ったく、しょうがないねぇアンタは!」

 

 緑の野菜を売る屋台で、気さくな女店主が豪快に笑ってみせた。あの家に越してきてからというもの毎回ここで野菜を買っていたら、いつの間にか顔を覚えられていたらしい。もう店主とはすっかり顔馴染みだ。


「ほら、このリンゴもおまけしてやるよ! アンタもいっぱい食って大きくなりな! ちゃんと肉も食うんだよ!」


 この人には私が子供に見えているらしい。

 なんか屈辱だけど、まけてくれるならいいや。


「わかってるよ。ありがと」


「いいってことよ。また来な!」


 三割引で目当ての野菜を買い揃えられた。嬉しい。

 店主に言われた通り、次は肉でも買っていこう。


 


 

 

 それから私は買い物を終え、ネーヴェと合流した。

 決めておいた待ち合わせ場所から、私たちは大通りを通って街の出口へと戻っていく。今日はいい買い物ができたので満足だ。


「ネーヴェ、そのクッキーどしたの?」


「なんかパン買ったらもらいました……」


「なんだ、そっちもおまけか」


 ここの市場の人たちはなにかとおまけしたがる。

 まあそこが助かるんだけど。


「今日は夕飯、俺が作りますよ」


「やった。毎日作ってくれてもいいんだよ?」

 

「いや、毎日はさすがに……」


 他愛もない会話を交わしながら、家路につく。

 するとしばらくして、背後から声がかかった。



 

「その声は……我が友、ユスティア殿ではないか?」


 

 

 聞き馴染みのある声に、私は振り向く。

 そこにいたのは、藍色の髪をした長身の男だった。私と同族のエルフで、彫刻のように整った顔立ちや長いローブを羽織ったその姿は、まるで貴族のようでもある。


 と、相も変わらず高貴な彼は、実は私の友達で。


「あ、フェニーチェ。久しぶり」


「うむ、随分と久しいな。三年ぶりの邂逅だ」


「あれ、そんなに経ってた?」


 私の時間感覚はおかしいのかもしれない。


「……あの、師匠、こちらの方は?」


 ネーヴェが耳打ちして訊ねてくる。

 そうか、この子はまだ彼のことも知らないんだっけ。


「ああごめん、紹介するよ。こいつはフェニーチェ」



「――私の、“長寿仲間”だよ」

 







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る