第2話 五年ぶりだね
玄関を開けたら、見知らぬ青年が立っていた。
しかも、私のことを「師匠」と呼ぶ。
謎だ。というか誰だ!
「いや、ほんとに誰……? 怖い……」
「だ、誰ってそんな……俺ですよ! ネーヴェです!」
「ネーヴェ?」
微かに聞き覚えがあった。
「ほら、あなたに拾っていただいた、氷魔法使いの弟子です!」
青年は必死になって私に説明を試みている。
そのうちに私も、だんだんと過去の記憶が蘇ってきた。
そうだ。現役時代、私は弟子をとっていたんだ。
王都の学園で講師として教えていた生徒の他に、才能のある子を見つけては私の技術を叩き込んでいた。後世に、私よりも優れた魔法使いが生まれるように。
彼もそのうちの一人、というか一番弟子だ。
「……ネーヴェって、あのネーヴェだよね? やたら目が良くて狙撃が得意だった、あの」
「! そうです、そのネーヴェです!」
「キノコ嫌いで泳げなくて臆病者だった、あのネーヴェ?」
「…………はい、そうです!! 今でもずっとキノコ嫌いな俺がそのネーヴェです!!」
ヤケクソ気味に彼は叫んだ。
やっぱり、そうだ。思い出してきた。
この子はネーヴェ、私の一番弟子だ。
家族に見捨てられて一人だったところを、私が拾って育て上げた記憶がある。艶のある黒髪に、一筋混ざった白のメッシュのような髪が特徴の男の子だ。
「そっか……ずいぶん大きくなったんだね。言われるまでわからなかったよ」
私の記憶の中の彼とは、その姿は見違えていた。
当時14歳くらいの少年だった彼は、今では立派な好青年。幼さの残っていた顔つきも凛々しくなって、雰囲気もだいぶ大人びているように感じる。時の流れというのは、早いものだ。
「たしかに……あれからもう、五年経ちましたからね」
「そっか、五年かぁ……」
あの戦争から、五年。
五年。
……ん? 待て、五年?
「……あ、あれ、そんなに経った?」
「経ちましたよ?」
「うそ……。私まだ一年くらいの感覚だったのに!!」
いつの間に五年も過ぎてたんだ……。
時間が溶けすぎている。スローライフおそるべし。
「まあ、歳を取ると時間が過ぎるのが早くなるって言いますからね……」
笑いながら、ネーヴェもなかなか失礼なことを言ってくる。
おいおい、私がエルフだからってあんまりだ。
「……私そこまで歳とってないって言ってるよね? 怒るよ?」
「はっ、すすすすみません! お許しをっ!?」
「冗談だよ。半分ね」
冗談半分でからかってみたけど、こういうところは昔と変わってない。この子はやっぱり、私が育てた魔法使いネーヴェなのだ。少し昔が懐かしくなった。
「ところで、私に何か用でもあったの?」
懐古的な思いに浸っていたところで、ネーヴェに訊ねる。
この子だって、用もなく王国からはるばるやってきたわけではないだろう。いや、単に私に会いにきたって可能性もなきにしもあらずだけど。
「はい。実はユスティア様にひとつ、王国軍の司令部から預かっているお話が……」
「え……王国軍から?」
一瞬、自分の耳を疑った。
あの戦争が終わってから、というか、私が王都の軍を離れてから……あいつらはこの五年間、何ひとつ連絡なんてよこさなかったからだ。
私を今の今まで、
それなのに、どうして今さら……?
というか、どうして伝達役にネーヴェを?
「……大丈夫ですか? ユスティア様」
黙りこんだ私を気遣うように、ネーヴェが言う。
「やはり、
「ううん……平気。聞くだけ聞くから、君も上がりなよ」
この子を困らせるような真似はしたくない。
迷いを断ち切るように、玄関先に立つネーヴェを家に迎え入れた。
「はい。これ、ネーヴェの好きだった豆のスープ」
「うわ懐かしい! いただきます!」
ちょうど夕食時なので彼の好物のスープを食卓に出してやると、ネーヴェは途端に目を輝かせた。五年前と変わらない犬っころみたいな反応で、少し安心する。
「どう、美味しい?」
「はい! そりゃあもう最高ですよ! 師匠の作ってくれた料理なら俺、なんだって――」
子供のようにはしゃぎ始めた彼は、そこまで言いかけて口を閉じた。
わざとらしく咳払いをして、頬を赤らめる。
「すみません。あんまり美味しくて、つい……」
(かわいいな、こいつ……)
こんなふうに思ってしまうのは、私の親心ゆえだろうか。
まあ、絶賛背伸び中のネーヴェのことはさておき。
「本題に入りましょうか。王国軍からの伝言です」
「うん……」
姿勢を正したネーヴェは、真っ直ぐな目で言った。
こういう切り換えの速さからは、年相応な成長を感じる。
「元エトワール魔法隊隊長、ユースティア様」
律儀にそう前置いて、彼は口火を切った。
「――王国軍に、戻ってくる気はありませんか?」
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