第47話 環境

その日は高校から帰宅するまで、やたらと触ろうとしてくる二人を回避し続けるのに全精力を使い切って、自室にたどり着くのと同時に意識が薄れ、ベッド倒れ込んだ。


次に起きた時は深夜で、明かりのついていない部屋でヘッドホンをしながらゲームをしているナニコの丸まった背中が見えた。

「目、悪くなりますよ」

電灯を点けると、ゲームをしたまま

「私、身体は強いからー」

と返してきた。ヘッドホンから音漏れしているが、どうやら俺の声を聞き分けられているようだ。


腹が減っていたので、下に向かい仏間の前を通ると、珍しく爺ちゃんが布団を敷いて寝ていた。寝言で

「うぬぬ……そっちが3本なら、こっちは5体じゃああ」

何やら闘っている夢を見ているらしい。

横を通り過ぎていき、キッチンの冷蔵庫と棚を漁り、カップ麺を作り、すする。


部屋に戻ろうとまた仏間の前を通ると、爺ちゃんがフラフラと布団から起き上がり、げっそりとした表情で

「起きたか……ちゃんと寝てくるわい」

布団を片付け始めた。手伝いながら何でここにと尋ねると

「婆さんじゃよ。3日に一度は相手しろとうるさくてのう」

「夢の中で模擬戦でもしてんの?」

爺ちゃんはげっそりした顔で苦笑いして答えなかった。


部屋に戻るとナニコはまだゲームをしていた。課題してねえな……とカバンから出して机に広げ始める。教科書を見つつ問題を解いていっていると

「邪魔?」

とナニコが画面を見たまま尋ねてきた。

俺もそちらを見ずに

「いや、気になんねーっす。変わった女子たちにもっと毎日突っつかれてるので」

しばらく、お互い黙ってそれぞれのことをysったあとに、ナニコが

「ファイ子ちゃんとどこまでしたの……?」

ボソッっと呟いてきて、思わず笑ってしまう。

「誰とも付き合ってないんですよ」

「うそだー今日ずっと見てたけどさーチリちゃんと二股かけてるでしょー?」

しばらく言われた意味を考えて、手を止めたあとに

「えっと、チリとあのエイリアンから好かれてはいるし、チリとは付き合ってもいいと思ってるんですけど、邪魔が延々と入ってて、ちゃんと付き合えてはいないです」

ナニコの方を向いて真面目に述べる。しかす、ずっと見てたって何だ?

彼女もコントローラーを置いて、ヘッドホンを外し

「えいなり、モテるにはどうしたらいいと思う?」

真剣な眼差しで尋ねてきた。

何でその問いが出てくるのか分からないが

「……周りでモテてるやつは、性格が超良かったり、見た目が良かったり、部活のエース級とかっすかね」

「違うよ……出会うからモテるんだよ」

と言いながらナニコは俯く。

何言ってるんだこの人と思いながら、黙っていると

「体と体がね、いろんな匂いとか声とか、それに動きとかで、この人好きだなってなるの。二人の中身が、似てないほうが良い匂いするよ。あと周りの大気の流れや、磁気に地形も……えっと、環境だ。そう、環境も大事なんだよ」

あれ、良く分からんけど、この人何かすごくね?と思っているとナニコは絶望的な顔になり

「でも、私は、そういうのと関係ないから、恋人ができないの……」

「関係ない人なんているんですか?」

と尋ねると、ナニコは長い髪に顔を隠して

「私が環境だからって、お父しゃんには言われるし、そうだと思う」

「どういう意味なんですか?」

ナニコは大きく息を吐き

「冗談だよー。あーアイドルになったらモテるかなー」

無理して笑うと、スッとその場から消えた。

俺はしばらく固まった後に爺ちゃんの部屋へと全力で走っていた。


「爺ちゃん!おばさんが消えた!」

扉を開き、爺ちゃんのベッド横に駆け込むと

「……ああ、気にせんでも良い。あの子はそういうものじゃ」

爺ちゃんは目を瞑ったままそう言うと、また寝入ってしまった。

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