第45話 人間

女性はこちらを必死に睨みつけ動かない、この和室内の空気は最悪だ。

爺ちゃんが苦し紛れにテレビを点けると、ニュース番組の映像が出て、そこには呆けた顔でインタビューに答える禿げて太った乱れたスーツの白人中年男性が大写しになっていた。

「はい、もうだめだと思ったときに、神の声がして……私は操縦室に導かれました。モニターとパネルを前にして、やったこともない次元間航法が頭の中に浮かんだんです」

女性の同時通訳が男性の英語を翻訳する。

囲んだ記者の一人が

「つまり、マイルデン書記官は高機動惑星間船の操縦経験や免許は無いと?」

「はい、ありません。加えて積載されていたダークマター4番と17番を使ったことに関しても、今後ペナルティは受けると思いますが……何事にも代えがたい経験をしました。きっと神のお導きです」

翻訳されたやりとりを聞いていてもなんのことか分からないので爺ちゃんを見ると

苦笑いして

「婆さんが、船内で最も操縦の才能がある彼を操ってくれたんじゃよ。それで、ニャンヒカルの乗った宇宙船は先ほど無事に地球に帰還したわけじゃ」

いきなり女性は怒り出して

「私も直そうと機関室にいたよ!」

爺ちゃんが大きくため息をついて

「ナニコ、いいんじゃよ。人死はでんかったし、宇宙船も無事じゃ。これでニャンヒカルも惑星……いや、星系破壊級の才能というものの恐ろしさを実感したじゃろ」

「私!壊したりしてませーん!」

「だから気にせずとも良い。船内で暗黒粒子の反転をやらせたニャンヒカルの責任じゃ」

二人が何言ってるのか分からないが、もうここは俺がいてもしょうがなさそうなので、こっそりと出ていこうとすると

「ナニコをえいなりの部屋で地球のお菓子やゲームでもてなしてくれんかね?爺ちゃん、疲れててなあ」

「私!そんなので誤魔化されないよっ!もう大人だし!」

俺が困惑していると、爺ちゃんから目で懇願されて頷いてしまう。


10分後。


「うわーたのしいねーぶんぶーん」

座ってお菓子を食べながら、俺の部屋でテレビゲームのコントローラーを握るナニコおばさんの姿がそこにはあった。カーレースの3Dゲームをプレイし始めて5分で上機嫌になった。

「すごいねーこれいいんだよね?こういう技だよね?」

画面でナニコが操る車は峠でドリフトを華麗に決め始めた。

「上手いっすね」

褒めると金髪に顔を隠しながらも嬉しそうに

「そうかなーまだまだだよー」

とりあえず機嫌は良くなったので安心していると、ナニコおばさんはゲームしながらこちらを見ずに

「えいなりはさー学校楽しい?」

いきなり尋ねてきた。名前知ってたのかと驚きながらも

「まあまあっすよ」

「そっかー勉強得意ー?」

「普通ですね。頑張れば、何とか大学行けるかなって感じっす」

ナニコはいきなり黙り込む。あっ……地雷踏んだわこれ……大学が駄目だったか…。戦々恐々としていると、ナニコはコントローラーを置いて

「私、頭良くないんだ……」

と俯きながら。言ってくる。

「い、いや、でも大学行けば良いってもんでもなくて、何するかが大事ですよね?」

さらにナニコは背中を丸めて

「普通のこと、何にもできないんだよ……戦ったり、遊ぶのはできるけど……仕事ではみんなの邪魔ばかりで……」

何とかフォローしようと

「こ、こんな言い方は失礼かもしれないですけど、それだけ奇麗ならもてますよね?」

ナニコはうつ伏せに畳に倒れ込むと

「……もてないよ……みんな子供もいるのに私は好きな人とキスもしたことない……えいなりはあるの?」

うわあああっ!!助けてくれええ!さっきから地雷しか踏んでねええええ!親戚とのファーストコンタクトがこれとか辛すぎる。

「……」

黙っていると、ナニコはうつ伏せのまま

「……あるんだ……私何なんだろ」

「いや、そんな気にしないで良いんですよ。ナニコさん疲れてるんですよ」

「……ぐー」

ナニコはうつ伏せのまま寝てしまった。どうしようかと思っていると、爺ちゃんが音を立てずに入ってきて、俺を廊下に連出し扉をそっと閉めると

「すまんなあ」

「……爺ちゃん、何でおばさんあんなになったんだよ」

ヘラり過ぎだ。あんな弱った大人、身近で見たことない。

「わしの教育が悪かったのかもしれぬ。ナニコは純粋でとくに可愛くてなあ……自由に何十年もやらせた結果じゃ」

「いくつなの?」

「詳しくは言えんが五十は超えとる。あの子の母親の方の血で、歳を殆ど取らん」

しばらく絶句する。確かにナニコおばさんは浮世離れしてる感じはある。爺ちゃんは嘘は言わない。ということはもしかして俺も……。

「爺ちゃん、俺、人間だよな?」

心配になり尋ねると、爺ちゃんは真顔で

「当たり前じゃ」

と答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る