アイドルになろう 野望篇

第43話 可愛い孫に免じて

高校に着くとファイ子は何事もなかったかのように起き上がり、俺たちと午後の授業に出席した。漫研にも顔を出して、いつもと同じように二人と別れ電車に乗り、家に帰る。


家族と夕飯を食べて、何か、ここ数日あったことは、全部嘘だったんじゃないかという気になる。エネも顔を見ていない。

そんな日が1週間も続いただろうか、

家族4人で夕飯を食べていると、誰も見ていなかったダンダン合唱団が舞い踊っているつけっぱなしのテレビから、字幕で緊急速報が


ニャンヒカルムーンベース高位統括官、他各国高官の乗る大型宇宙輸送艦が月への航行中炎上し、ワープ機能が暴走後、行方不明。現在国連月支部、宇宙本部が捜索中。


と流れていた。爺ちゃんが箸を落として

「さっそく、やらかしおったか……」

そう呟くと、立ち上がって部屋から出ていった。両親の顔を見ると苦笑いして母親が

「大丈夫よ。えいなりには関係ないわ」

父親も頷いてまた食べ始めたので、じゃあいいかと俺も気にしないことにした。


寝ようとして廊下の仏間の前を通ると、お輪の音が聞こえる。覗いてみると

さっきの格好のままの爺ちゃんと、コートを着て、ニット帽から布マスクにサングラスまで頭につけた一切露出のない女性が……いや体型と雰囲気からしてエネが、開かれて線香の焚かれた仏壇の前に並んで正座していた。

「何してんの……」

声をかけると爺ちゃんから必死に手招きされる。隣に正座すると

「婆さんや、この通りエネさんも隙間なく服を着とる。えいなりも心配して来てくれた。ヘソ曲げんで手伝ってくれんかね」

俺が首を傾げていると、爺ちゃんが俺の耳元に

「エネさんがあまりにもわしの前で全裸になるもんじゃから、嫉妬した婆さんが霊障起こしまくってなあ……それで今まで蔵に住んで貰ってたんじゃよ」

「何それ……」

爺ちゃんは申し訳無さそうな顔で

「でも今回はどうしても婆さんの助けが必要じゃ。えいなりも頼んどくれ」

「全然良いけど……」

良く分からないが、二人と同じように手を合わせて婆ちゃんに助けを祈っていると、フッと意識が落ちる。


……


目の前には、若い頃の姿の婆ちゃんが頬を膨らましてあぐらをかき座っていた。辺りは仏間だが、どうやら昼間らしい。

また夢か。と思っていると

「えいなり、ちょっと聞いてよ!」

婆ちゃんは若い甲高い声でいきなりそう言ってくる。驚きながら

「……婆ちゃんキャラ違い過ぎだろ」

「そんなことは今はいいんだって!」

婆ちゃんは怒り顔でそう言うと

「あのオトコオンナなんなの!?全裸で爺ちゃんにいつも張り付いて!全裸で農業してるのよ!?虫とか菌とか怖くないの!?アホなの!?あと私が霊障起こしても、ビビるの爺ちゃんばっかりで、あの女全然気づいてもいないし!鈍感すぎでしょ!」

早口でまくし立ててきた。あーこれが、爺ちゃんと父さんにしか見せなかった、多弁な本来の婆ちゃんなんだなあ。でも婆ちゃんこう見ると結構可愛いかもしれない。

ツインテールを揺らしながら、自分の気になることを一生懸命喋っていて。黙って見ていると

「何よ……」

「いや、若い頃、可愛かったんだなって」

婆ちゃんは絶句したあとに、頬を赤らめて俯きながらモゴモゴと

「えいなり、私、今すごく嬉しいかも」

そう言いながら正座し直し、元の白髪の婆ちゃんに姿が戻った。そして落ち着いて年季の入った、俺が聞き慣れた穏やかな口調で

「可愛い孫に免じて、あの人を手伝ってあげましょうか」

と微笑む。

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