第40話 プラスマイナスゼロ

何とか声を出して、とんでもない方向に行き始めた話を変えようと

「いや爺ちゃん、ぞれ高校生の俺は絶対無理だし、こっちついて来たのも、ファイ子を解放する努力だけはして帰るつもりだったんだけど……」

やっぱだめかー。頑張ったんだけどなーと悔しがるふりだけして、ファイ子と永遠にサヨウナラする予定だった。このままでは本当に解放されてしまいそうだ。

爺ちゃんは目を細めて

「良いか?紳士であれ。女性を粗末に扱ってはならんぞい」

「爺ちゃん……言いたくないけど、エネさん……」

爺ちゃんは豪快に笑い

「ちゃんと我が家で面倒をみるよ。壊してしまった責任は取らねばなあ」

いや勝手に壊れただけで、爺ちゃんは責任ないだろ……と驚いていると、チリが横から

「私も同居させてっ」

「高卒になったら、バイトとして我が家に来るかの?それかセインと農協で働くかの?」

「待て待て、爺ちゃん暴走し過ぎだって」

放置されていたニャンヒカルが軽く咳払いして

「素人と無能を送り込まれても困ります。他にいないのですか?」

爺ちゃんは少し考えてから

エネの身体を俺とチリに預けると、ニャンヒカルの近くに行きボソボソと短く話すと、大きな猫顔の毛が喜びで逆立っていくのがわかる。

「よ、よいのですか?」

「あらゆる職を解かれた挙げ句、母国で世捨て人みたいになっとってな。まあ、腕は確かじゃわ」

ニャンヒカルは肉球プニプニの手で握手しようとしていつの間にか、チリも両手を重ねていて三者会談の終わりみたいになっていた。


テンションが上がりまくったニャンヒカルが見たこともないディスプレイを直接押すタイプの携帯であちこちに電話をかけまくったあと

「仮釈放が通りました。連れて帰って結構ですよ。シャトルも出しましょう」

「恩に着る。数日以内にここに送り込むからのう」

いや待てよ!またあのエイリアンに付け狙われる生活が始まるとか嫌なんだが!

しかし口を挟む隙はなさそうだ。

大人の会話が続いている。

「メルチンは有能じゃ。連絡をとりなさい」

「存じています。しかし、あなたの最も強力な子供を……」

ニャンヒカルは爺ちゃんに睨まれて口を閉じた。


ニャンヒカルに案内されたファイ子の幽閉ゾーンはまるでリゾートのようだった。

清潔感ある広い住居ゾーンから、天然芝の広大な庭、ちょうどファイ子は人口の光の元仰向けに緑色の液体で満ちた広いプールに浮かんでいた。格好はさっきと同じだ。俺の姿を見ると、泳いで近づいてきて抱きついてきた。そして何か話そうとして、ニャンヒカルの方を見る。

「外部との通信会話妨害のギャグボールで不自由な思いをさせましたね」

彼は軽く謝りながらポケットから取り出した手元のスイッチを押した。

ポンッとファイ子の口から玉が吐き出され

「えいなりっ愛してるううう!」

と言ってきた。頷くしかない。


その後、手続きがあるらしいエネとファイ子と別れ、帰りのシャトルという名のUFOの座席に座っていると、右隣のチリがその右の爺ちゃんに

「あのっ、お爺さんの子供さんって確か一人だけではっ?」

「爺ちゃん、まさか父さんを月に!?」

俺も慌てて尋ねると爺ちゃんは笑いながら

「違う違う。まあ、扱いきれんと思うわい」

「嘘ついたの?」

「それも違うなあ。そろそろ社会見学は終わりじゃ。一介の農家に戻ろうかのう」

爺ちゃんは誤魔化すと、両目を閉じて寝てしまった。

俺は今回の旅で学んだことを思い出そうとする。前を歩くエネの窪んだ尻……肩甲骨……嘔吐物……排泄物……ニャンヒカルに突撃するチリ……ファイ子の豪華な幽閉ゾーン……。

だめだ。主にエネがポンコツ過ぎて、何も学べていない。あっ、イメージの服は学んだな。もういいや。静かに地球に向かい始めた船内で目を閉じる。隣ではチリが乗務員から際限なく提供されるお菓子をボリボリ食い続けていて、消費カロリーをプラスマイナスゼロに近づけていっていた。

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