第36話 脱線

桃色の泡に包まれたトロッコは無茶な速度で、線路上を爆走していく。

しばらくは目を回していたが、気付いた。

全く圧力がない。これほどの速度なら身体が潰れるほど圧がかかるはずだ。

辺りの景色は高速で通り過ぎていくが、どうやら広大な鉱床や坑道をグルグル回りながら下っていっているようだ。

「この泡が空気を維持しているようじゃが、下層には空気はあるのかね」

爺ちゃんが尋ねるとエネが嬉しそうに振り向いて

「ありませんが、終点にはあるはずです」

爺ちゃんが渋い顔で

「そう期待しておくかの」

言ったのとほぼ同時だった。俺は意識が飛んだらしく、目の前が真っ黒になる。


……


「えいなり、おきんかい」

目を開けると自宅の仏間に座っていてで、仏壇の前には婆ちゃんが正座していた。

生前と変わらず、白髪の両サイドを結び、背筋が伸びていて穏やかに微笑んでいる。

「あれ、婆ちゃん、俺死んだ?」

「いんや。でも死ぬかもなあ」

驚いて婆ちゃんの顔を見ると

「最下層には空気がないんよ。爺ちゃんに伝えてなあ」

にこやかにそう言われるのと同時に辺りが真っ黒になっていく。


……


起きて顔を上げるのと同時に

「爺ちゃん!最下層には空気がないって婆ちゃんが!」

慌てて伝えると爺ちゃんは全く疑っていない顔で

「そうかあ。エネさん何分後に終点つく?」

エネは困惑した表情で

「今八層なので、七分ほどかと」

「停止したら泡は解除されるね?」

「はい、そうですけど……」

爺ちゃんは目を閉じてしばらく考えると

「エネさん、線路から外れれば、泡は解けないかね?」

「はい。緊急装置が働くかと」

「ふー」

爺ちゃんは首をコキコキと回して、少し考えると

「えいなり、やってみるかね?」

よく意味がわからないことを言ってきた。


いや爆走していくトロッコを脱線させるってことだろ?できるわけがない。

俺が戸惑っていると黙って聞いていたチリが手を上げて

「やってもいいけどっ」

と言い放ち脱力する。爺ちゃんは目を細めチリを見つめると、耳元に近寄り何かを囁いた。チリはニヤニヤし始めて

「いーち、にー、さーん」

と数え始めた。爺ちゃんは高速で過ぎる景色を見回し、両目を閉じた。

「ななじゅうはちっ」

チリがそう言った瞬間に、何と爺ちゃんはチリを真横に向けて投げ飛ばした。するとトロッコを包む桃色の泡が伸びてチリをキャッチする。同時にトロッコが少し横に倒れて進み始める。

「足らんか」

と言った爺ちゃんの言葉を聞いた瞬間には俺がチリの横に投げられていて、さらにエネも俺の体の上に投げられていた。泡の弾力で三人纏めてトロッコ内にはね戻された時には、トロッコは線路をはズレて宙に浮いていた。そしてそのまま岩盤にボヨンッと当たって、跳ね返され、地上に落ちて止まる。

すぐに俺達は宇宙服を着た作業員たちに囲まれた。

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