第14話 ベストオブ松町商店街

「いきましょうー」

ファイ子は微笑みながら、エスカレーターの下りに乗る。

チリと俺も慌ててついていく。

どの階も青みがかった白黒の背景に浮いている色鮮やかな人々で賑わっていて、それらを横目に俺たちは一階まで降りた。


外へ出てみて更に驚く。

「のーちゃん食堂がある……」

チリはフラフラと、賑わっている商店街の中へ歩いていく。その先には俺たちが中学の頃に店主のおばあちゃんが高齢で閉店した、思い出の大衆食堂が営業していた。爺ちゃんが子供の頃から何度も俺達を連れて行ってくれた場所だ。色味だけが違う店の前で泣きそうになっているチリの横に立つ。

ファイ子は腕を組んで、後ろから

「うーん、入らないほうがいいかもですう」

「なんでっ!?」

思わず声を荒げたチリに

「取り込まれたら、出てこられませんよお。まあ、私はそのほうが良いのですが」

「うーわかった。わかんないけど、ヤバいのはわかった……」

チリは俺の手をギュッと握ってくる。


ファイ子は商店街の人波を歩き出した。

俺たちもそれに続く。

左右の店は、見慣れた服屋などに加えてもうとっくに潰れたおもちゃ屋や、レトロなテレビが店先に並んだ電気屋、

それに見たことないレコードショップまである。

「ベストオブ松町商店街ですよー。この商店街が一番気に入っているお店が保存されてますねえ」

「商店街が意思をもってるのか?」

ファイ子は不思議そうに

「ある程度知名度のある固有名詞と、一定の形状のあるものは記憶を保有していますよー?意思の濃淡は目的によりけりですけどー」

「いやベストっていうから意思もあるのかと……」

「意思の濃淡と言ったでしょお?意思はありますよお。会話可能かは濃淡によりますけど」

「わけわからん」

チリが必死に考えている顔で

「つ、つまりこの世界は、私達の世界の別の一面ってこと?」

ファイ子は嬉しそうに頷いた。

あっているらしい。


商店街を抜けて、駅ビル街に向かう

大きな横断歩道を渡ると

先程電車内で出会ったエネが歩いてきた。

彼女は俺たちの前に立ちふさがると

「この先のワープポータルは資格のない地球人は入れません」

真面目な表情で諭してきてファイ子があからさまに不機嫌になり

「ただでさえ、星をお借りしているのですよお?私のフィアンセと親友くらい良いでしょう?」

エネは黙って首を横にふる。

「フィアンセ?」

「親友?」

俺とチリが同時にファイ子を見ると

「でしょう?」

濁りのない瞳で俺たちは見つめられる。

チリにアイコンタクトを送り

この世界から出るまでは刺激しないでおこうと頷き合い

「エネさんー私お腹すいたなー」

「そうだなー俺もそろそろ帰りたいかも」

エネはホッとした表情で

「出口にお送りします」

近くの路地裏に見える錆びた電話ボックスを指さしてきた。

不満げなファイ子の背中を二人で押して電話ボックスまで進んでいく。

エネは一度電話ボックス内で、十円玉を

大量に受話器を取った電話に入れると、チリに受話器を渡し、耳と口に近づけさせる。

「はい、名前はチリですけど」

そういった瞬間にチリは消えた。驚いている間もなくエネが俺に受話器を握らせてきた。

恐る恐る耳を近づけると、抑揚のない女性風の機械音声が

「進行方向オールグリーン。えいなり様でございますか?」

「はい、そうですけど」

チリと同じように答えると全身がグニャッと歪み、次の瞬間には自宅の蔵の横に立っていた。色は戻り、夕焼けがうちの庭を照らしている。

「……」

腕時計を見ると、時間はおかしくなかったがいきなり自宅に居るのは意味が分からない。

いやファイ子たちエリンガ人のやることだしな。きっとチリも今頃家の近くだろうし、ま、いいかと俺は気にしないことにした。

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