白髪の夫婦
彼女の後を追ってついていこうかとも思ったが、彼女には会うのは夜だけでいいと言われている。前日には“プライバシー大事”と叫ばれてもいるし、ここは素直に彼女の言うことを聞くことにした。
――とは言っても、大人しく休んでいるだけでは落ち着かず、気を紛らわそうと彼女と出逢った大通りに出る。
前日とは違い平日だからか、幾分か人の密度はそこまでないように感じた。おかげで、一人一人の寿命を確かめるのにそれほど苦労しないで済む。
そんな中、ケーキ屋の箱を片手に持って歩く、白髪で細身の年寄りの男に目線がいった。
その時、俺は目を疑った。
彼の寿命もまた、彼女のように増減を繰り返していたのだ。
俺は誘われるように彼の後についていく。
その男の歩みは見た目の割にしっかりしており、速さもそれほど遅いというわけではなかった。
彼はやがてバスに乗り、10分ほど窓を眺めながら揺られる。そうして辿り着いたのは、国立病院だった。
最初、男の具合が悪いのかと思いもしたが、それだけでは寿命の増減の理由に繋がらず、彼に続き病院に足を踏み入れる。
「原です。妻の面会に来ました」
“原”と受付で名乗った男は、一言二言看護師と話すと手続きを済ませ、妻がいるらしい病室へと向かった。
「楓香(ふうか)、おはよう」
「おはようございます、侑仁(ゆきひと)さん。今日も来てくれたんですね」
“楓香”と呼ばれた女は、少し広めの個室のベッドで身体を起こす。
穏やかな微笑を浮かべ、白髪の髪を横で三つ編みにまとめている彼女は、ひどく痩せ細っていた。
「当たり前だろう。これが僕の生きがいなんだから」
「そんな毎日来たら大変でしょう。無理なさらないでくださいね?」
「わかってる。むしろそう言うなら来させてくれ。ここに来ないほうが“無理”になる」
少し冗談交じりの明るそうな会話だが、どこか弱々しさを感じる。俺は壁に背を預けながら、そんな二人を眺めようとした、――その時だ。
「あら、今日はお客様がいるのですか?」
そう言った女の目は、確実に俺の目と合っていた。
「あなたは、――侑秋(ゆきあき)?」
その女の寿命は、残り三ヶ月と迫っていた。
「何を、言っているんだ……。侑秋がいるわけがないだろう……?」
侑仁(ゆきひと)と呼ばれた男は、彼女の言葉を受け入れまいとするように、けれど頭のどこかで理解してしまっていることを否定するかのように、声を震わせ言った。
そんな彼に、楓香という女は俺とその男とを見比べるように何往復か見ると、苦笑を浮かべる。
「そうよねぇ、そんなわけないわよね!」
旦那を安心させるように過度なくらいに明るく言ってみせた妻だったが、その明るさの半分は嘘ではないように感じる。
数時間の談話を重ねた後、用事があるからと部屋を出ようとする旦那と挨拶を交わす妻。しかしその目が背を向けた旦那を見送るわけではなく、俺を捉えた。
俺は思わず、動くことができなかった。
「あなたは、私をお迎えに来たのかしら。それとも、予告をしに来たのかしら」
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