第-4-話

比較

 翌日。彼女の様子を伺うべく、かといってまた突然現れたと言われるのを避けるべく、俺は彼女の玄関前の階段に座っていた。


 しかし玄関から顔を出した彼女は目を瞬くと、まるで小さな悪戯をした子どもに向けるような笑みを浮かべた。

 俺が首を傾げていると、さらに笑みを深めながら彼女は言う。


「気持ちは嬉しいけど、別にずっと一緒にいようとしなくても大丈夫だよ? わたし、案外日常生活に支障はきたさないタイプだから。変なことはしないし、死神として監視する必要もないと思う。わたしとしては夜に話せれば十分――」


 消えていくように途中で言葉を途絶えさせた彼女。その表情は、言葉と同時に色が失われていった。

 声をかけてみても反応が返ってこない。彼女の目が俺を映していないことに気づいたのはその時だった。――俺の、背後に目線をやっていた。そこにいたのは、仲睦まじい様子の男女。


「ねぇ、秋夜」



――今のこの感情、奪って――



 それは、有無を言わさない、命令のような願望だった。

 彼女は俺の胸元を勢いよく引っ張り寄せたかと思うと、次の瞬間には彼女に口づけられていた。

 彼女の眉間には皺が寄っていて、その必死な様子が、なぜだか気に食わない。

 俺は彼女との身長差を埋めるように身を少しかがめさせ、彼女を支えるように腰に手を回す。


 やがて体を蝕むように、吐き気を伴うような重い物が胸中に圧し掛かっていく。思考が鬱陶しいほどに絡まり合い、それがまるで奪うように思考を諦めさせた。


「……んだこれ、気持ち悪ぃ……つか鬱陶しい……」


 彼女の唇が自分のそれから離れていくと同時に、俺は脱力するようにうずくまり頭を抱える。


「ごめん、大丈夫……?」

「大丈夫じゃねぇけど、大丈夫にする……」


 どこか自分に言い聞かせるようにそう返したものの、“大丈夫”にする方法は見つかる気がしなかった。

 彼女が俺に視線を合わせるようにしゃがみ込んだのも束の間、「ねぇ待って!??」と叫んだかと思うと勢いよく再び立ち上がった。


「やばい遅刻する!!!」


 俺にとっては至極どうでもいい問題だった。


「本当に申し訳ないんだけど、時間本当にやばいからわたし行くね? わたしのベッド使って休んでもいいから!」


 そう言い残し走り去っていく彼女をどこか恨めし気に見送りながら、その先にいるだろう人間の男の姿が脳裏に浮かぶ。


彼女の様子に違和感を持ったとき、背後を通った男。そいつが彼女の想い人であることぐらい容易に予想できた。

 そして頭の中で誰かが鬱陶しく呟いている。――“あいつは人間だ。お前は死神だ”と。

 だからどうしたのか、それの何が問題なのかわからないというのに、針でしつこく刺されるような痛みと息苦しさに思わず歯を食いしばった。

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