第3話 懐古的で一般的な

 ある噂がある。

 もしも呪われてしまったとき、助けてもらえる場所がある。

 それは寺や神社ではない、一見普通の住まいなのだという。

 けれどそこに行けば助けてもらえる。

 出処も真偽も確かめようのない無責任な、ついでに言えばさして流行るとは思えない噂。

 なのに、それを必要とするものには何故か届き、それ以外には不思議と広まらない。

 それを聞いて信じるものもどうかしていると思うが、信じた上で噂で言われている住居を訪れるなどどうかしている。

 なにより――その噂の場所に住んでいる目貫にとっては迷惑以外のなにものでもない。

 まして。

「……あの、呪いから助けてくれる人がここにいるって、聞いて」

「見知らぬ人間には近付くなと最近の子どもは教わってないのか?」

 こちらを見上げる幼い少女に、目貫はうんざりしたようにそうぼやいた。



 制服姿でメガネに三つ編み姿という、およそ冴えない今時にしてはオシャレというものにあまりこだわりがない、よく言えば素朴なその少女はどう見ても中学生かそこらだろう。

 そんな子どもが、昼間とはいえ明らかに怪しい噂の住居に住んでいるものを訪れるというのは無防備という言葉で済まされない。

「悪いが、人違いだ」

「でも、噂じゃここだって」

「噂は噂だろう。ここには俺しか住んでいない。そういう特別ななにかがあるように見えるか?」

 いい歳をした男と少女の組み合わせなど、ひと目で通報される組み合わせだ。

 なにより、目貫は子どもというものが苦手だった。

 中学生ならまだ多少はマシではあるが、子どもには理屈が通じることは少ないし、大人の言うことを素直に聞かないようなもの、好意的になる要素が少なくとも目貫には存在しない。

「でも、あの、ほんとに困ってて」

 見た目によらず頑固だなと眉間にシワを寄せているとき、背後から声がした。

「大丈夫ですよ先生。その子の相談は『本物』ですし、ここに来たことは誰にも見えませんから」

 どうやら、受けろということらしい。

 大きくため息をついて、目貫は少女を見た。

「……とりあえず、入れ。こんなところを人に見られたくはない」

 いまの言い方は誤解を生むなと思ったものの、なにかに追い詰められた少女は素直に中に入り、それはそれで少女の今後が不安になった。



 及川小夏と、なにも言う前に少女は自分のことを話した。

 あまりにも無防備すぎて頭が痛い。

 名前からあらゆることが見知らぬ相手に知られてしまう危険性があり、目貫は知らないが制服を着ていればそれが何処のものかわかるものにはわかるというのにこの危機感のなさはどうかと思わなくもない。

 しかし、そういうことを指導するのは目貫の役目にはない。

 痛い目に遭う前に誰でもいいから注意してもらいたいものだと他人事として思い、自分を訪ねてきた目的のことにだけ集中することにした。

「それで、呪いの相談というのは?」

「あの……これです」

 そう言って持っていたカバンから取り出したものを見て、目貫は思わず感想を漏らした。

「こりゃまたオーソドックスな代物だな」

 取り出したのは少女の外見や年齢にはあまりにも不似合いなものだった。

 藁を束ねて人形にしたもの、といえば誰もがそれがなにかとその形を浮かべられるもの。

 呪いと一般の人々が聞いて浮かべるもののひとつ――藁人形がそこにあった。

 もっとも、正確に言えばそれは『藁』人形ではない。

 毛糸だろうそれで作られたものは、形だけは本来のものと同様だ。

「いまも子どもに人気なのか? もっと今風なもののほうが興味を引きそうなものだろう」

「そういうのは、よくわからなくて」

 相手に向かって言ったつもりはまったくなかったが、小夏は勘違いしてそう答えた。

「実際は藁を用いるものだが、これがどういうものかは理解しているのか?」

 無意識に試すような口調になったことに気付き鼻白みながら返事を待つと、小夏は授業で指名された生徒のようにおどおどしながら口を開いた。

「夜中に、あの、これに釘を、その」

「大雑把には理解しているわけか。それを受けて聞きたいことでもある……何故、呪われてる本人がそれを持っている?」

 藁人形は人目につかない場所で呪詛を行う道具だ。それを持ってくるというのは道理に合わない。

 しかし、そう聞いた途端小夏は顔色を悪くして俯いた。

 後暗いことを隠していたことを見抜かれたものがする顔。

 それを見て、ぴんときた。

「なるほど、勘違いしていた。どう呪われてるか知らんがひとついまのでわかった。作ったのは誰でもない自分だってことか」

 はいともいいえとも言わず真っ青のまま黙っていることが、この場合は答えだ。

「自分で作ったものに呪われてるから助けてくれと? 自業自得という言葉は教わったか?」

 説教をするような立場ではないが、気を抜くと説教じみてしまうのを気を付けたつもりだが、言われたほうは叱責されたと思ったらしい。

「ちが、違うんです! わたしはただ……!」

 思わずというふうに叫んでから、小夏は口を閉ざすが今更遅い。

「聞くが、中に呪う相手のものをなにか入れたか?」

 相手が子どもだとは理解していても、目貫のもともとの性格も相まって詰問口調になってしまう。

「入れて、ません……」

 あまりにか細い声に、呪い絡みでなければやっていない万引きの疑いを責められているような構図だなというのが浮かび、目貫は一気に嫌気がさしてきた。

 こういうことは自分には向いていない自覚が目貫にはある。

 かといって甘やかすなどそれこそ人生を振り返ってもした記憶がない目貫にとって、この状況はさっさと終わらせたい以上の気持ちが浮かばない。

 受けろと言った元凶は、さっきからひと言も口を出してこないしそちらの気配がするほうを目貫は見ないようにしている。

 この状況を楽しんでる底意地の悪い笑みを浮かべているとわかりきったものを、わざわざ見る気になるはずもない。

 意図的に大袈裟な息を吐き、目貫はできる範囲で口調が厳しくならないよう加減をしながら口を開く。

「わかった。落ち着いて事のきっかけからなにもかもを聞かせてもらおうか」

 ここは放課後の職員室でも保健室でもないんだがな。

 内心そう思いながら相手の話を聞くことにした。



 小夏には高島美咲というクラスメイトがいた。

 中学生にしては美人に入るだろう顔立ちで、その自覚が本人にもあるのだろう小夏と違って流行に敏感で身だしなみも校則の範囲でよく見えるよう意識していた。

 少々気の強い面はあったが周囲にもクラス担任にも受けが良い、まるで別世界の住人のような存在だった。

 その美咲と小夏はしかし友人ではない、むしろその逆だ。

 端的にいえば、小夏は美咲からいじめを受けていた。

 暴力的なものではなく、グループでというわけでもなくいじめの相手は美咲ひとり、しかしその分それは陰湿で、周囲は誰も小夏がいじめられていることに気付いていなかった。

 小夏が強く出られない性格なのもあったが、美咲は巧みに周囲にはまるで親切なクラスメイトが面倒を見ているように見せながら小夏を追い込むのを楽しんでいた。

 発端がなんだったのかはよく覚えてない。

 いつかの試験で小夏のほうが順位が上だったとき刺すような視線を感じた気がするが、まさかそんなことが原因とは思えない。

 かといって金を取られるとか、万引きを強要されるなどということはされていない。

 美咲が使ったのはただひとつ、言葉だけだった。

『すごいよねえ、こういう古い本好きなんだあ』

『いま流行ってるコレ知ってる? あ、そっかいまのことって興味ないんだよねえ』

『男子で気になる子とかの話してるんだけど。あ、ごめん、そういうの小夏はぜんっぜん興味ないんだよね』

 鈍いものなら気付かない、意図を知らなければ他愛のない会話にしか聞こえないが、その言葉ひとつひとつに小夏にだけは明確に伝わる毒が含まれていた。

 なにかあるたびに、美咲はそんな言葉を小夏に投げつけ、まるで親しい友人相手のような笑顔を浮かべるがその目が小夏しか見えないときにはいっさい笑っていないのを知っているのは小夏だけだ。

 かといって、こんなもの誰かに相談できるはずもない。

 他人から見れば『ただの会話』でしかないことを話しても咎められるのは小夏のほうだ。

 両親は共働きで忙しくほとんど家にいない。そんな両親に余計なことを言うのも躊躇われるし、話してみて両親にも「その程度で」と言われたらと思うと話せる相手は誰もいなかった。

 気の弱い小夏と美咲の相性は悪い意味で最悪だった。

 毎日のように何気ない会話を装いながらじわじわと耳から毒を流し込まれるように、それは確かに小夏の心に蓄積されていた。

 その先がどうなるのかは、けれど追い込んでいる美咲自身もなにも考えていないような雰囲気はあった。

 ただ習慣となったそれを繰り返しているだけ。その結果どうなっても美咲はその理由を理解することもないだろう。

 その状況に限界を感じ始め、けれどどうしたらそれが変わるのかまして終わるのかもわからない小夏はひとり追い込まれていた。

 その気持ちを何処かに逃がしたくて、気がつけば作っていたのがこの人形だった。

 藁が何処で手に入るのかわかるはずもないので、本で見た形だけを手元にあった毛糸で真似たそれ。

 作っているときは必死だった。なにか普通なら決してしないことに逃避しなければ壊れてしまいそうだった。

 けれど出来上がったそれを見て感じたのは、自分がこんなものを作ってしまったという怖さだけだった。

 気はまったく晴れない。むしろ更に悪化した。

 すぐに解してしまえばただの毛糸になって、自分が何をしたのかも忘れられる。

 なのに『形』になったそれを壊すことも怖かった。

 結局、それをなかったことにするために勉強机の一番下の引き出しに放り込み、忘れてしまおうというのが小夏にできる唯一のことだった。

 そんな矢先――美咲が死亡した。

 交通事故だと小夏は、登校するとすでに騒然としているクラスで誰からともなく聞いた。

 わたしのせいだ。そう感じた。

 あんなものを作ったから悪いことが起こったんだ。

 そう思うだけで足が震えて崩れ落ちそうだった。

 様子があまりにもおかしかったのだろう、事故の件もあったのでクラス担任は無理せず早退することを小夏にすすめ、断る気力もなく帰宅した。

 そして部屋に入ると、毛糸で作ったあの人形が、机の上にあった。



「それから、何処にしまってもすぐに、机の上や枕元に」

 そこまで話すだけでも小夏にとっては苦痛だったらしいのは顔色でわかる。

 そして聞き終えて、目貫は小夏は気付かないように息を吐いた。

 ここに来たのは、ある意味正解だ。

 この年齢のこの悩み、そしてそこからの呪い絡みなど下手なところに行けばただのご立派な説教や道徳のようなものを聞かされて終わるだけだろう。

 そもそもの発端である小夏が受けていた『いじめ』についてもそうだが、どれだけまともに取り合うか疑問しかない。

「その弱さが災いを呼んでいる。そんなことで悩んではいけない」

 大方そんなことを言って切り捨てるだろうことが想像できるだけに嫌気が増す。

 だからこそ、目貫には頭が痛かった。

 目貫の言葉ひとつで、これからの人生の一端が変わる可能性が強いものなど、正直手に余るが放り投げるわけにいかない。

 そのことを考えながら、ひとまずは呪いのほうを先に片付けることにした。

「人形は見えるところに現れるだけか? いまも持ってきているが危害を加えられるなどはないんだな?」

「え!? そ、そんなこともあるんですか?」

 怯えた顔がますます怯えてしまい、しまったと思いながら言葉を続ける。

「いや、中になにも入れてないのなら、そういう心配はない。それにたぶん、そいつの役割はいまの話を聞く限り見当はつく」

「どういうことですか?」

 答えを聞くのは怖いだろうが、聞かないのはそれ以上に怖いのだろう。

 怯えたままこちらを見る小夏に、目貫は平坦に聞こえる声で答える。

「自分のしたことを忘れさせない、なにをしたのかを常に考えさせる。それが役目とみていいだろう。実際、事故の日から一瞬でも忘れられたことはないんじゃないか?」

「忘れるわけないです。だって、わたしあんなことして……」

「それだがな、その事故はその人形とは関係ないと思うぞ。そんな力がそれにあるとは思えんからな」

「え?」

 目貫の言葉に小夏は初めて目貫の目を見た。

「作ってる間、なにを考えてた? 相手のことなんて考える余裕はなかったんじゃないか。いまの状況から逃げたい、それしか考えられなかったんじゃないのか?」

 小夏が人形を作った動機は逃避だ。

 恨みも憎しみも抱くこともできず、ただいまから逃げたい一心で作ったのなら、それに込められているのはその感情しかない。

 それだけを込められた人形が他者に危害を加える力などない。

 呪いが向くとすれば作った本人に向けられるのは、だから当然といえば当然なのだ。

 逃げたいと願って作ったものが、逃げるなと追い込む。

 その原因もおおよそ目貫には予想はついた。

「作ったことを後悔しているんだろう?」

 余計な感情を乗せずに聞けば、小夏はただ頷いた。

「けれど、それをなかったことにするわけにはいかない。そう考えているんじゃないか、罪悪感から」

 その言葉に小夏はすぐには答えず「わかりません」と正直に答えた。

「推測に過ぎんが、たぶん人形はその感情が元になったものと考えるのが一番しっくりくる。自分がしたことから目を背けさせない、そんなところだろうな」

 実際、小夏はこれを見る度に作ったことを後悔し続けているだろう。

 そして恐怖しながらも自分を責め続ける。

 自分相手というのは、特に意識下のものは本人がそれを認めどうするかを自分で決めなければいけないから厄介だ。

 ましてこんな、気の弱い子どもになど。

 なので、呪いの仕組みをおおよそで説明し、一番の問題のほうに取り掛かることにした。

 呪いは仕組みを解けばいいだけなのだから簡単だ、それよりも今回の依頼でもっとも難しいことに取り組まなければならないことを考え、目貫は息を吐いた。



「ここまで話を聞いている限り、なにもかもを自分のせいだと思っているんじゃないか? それこそ、いじめのことも」

 その言葉に小夏は黙る。

 いじめられる側にも責任がある。などと平然と言う連中は一部にいる。

 目貫からしてみればあまりにもくだらない考えだし、そんなことを言えるのは人生で一度でも他人から悪意を向けられた意識がないか、逆の立場だったものくらいだろう。

 中にはいじめから自力で抜け出したと自負してそんなことを言うのもいるのだろうが、そんなものは死ぬ気でやればなんでもできるとただ自分が死ななかったことだけを根拠に豪語してるのと大差ない。

 世の中にはどうしたって弱い人間というのはいるのだ。他人を憎むだけの力がないほどまでに弱いものが。

「中途半端に嘘をついても意味がないので正直に言うがな、俺にはそこまでなにもかもを自分のせいだと思うっていうのは理解ができん」

 こういうとき、下手な嘘は逆効果だ。だから、思っていることを直に伝える。

「俺も人に憎まれたことはあるし、いじめの類は記憶にないがそれでも不愉快な目にあうような経験はしている。ただ、俺の場合違うのは、そういう連中に対していっさい興味がなかったことだ」

「興味が、ない?」

 奇妙なものを見る目で小夏がこちらを見た。

「興味がない相手に意識を向けるだけ無駄だ、そう割り切る人間なんだよ俺は」

 だから、と目貫は続ける。

「俺には気の利いたことを言えん。そもそもなにかを変えたければ自分が変わらないとどうしようもないものだからな。だからといって劇的に変わるなんてことは望むだけ無意味だ。いまの自分を好きなように見えんから変わりたい気持ちはあるんだろう? なら、まずはそれを素直に認めるところから始めるんだな」

 話しながらなんで自分がという気持ちが否めない。

 講師をしていた頃でもこんな世話を焼いたことはないし、そもそもそんなものをしようと思ったこともない。

 なにせ、さっきも言ったが目貫はこの世のほとんどのものに興味がない。

 なのでそれらがどうなろうと知ったことではないと無視を貫いてきた。

 そんな自分がなんて偽善だと目貫は内心苦い顔をしているのは流石に表には出さない。

「……変われるんですか?」

 そんなこちらの気持ちなど当然気付かず不安げな声で聞く小夏に目貫は億劫そうに髪をかいた。

「俺にはわからんし聞いても意味がないだろう。自分のことは本当のところ自分にしかわからんよ」

「そう、ですよね……」

 俯いた小夏に目貫はため息を付いてから口を開いた。

「例え恐怖から逃げるためだとしても、露骨に胡散臭い噂を頼りにこんな場所と人間のところまで来れたんだろ。なら、自分で思っている以上に度胸はあると俺は思うぞ。とりあえず難しいだろうが自信を少しでも持つところから始めろ」

 職員室でも保健室でもないと思っていたのに結局似たような状態になったなと考えているところに、ぽそりと小夏は呟いた。

「できるかはわかりませんが……あの、頑張ってみます」

「そうか」

「……怖いのもつらいのも、ほんとは嫌いですから」

 元気なく笑ってそう言った小夏は、それでもここに押しかけてきたときより極わずかではあるがなにかが落ちたような顔をしていた。

「話はそんなもんだな、人形はここに置いていけばいい。もう二度とこいつは現れないからそこは安心しろ」

 訪れた用件についてはそう言って安心させておき、小夏もそれを信じたのか「ありがとうございました」と礼儀正しく頭を下げてから出ていった。



 小夏の姿が扉の向こうに消え、扉が閉まった途端、目貫は心底疲れきった顔で床に寝転がった。

「……疲れた」

「悩める若者の人生相談相手見事でしたね」

 ずっと黙り続けていた癖に終わった途端にからかうように顔を覗き込んで笑っている相手を思い切り睨み付ける。

「なにが見事だ、俺がやりたくもないことをやってるのを楽しんでただけだろうお前は」

「いえいえ、余計な口を挟むのも野暮なことでしたし、そもそも僕は人の苦しみは人のように理解できませんから」

 笑ったままの顔に吐き捨てるように目貫は言う。

「そりゃあそうだろう、お前にとっての人の苦しみは娯楽でしかないからな」

 心底毒づいても相手の笑みは深く歪になるだけだった。

「もちろん否定しませんよ。とりあえず後始末はしましょうか」

「そうだな⋯⋯で、あれはどのくらい成ってるんだ」

 身体を起こした目貫が言ったのは置いていかせた毛糸の人形だった。

「中の下というところですね、先程先生も言われてた通り根本にある感情は逃避とそれを否定するものですから僕がなにかするほどのものじゃありません」

「なら俺が燃やすだけでも片付くか……こっちはな」

 そう言ってから目貫は相手を見る。

「お前の狙いは、あの娘についてたもののほうだろう?」

 その言葉に相手の笑みは深まりもはやそれはかろうじて人の形を保っているような人ならぬソレだった。

 端正な顔立ちを作り上げてるからこそ、その表情は禍々しさが強まっている。

「なんの力もないですが執念だけは御大層なものでしたね、あの若さでしかも元凶は自分なのに付きまとう性根には感心しますよ」

「そうか、俺にはどうでもいい。死んだものをどうしようがな」

 投げやりな言葉に人ではない人の形をしたものが愉快そうに嗤って尋ねる。

「どうしてもいい、ということですね?」

「まどろっこしいことを言うな……喰いたいのなら喰ってしまえばいいだろ」

 目貫の言葉に相手は嗤う。

「じゃあ少し出てきます。ああ、それとその人形一応保険のために本来の『役目』も果たさせておいたほうがいいですよ」

 そう言った次の瞬間にはその姿は消えて、本当に部屋には目貫だけになった。

「本来の役目、ね」

 そう言うとブツブツとなにか言いながら目貫は自分の髪の毛を抜き取り人形に埋め込んだ。

 そして立ち上がり、持ってきたのは五寸釘と金槌。

 それを人の心臓の位置にあてるとなんの躊躇いもなくその釘を人形に打ち込んだ。

 しばしの間。しかし、部屋にも目貫にも変化らしい変化はない。

「まあ、俺にとっては無意味だからな」

 まるで効果が届かなかったことを不満だろう人形に説明するように目貫は言った。

「俺の身体には心臓がないんでな。いまの持ち主は……さっきのあいつだから諦めろ」

 当然、元からそんな身体だったはずはない。

 もともとはただの人間に過ぎなかった自分がそうなった経緯をぼんやりと思いながら台所のコンロで人形を燃やすために立ち上がった。

 目貫をこうした原因である、今頃嬉々として幼い子どもだったものを喰らい尽くしているソレのことを考えるでなく考えながら目貫は人形を燃やした。

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