第4章 湖上都市アザレア

第40話 馬鹿のアトラクション

「できた!どうどう?」


 作品の出来栄えを聞いてみる。


 人参太郎:『馬鹿なのか?』


 感想は思っていたものと違った。作品は空中に浮いたリザードマンの死体。それが高速で回転している。手足が遠心力で振り回されている。


手足に掴まれば、即席のアトラクションに乗れる。


「ええー、めっちゃいいじゃん」


 人参太郎:『乗ってみろよ』


「ほら、こうやれば……乗れっ……うわあああっ!?」


 言われた通りにリザードマンの足に捕まったら高速回転の餌食になった。収まることを知らずに回り続ける。必死に足にしがみついているが、もう耐えられない。


「うっぷ、酔ってきた」


 人参太郎:『そりゃあそうだろ』


 あまりの回転に体調が悪くなる。もう無理だ。そう考え瞬間に足がちぎれた。


「はっ!?」


 振り回されたあげく飛ばされた先は湖だった。水しぶきをあげながら水中に落ちた。バタバタと手足を動かす。まだ魚はやってきていない。急いで橋に泳いでいく。


 不思議なことに水の中で息ができた。


「ボクにもツキがまわってきた」


 調子に乗っていると、なにかが泳いでくる音がした。透き通った水中で見えてきたのは長い棒状のものを持っているなにか。よく見るとリザードマンだった。


「あばばっ!?やばい!?」


 必死に泳いでどうにか橋の柱に辿り着いた。急いで柱を登ろうとする。逃亡成功目前で足を掴まれた。なんとか耐えようと柱に短剣を突き刺した。残念ながらリザードマンの力は凄まじかった。


「くっそ、こいつ……」

「ギュルッ……!」


 水中に引き戻された。


「ち、近づくな!」


 短剣を振り回すと距離を取った。槍を構えて臨戦態勢だ。逃がすつもりはなさそうだ。


 倒さない限り、陸地に逃げることは不可能だ。戦うしかない。いざ戦い始めると、水中のリザードマンは俊敏で攻撃が当たらない。リザードマンの突き攻撃は短剣で弾くことすらできずに胴体を貫く。


「うっ…まずい、やられる!?」


 どうにか打開策を考えている間もリザードマンの攻撃は続いた。一方的だった。陸上では逆の立場なのに、水中では手も足も出ない。


「まじかよ……」


 水中のリザードマンに翻弄されて死んだ。光の粒子となった姿にリザードマンの口角は上がっていた。


 目が覚めたのはカミラの家のベッドだった。


「あれ?なんでここ?」


 いつもなら港まで戻されるのに。放心状態でしばらくベッドに横になった。


「あれ負けちゃうんだ。湖に落ちないようにしないと」


 人参太郎:『変なことするから』


 なんとか立ち直って起き上がる。一休みで椅子に座っていると、カミラが通り過ぎた。


「……ん?」


 カミラは通りがかりにいないはずの人間がいるのが見えて不思議そうにする。見間違いかと思って振り返ると、そこには見知った人間がいる。


「ん?どうしてここに?」

「さっきぶりですね、カミラさん」


 いない人がいて、しかもなんでもないような物言いで返事をする。カミラは動揺していた。


「あ、ああ。あ!もしかして死んだか?」

「あー、はい。リザードマンにやられちゃいました」

「リザードマン強いからな。失敗くらいするさ」


 カミラは状況を把握すると優しく慰めてくれた。


「ゆっくりと休むといい。私は研究に戻る。」


 研究が忙しいらしく、すぐに部屋を離れていった。今度はラウルがきた。


「ぬ?貴様か?もう帰ってきたのか?」

「ちょっとやらかして」

「そうか。貴様ほど強くても負けるか……ふむ、我も強くならなくては…な!」


 ラウルは尻尾をブンブンと振りながらどこかに行った。


「ラウルもなんだかんだ優しい」


 人参太郎:『泣きついたらもふもふさせてくれるんじゃね?』


「その手があった!でかした!」


 あのもふもふのお腹に顔を埋めてくんかくんかしたい。ラウルもなんだかんだ撫でられてもまんざらない顔をする。


 人参太郎:『顔をどうにかしないと嫌われるぞ』


「おっと……よだれが」


 どうやら顔が緩んでいたらしい。ラウルもそのあたり敏感だ。カッコつけながらやればいけるかな。


 人参太郎:『汚い!』


 戯れていると、今度はリアムが来た。リアムはお辞儀した。挨拶し返す。


「ブルッ」


 リアムはひと鳴きすると、なにも言わずに立ち去った。


「なんなんだ、あいつ」


 人参太郎:『鹿なりの慰めだろ』


「リアムだけ謎」


 荷物と心の整理を終えてまた湖を目指す。


 沼地を抜けている最中、敵として魔狼に遭遇した。3匹の群れだ。連携して突撃してくる魔狼を短剣でいなす。距離を取って短剣を投擲する。牽制が効いた。


「各個撃破だ」


 孤立した個体を狙う。1匹は牽制して残りの1匹に最大値の短剣で倒す。その繰り返しで魔狼たちをすべて倒した。魔狼相手に慣れたものですぐに制圧できた。おかげで魔狼の皮が3枚も手に入った。


 目的も達成しつつ、湖を目指す。橋の目前にいるリザードマンは復活していた。死に戻りしたら敵が復活する。覚えておこう。


「奇襲しよう」


 浮力の腕輪をつけた短剣をゆっくりとリザードマンに向かって投げる。辿り着く前に回り込んでリザードマンの背後にまわる。


 短剣がたどり着くと、リザードマンはゆっくりと近づく短剣に注目した。なにか起こるわけでもなく、ゆっくり飛んでいる短剣に警戒していた。


「隙あり!」

「ギュルッ!?」


 1匹のリザードマンを奇襲して始末した。仲間がやられて正気を取り戻したリザードマンが短剣の経路上を通って襲いかかろうとする。


「ギュルッ…ギュルルルッ!?」


 囮で投げた短剣だが、それなりに魔気を込めている。当たったら痛い。思わぬ攻撃に混乱している。お得意の槍さばきの動きが悪い。槍を弾いて懐に潜り込んだ。攻撃をさせず、無傷で倒すことに成功した。


「ボクも成長したな……」


 人参太郎:『たまに馬鹿だけど』


「馬鹿じゃないし、ちょっと好奇心旺盛なだけだから!」


 馬鹿論争してる間に橋に着いた。橋の上にはリザードマン4匹が待機していた。さっきより1匹多い。


「どうしよう。増えたよ。正面からは厳しいかな……」


 人参太郎:『レベル上げに来たんだろ?死んでも良くない?』


「うーん、そうなんだけど、やっぱ街行きたいじゃん」


 人参太郎:『わかる。俺も気になる』


「どうしよっか…あ!あれはどう?」


 悩んだ末に思い浮かんだ。もっとも簡単に街に入る方法があった。


「これでどうかな?」


 湖上都市アザレアと対角線上にある木の上を背に立つ。身体に浮力の腕輪をつけて準備完了。あとは射出するだけ。


 人参太郎:『馬鹿な発想だけど、最速でいけそうなのは間違いない』


「でしょー!」


 木を蹴って湖の上を滑空する。橋の上にいたリザードマンを通り過ぎて街に着いた。壁に激突する瞬間に浮力の腕輪を付け替える。壁はそれほど高くなく、すぐに上まで来れた。


「これが湖上都市アザレアか!」


 石造りの建物が立ち並び、その間を抜ける街道がある。中央に水路が流れていて、その両端に車が1台通れるほどの道があった。船を移動手段としていることがよく分かる。


 滅んで長い時間が過ぎ去っている。街路樹は道を遮るほど大きくなっている。手入れが行き届いていないことがこの街に人が住んでいないことを証明している。


 港は白い壁の建物が多かったが、ここは街並みの色は少し明るめで、屋根が赤い家が数多く建てられている。陽気な音楽をかけながら民族衣装で踊っている情景が浮かぶ。


「ここがリザードマンの根城なんて思いたくなかったよ」


 眼下にはリザードマン2匹が談笑しながら歩いている。


「ボクに見つかったら最後、死ぬと思ってね」


 リザードマンとの熾烈な戦いが始まる。

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