第38話 起死回生

 槍による生傷が増えていった。短剣で弾くことができても、水の放出に対抗する手段が見つからない。一方的に追い詰められ、攻撃が一切通らない。


 徐々に減っていく体力。起死回生を狙うにも情報が少ない。


 足場が悪く、逃げようとすると水の放出で足止めをされる。足を止めれば水の放出で武力解除された上で槍での攻撃が来る。どうすることもできない状況だ。


 水の突破さえできればこの状況を変えることができる。どうにかして水の防御を崩す必要がある。


「どうすれば……どうしたらいいんだ」


 考えつく限りのことをやってきた。このまま死ぬ運命なのか。そう悟ったとき、背後から飛んできた矢がリザードマンの腹部を貫いた。


「ギュルッ!?」


 咄嗟にお腹を押さえて跪く。振り返るとそこには弓を構えたカミラがいた。さらにその後ろにはリアムとラウルが控えていた。


「加勢するよ」

「我が来たぞ!」

「ブルルッ」


 3人ともここで知り合った人たちだ。その主要メンバーが助けに来てくれるとは思わなかった。


「……な、なんで?」


 疑問を口にすると、ラウルが答えた。


「我は嘉六に救ってもらった。その恩を返しに来た!」


 ラウルは尻尾をぶんぶんと振りながら宣言した。その横にいたリアムも凛々しい顔をしている。


「ラウルから聞いたよ。1人でリザードマンに立ち向かうんだってね。水臭いじゃないか。私だって少しくらいなら手助けできるのに」


 カミラに容赦はなく、攻撃を仕掛けようとするリザードマンに矢を射る。苦しそうに刺さった矢を抜くリザードマンに不自然さを感じる。


 投擲した短剣は水の鎧に飲み込まれたのに、矢は水を物ともせず貫いていた。


「カミラさん、なんで攻撃が通るの?」

「リザードマンはただの水を操ることができるが、水に魔気を込めることはできない。これは私の『湖上都市アザレアの魔物図鑑』にも書いてる内容だ。買いたかったら私に言ってくれ。5万で売っている」


 戦闘中にまさかの宣伝だ。それも今すぐ欲しい内容。残念ながら即金で払える料金じゃない。このエリアに来るならそれくらいのお金は稼げているはずという考え、間違っていない。ただタイミングが悪かった。


「そんなお金はありません!」

「ええっ、ないのか!?研究資金にしようと思ってたのに」

「ないです!むしろ1銭も持ってません」

「君はどうやって生活しているんだ。冒険者だろう?」

「ないものはないです!」


 魔狼から逃亡していたから弱い人と考えていたのに、カミラは強かった。よくよく考えれば逃走した後に魔狼を1人で狩っていたと考えると、その強さは想定を越えている。


 カミラと話してる間にラウルとリアムがリザードマンの気を引いてくれている。リアムの角はリザードマンを牽制し、ラウルは隙を見て攻撃を仕掛けていた。


 みんなが攻撃してる間に突破口を探す。いつまでも攻撃手段が見つからないのでは、おんぶにだっこすることになるか、その間に全滅してしまう。ラウルにダメージが入るのを見過ごせず、短剣でガードする。


「ぬっ!?すまぬ!」

「ボクが助けてもらってるからね!これくらいはっ……」

「ブルッ!」


 お互いにカバーし合ってリザードマンに対抗する。


「どうしたらダメージが……いや、待てよ。なんで矢は通ってたんだ?そこから突破口を見つけるんだ!」


 リザードマンはラウルとボクの攻撃は物ともせず、突進してくるリアムとカミラの急所を狙った矢には特に警戒をしている。この条件でリザードマンに明確にダメージを与える方法を考える。


「角と矢……これらの共通点は、勢いがあること……そっか、これだ!」


 リザードマンから距離を取り、短剣と浮力の腕輪を装備する。ラウルが回避し、リアムが距離を取った瞬間を狙う。浮力の腕輪がついた短剣をリザードマンに全力で投擲する。


「ギュルッ……?ギュルッ」


 何度も水の鎧で防ぐことのできた短剣を見て見ぬふりをするリザードマン。短剣は一直線にリザードマンの腹部に飛んでいき、水の鎧に入水して腹部に突き刺さった。


「ギュルッ!?」


 力が減衰するはずだった短剣は、リザードマンの予想に反して、勢いがなくなることなく水の鎧を通過して突き刺さった。何度もぶつかり合っていたからこそ、リザードマンの動揺は収まらない。


「ギュルッ…ギュルルルッ!?ギュルッ!!」


 水の鎧を理解した。リザードマンの水の鎧には対抗できる筋力に限界がある。それを越えていたリアムとカミラの矢だけはダメージを与えられていた。


 逆に投擲による力の減衰が発生していたボクの短剣は水の鎧の許容範囲内だった。


「水の鎧には勝てるけど、水の放出には勝てない」


 鎧は静止した状態であり、放出は力の限りに動いてる液体だ。止めるにはリザードマンよりも筋力が高い必要がある。


 逆に速力はボクのほうが高い。だから逃げることもできたし、攻撃を仕掛けることもできた。


「種がわかればこっちのもんだ」


 リアムが牽制してラウルが攻撃を仕掛け、夢中になってる間に隙を縫って攻撃する。決定打を出す相手が2人から3人に増えた。流れは完全にこっちに傾いた。


「終わりだ」

「ギュルッ…ギュルッ……ギュルアアアッ……ァ…」


 トドメの一撃を与える。リザードマンは膝から崩れ落ちて倒れた。


 重量級のリザードマンが倒れたことで、レベルが上昇した。ラウルは勝利の雄叫びをあげ、リアムは誇らしげにカラカラと角を鳴らした。


「勝った……勝ったよ……」


 戦った仲間たちとともに勝利をじっくりと噛み締めた。


 ーーーーーー

【嘉六のステータス】

 名前:嘉六

 レベル:12(+1)

 称号:【天空竜の祝福】

 体力:65/65(+5)

 魔気:10/10(+1)

 闘気:2/2

 筋力:17(+1)

 速力:12

 知力:14(+2)

 能力値+0(+3−3)

 ※以下略

 ーーーーーー


 池を制圧したことを3人に伝えると、喜んでもらえた。あの池は魔狼も鹿もよく使っていた場所で本当に困っていたそうだ。


「ということは水は沼地のものを?」

「我はあの水は好かん!」

「私も沼地の水は飲まないな。あれは泥の味がする」

「飲むのはリアムくらいよ。草もそうだが、鹿のことはよくわからん」


 ラウルはリアムの謎の生態を嫌そうに話した。当の本人は気にする様子もなく、沼地の水をゴクゴクと飲んでいた。話を振られた本人は首を傾げて不思議そうにしている。種族の違いはこういうところでわかる。


「あとは残すところ湖上都市のリザードマンですけど、どれくらいいるんですか?」

「嘉六はリザードマンを駆逐しようとしてるのか?それならやめてくれ」


 カミラはなぜ湖上都市のリザードマンを駆逐することに反対するのか説明してくれた。なぜならこのアザレアのトップに君臨するのが、あそこのリザードマンだからだ。


 リザードマンがいなくなることによって向かい側に生息している森賢熊フォレストベアが押し寄せてくる。


「リザードマンが全滅すれば、アザレアの均衡が崩れる。このことを理解してくれ」


 生態系の破壊がどんな影響を及ぼすかまでをカミラは考えていた。だからカミラは力を持っていても殲滅するようなことはせず、自然の摂理のまま、自身の研究を進めていた。


 魔気草の研究によって鹿が全滅することを避け、数を増やすことで魔狼の食事を維持することができるとまで考えていた。


 さらには増え過ぎたらいずれリザードマンとの戦いを視野に入れていたと話した。


「現状維持こそがこのアザレアの生態系を守ることにつながるのだ。怖いから殲滅するという考えは人間にはよくある思想だ。我々エルフは共生することを意義としている。違いはあれど、生きることにつながるからこそ、難しい問題だ。嘉六もこのことを考えて行動するといい」


 カミラは誰よりもアザレアのことを考えていた。ただ倒せばいいという脳筋思考は危ういと警告までしてくれた。このことは冒険を続ける上での指標になるはずだ。

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