第37話 水の鎧

 体勢を崩した瞬間を狙って槍を突き刺そうとするリザードマンの口角が上がっていた。リアクションの先にあるのは冷静な分析。


 戦闘経験からこの状況下でも冷静に対処法が浮かんでいた。


「……ボクならこうする」


 後ろに倒れることはエコーボックスで慣れていた。背中が地面に着く前に浮力の腕輪を身体に着けて片方の爪先に力を入れて回転して横に倒れる。


「ギュルッ!?」


 間一髪で槍の突きから逃れることができた。リザードマンの猛攻は続いた。


「ギュルッ……ギュルアッ……ギュルギュルッ!?」


 反撃はできずに避けることを強いられた。


「リザードマンってこんなに強かったの?」


 これまで奇襲ばかりで正面衝突を避けてきた。初めてリザードマンの強さを知った。突いてからの切り戻しが早い。


 避けられないほどではない。避けゲー出身者にとっては造作もない。


「ギュルッ……ギュッ…ギッ……」


 後先を考えていない詰めの技だった。リザードマンが息切れを起こしている。


「疲れちゃった?」


 短剣を投擲しても反応が悪い。標本のごとく短剣を突き刺しても動かない。最後の体力を引き絞り、近づく瞬間を狙う蜘蛛のような行動が残されている。そう捉えた。


「ごめん。ボクは近づかないよ」


 一方的に投擲し続けると、リザードマンはそのまま絶命した。本当に動けなかったらしい。ダーツのように刺した短剣を抜き取る。1本ずつ回収して最後にリザードマンを回収する。


「守ってきた者がこれから壊されるのどんな気持ちなんだろうね。ボクは知ってるよ。あの無力さを。だけど容赦はしないよ。ボクも余裕じゃないからね」


 警戒していたリザードマンがいなくなり、集落は大騒ぎになっていた。守る者がいなければ、戦えるものも少ない。わざと姿を現して戦いに臨む。鋭い突きをする敵もいない。一方的に倒し尽くした。


 無双ゲームにしろ、RPGにしろこういう殲滅は爽快感だけだと物足りない。一歩間違えれば数の暴力によってやられてしまう可能性を秘めているほうが緊張感があって好きだ。


 裸一貫で先行して敵に半殺しにされて、助けに行ったら豚の丸焼きみたいに焼かれてるとなお面白い。ゲームだからできるおふざけが好き。


「池はこれで制圧か?」


 湖上都市がある方角を向くと、池にでかい影があるのが見えた。段々と膨らんでいき、水面が盛り上がった。現れたのはボディビルダーほどに身体が大きいリザードマンだった。


「ギュル…ギュル……ギュルアアアッ!!」


 全滅した集落を見つけた大きいリザードマンは雄叫びをあげた。たった1人立っている人間を視界に捉えて陸に上がった。そのリザードマンは体長が2メートルほどもあり、持っていた槍は他のリザードマンのものとは形状が違っていた。


 普通のリザードマンの槍は石を削って作ったような簡易的なもので、そのリザードマンが持つ槍は三叉に分かれた特注品だった。ボスクラスのリザードマンが槍を振り回して接近する。


「化け物きたって!?」


 正面衝突はできれば避けたい。背中を向けて逃げるのはリスクが大きい。ここは短剣を構えたままバックステップで森に逃げる。森に入ってすぐにリザードマンの視界から逃れるように木の幹に隠れる。


「ギュルッ!ギュルアッ!!」


 ミシミシという軋む音がした。頭上を槍が通り過ぎた。木を破壊するほどの筋力を持っていた。位置がバレた。すぐに距離を取る。何度か視界から逃れてもすぐに居場所がバレた。他のリザードマンとは違う。まるで狼のように匂いで位置がわかっているかのようだ。


「魔狼に近い能力を持っている?」


 そう考えれば異常なほど位置がバレる理由にもなる。全速力でリザードマンから離れて物陰に隠れる。


 リザードマンが完全に見失った段階で、物陰から手を出してみた。その瞬間、槍が投げられた。危うく手に槍先が貫通するところだった。


「匂いじゃないな。蜥蜴……蜥蜴なら熱か?」


 蛇は熱を感知して赤外線で物を捉える能力がある。それがリザードマンも持っていると考えれば辻褄が合う。


 集落を襲ったとき、森に入るまでは熱で位置がわかっていた。そのあとに木の上に登ったから視界から消えて見失った。


「匂いよりも厄介だな」


 匂いだけなら方向ぐらいしかわからない。熱源探知なら隠れててもわかる。隠密系にとっては天敵だ。


 身体が大きくても魔気の量によって勝敗が分かつこのゲームでは身体が大きいことがマイナスに働く。隠れて投擲して防御の魔気を削る。直接対決なら反撃というリスクがあるが、投擲なら一方的になる。


「正々堂々戦うつもりはないよ」


 RPGで遠距離攻撃系の武器が不人気なことがある。近接では臨場感がある。遠距離はそれがない。これは意見が分かれるものだが、事実近接よりも遠距離のほうが危険なことが少ない。


 これは単純に間合いの広さが関係している。敵の攻撃逃れるには完璧な回避が必要な近接に対して、遠距離は攻撃を受けるまでの時間が長い。これによりリスクが半減する。


 これらを踏まえると遠距離からの攻撃、敵が接敵するまでの逃走、そして注意と攻撃を仕掛ける遠距離攻撃の繰り返し、ヒットアンドアウェイが効果的なのがわかる。


「結構削れただろ」


 振り向いてリザードマンの様子を伺う。巨体を動かすだけに膂力に加え、土俵ではない陸上を走らされてリザードマンの動きが悪い。弱ってる証拠だ。このまま森の中を走らせれば、あのリザードマンもなにもできずに倒すことができる。


「でかいだけの的だったな」


 暢気に勝利宣言をしていたが、リザードマンの動きが少しだけ早くなった。最後の力を振り絞ってきた。このまま攻撃するだけでは倒せないと感じてさらに距離を取る。


「あっ……これに気付いてたのか」


 足裏の感触でリザードマンの狙いがわかった。後ろの森を抜けると沼地があった。浅いとはいえ沼地もリザードマンにとっては水辺に他ならない。方向転換するには沼地に近づきすぎた。逃げようと横を通り抜けるのは難しい。


「ここまで来たら行くしかないか」


 目の前まで来たリザードマンの攻撃を短剣で防御しながら受ける。浮の腕輪をつけて体勢を直し、解除して沼地に着地する。


「やっぱ力強いよな」


 体格の通りの力に驚愕することはない。リザードマンが沼地に入ると、リザードマンの身体に水が纏わりついた。


「ピンチで強くなる主人公かよ」


 リザードマンは全身に鎧のように水を纏わせると、今度は槍先に水を集めて放出した。転がるように回避して短剣を投擲して反撃する。リザードマンはさらに水の盾を生成した。


「はぁ!?」


 水の盾は短剣を弾くことなく飲み込んだ。水の放出は何度も繰り返されたその度に短剣を投擲したが効果はなかった。


 水の中に短剣を投げるという行為が初めてだった。こんな予想外の事態が起きるとは、検証が足りてなかった。


「ギュルルルッ」


 攻撃が通用しないことがわかると、余裕の表情を見せだした。回避は完璧ではない。何度も避けるとパターンがわかったリザードマンに予測されて攻撃を受けてしまった。


「くうっ……あぶなっ!?」


 水の放出は身体のバランスを崩した。その隙に距離を詰めたリザードマンが槍で突いてきた。槍は短剣でなんとか凌ぐことができた。


 幾度となく繰り返される攻防でついに体力が削れた。


「くっそ!どうすればいいんだ」


 鉄壁の防御で攻撃が通らない。リザードマンは勝ちを確信した笑みを浮かべた。

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