第35話 囮作戦

 ラウルと行動を始めて数分、高台から魔物の集団を見つけた。


「あれが蜥蜴人リザードマンだ」

「でかいな」


 リザードマンは青い鱗を持った二足歩行の蜥蜴だった。首長で口から蛇の舌を伸ばし、長い槍を持っている。体長も170センチはありそうだ。ボクよりもでかい。そんな敵が3匹もいる。一筋縄ではいかない。


 ラウルの傷は彼らにやられた。ラウルはリザードマンに憤慨した。


「許せぬ」

「戦えば数の暴力で殺されるだけ」

「わかっておる。だがあやつらのことが憎い」

「ボクにいい策がある」


 すぐに噛みつきそうなラウルにとある提案する。作戦を聞いたラウルはしばらく考え込んだ後、頷いた。ボクとラウルは二手に分かれてリザードマンを挟み撃ちする構えを取った。


 囲まれていることは彼らはまだ気付いていない。潜伏が長いほど気づかれにくいがその間、ボクたちは見つかるリスクを負うことになる。ラウルが身を潜めていることを知っているのはボクだけ。


 まさか人間と魔狼の長が手を組むとは思わない。最初に仕掛けたのはボクだ。


 まずは挨拶から。魔気を最大まで込めた短剣をリザードマンの背中を狙って投擲する。警戒をしていなかったリザードマンはうめき声をあげる。


「ギュルッ!?……ギギィ」

「ギュルルッ!」

「ギュル」


 即座に仲間のリザードマンが怪我をしたリザードマンを庇いながら槍を構えて警戒をする。追加で魔気1を込めた短剣を投擲して注意を集める。姿を見せないように移動しながら攻撃を仕掛ける。


 遠距離から攻めてくる相手に対してリザードマンが取る行動は、怪我をした仲間を待機させて2匹で攻め込むことだった。敵の数を知れない状況でその判断は危険だ。2匹が仲間から離れてすぐにラウルが歯茎を剥き出しにして襲いかかる。


「グルアアアッ!」

「ギュルッ!?ギッ……ギギッ!?ギュルルッ」


 ラウルと対面したリザードマンは背中の痛みに耐えながらの戦いとなる。手負いで勝てる相手ではない。槍で戦いに挑んだリザードマンは槍ごと爪で引き裂かれて絶命した。


「アオーン」


 勝利の雄叫びをあげる。リザードマンはすぐに仲間が死んだことを知ることとなった。


 リザードマン2匹を引き付けたボクはいまだ姿を見せずに戦っている。暗い森でリザードマンたちは互いに背中を預けて戦っている。


「主人公だったら逆転できる展開だ。でもボクはそうさせる気はないよ」


 仲間だから信頼する。そんな考えはすぐになくなる。背中合わせに守り合っていてもミスはある。槍で弾こうとしてすり抜けて身体に突き刺さる。回避して仲間がダメージを受ける。


「ギュッ!?ギュルルルッ!」

「ギュルッギュルルルッ!」


 信頼できる仲間でも何度も仲間のミスで攻撃を受けると怒りがわいてくる。信頼に亀裂がうまれると連携が瓦解するのも時間の問題だ。


『アオーン』


 仲間割れが起きる寸前、ラウルの雄叫びが聞こえた。手負いのリザードマンの討伐が完了した。その報せを聞いたリザードマンたちは仲間がいた方向に目を向けた。偶然にも現れた魔狼に殺された、そう考えても無理はない。


「ギュルルル!?」

「ギュルッ」


 警戒すべき対象が増えれば、さらなる危険が訪れることがわかる。チクチクと遠距離攻撃を仕掛けてくる相手を倒さなければ、次に魔狼に襲われるのは自分たちだ。そう考えたリザードマンの1匹が近づいてきた。


 仲間を信頼していたら一緒に来ていたはずだ。焦りが警戒に勝った瞬間だった。


「いらっしゃい」


 敵が姿を現した。怒りが焦りすらも飲み込み、理性を失いながら襲いかかってくる。周りがさらに見えなくなったリザードマンの後ろではラウルに噛みつかれて悲鳴を上げる仲間の姿が。


「ギュルルルッ!?ギッ……ギュルッ…グッ!?」


 悲鳴を聞いて理性を取り戻す。仲間がどうなったか気になったリザードマンは振り向く。敵を目前にして隙を見せればどうなるか。ガラ空きの背中を短剣で連撃を加える。


 視野が狭いほど情報は少なくなる。あのとき2匹で背中を守り続けていたらもう少しだけ長生きができた。その機会を無駄にしたのは焦りが原因だ。どんな戦いでも焦りと慢心が勝敗を分ける。


「やったね」

「うむ!嘉六のおかげで憎きリザードマンを2匹も殺せた」

「まだまだ狩るぞ!」

「おう!」


 ラウルとリザードマンの討伐を続けた。2匹以下なら同時に奇襲して、それより多かったら敵の分離作戦を決行した。戦果は上々で負傷はあれど重症を負うほどのダメージは受けていない。


「これだけ戦果があると調子に乗りそうだ」

「うむ!我はもう乗っておるぞ。この尻尾を見よ!ブンブン振っておる!我はいま、興奮してるぞ」

「そ、そっか。油断せずにいこう」

「我に任せろ!」


 リザードマンとの戦闘は負け無しだった。その調子もすぐに収まった。リザードマンが魔狼を連れていた。強者に従う習性のある魔狼はリザードマンと行動をともにしていた。


「まずいぞ!」


 ラウルが焦っていた。


「どうしたんだ?ラウルよりも弱いはずだろ?」

「ううむ、それはその通りだが、あの作戦は使えんぞ!我らは互いの位置を匂いで嗅ぎ分けることができる。奇襲しようにも位置がバレてしまう」


 盲点だった。視覚的には見えていなくても匂いだけで位置がわかる。そんなチートみたいな能力が魔狼にあるなんて。


「あれ、それならボクとラウルの役割を変えたらどう?」

「なぬ?ぬぬ!なるほど、それならうまくいくかもしれん。嘉六よ、援護を任せたぞ!」

「任せて!」


 ラウルは正面からリザードマンと魔狼の前に現れた。過剰に反応する魔狼たち。


「お主らは誰に従っておる?」

「グルッ……ガルルルッ」

「そうか。どうやら躾が必要なようだな……グルアアアッ!」


 魔狼とラウルが正面衝突する。リザードマンを置き去りにして互いのプライドをかけた戦いが始まった。大人の魔狼でも長のラウルとは体格差がある。ハスキーの3倍の体格を持つラウルに対し、ハスキーの2倍の体格を持つ大人の魔狼。


 噛みつき攻撃をラウルは脚で踏みつけて回避し、奇襲しようとする魔狼を雄叫びで怯ませて黙らせる。圧倒的な格の違いをみせたラウルは怯える魔狼たちに唸り声をあげて腹を見せるように強要する。


「次はないぞ?」

「「「クゥーン」」」


 ラウルの狂暴さを目にしたリザードマンたちは後退りをしていた。戦士としての誇りがあったリザードマンは槍を構えて戦いに挑もうとする。一方向に警戒する対象がいれば、背中はがら空きになる。


 背中に傷を負わせて一歩下がる。リザードマンは槍をブン回して背後に反撃をする。警戒範囲が広がると、注意が散漫になる。生まれた隙を狙ってラウルが襲いかかる。


 全方位を警戒した上で捌けるだけの手数があれば対処できた。夢物語を倒れたリザードマンに語ったところで無意味だ。


 取り戻した魔狼に探索させていくつかの集団を見つけた。数が増えると見つけて討伐するまでの時間が早い。


「あ、レベルが上がった」


 多数のリザードマンを討伐してようやく上がったレベルだが、残念なことに魔石を持っていない。


「魔石どこかにないかな」

「なんだ?魔石が欲しいのか?だったらリザードマンの魔石を使えば良い」

「魔石出るんだ。あー、でもボク解体下手なんだよね」

「我らが欲しい部位をもらって魔石だけ渡すのはどうだ?」

「うーん、だったら」


 ラウルと魔狼たちを連れてカミラのもとへ向かった。沼地にいる鹿を見ると襲いたい衝動に駆られていた。


「だめだ」

「お前たち、今はだめだ」


 大人しく待てができて偉い。大樹のあの場所に行くと、カミラは快く迎えてくれた。


「君か。今日はどうし……ええっ!?」


 カミラはラウルと魔狼たちを見て心底驚いていた。


「今は彼らと行動してるんです。それは置いといて、カミラさんはリザードマンの解体ってできますか?」

「私は大抵の魔物なら解体できるぞ」

「お願いできますか?」

「任せなさい」


 カミラがリザードマンの解体をしてる間、ラウルはリアムと話していた。


「リザードマンのやつが許せぬ」

「ブルンブルン」

「リアムもそう思うか」

「ブルンブルン」

「はっはっは、さすが話がわかる」


 ふたりの会話はボクにはわからないものだった。しばらくしてカミラの解体が終わった。


「すごいぞ、全部のリザードマンから魔石が出たぞ!」

「ラウルの言ってたことは本当だったんだ」

「おい、我が嘘をつくとでも?」

「ごめんごめん、にわかに信じられなくてさ」

「ふんっ」


 魔石と皮はボクがもらい、肉は鹿と魔狼で半々に分けた。リザードマンは非常に美味らしく次狩ったら素材は肉も含めてもらうことにした。


「ふんっ、我はあやつらに復讐できたらそれで……」


 なんだかんだ言ってラウルも魔狼だ。口からよだれを垂らしながらうそぶく。肉の匂いに釣られて鼻をピクピクしているラウルは素直で可愛い。


「ラウルにはお裾分けするよ」

「ホントか!?……ぬ、我は復讐さえできれば……」


 今更ごまかせない。カミラも口を押さえて笑っていた。

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