第33話 道化

 お空きれい。海きれい。世の中には綺麗なものが多すぎる。どれも輝いて見える。なんでかな、心が荒んでるからかな。


 背中を丸めて桟橋で黄昏れる。


 人参太郎:『気にするなよ、少しおしゃれすぎるだけなんだから』

 別人格:『そうですよ!見方によっては最先端ですよ』


「最先端だのおしゃれすぎるだの、どう考えても尖ってる人の特徴だよ」


 ふたりのコメントは焼け石に水だった。海面にうつる自分の姿にため息しか出ない。青鼻だけじゃなかった。顔は真っ白、頭には白黒のシルクハット。服は身体が大きく見えるように膨らんでいる。


「はぁ……なんでこんなことに」


 魔狼の毛皮を売りに行ったばっかりにこんな仕打ち。どうかしてる。


 桟橋に座り込んで小石を投げる。釣りなんてできる気分じゃない。


「あれぇ?どなたですか?」


 蒼汰の声がした。


「………」


 これがボクだなんて紹介できるわけもなく、沈黙で返事をした。蒼汰のほかにもうひとり現れた。


「マリアベル、奴は敵よ」


 フードを深く被った七瀬が嫌味ったらしく言った。その横で蒼汰が爆笑する。


「ええ?そうかなぁ?僕の服見てよ、カッコイイでしょ?」


 蒼汰は軍服の格好をしている。それを横目に睨みつける七瀬。


「は?死ね」

「まってまって、死ねはひどくない?」


 七瀬は態度を変えない。


「やっぱり憎いわ。マリアベルが」

「いやいや、七瀬には似合ってるよ」

「は?」

「可愛い服着てるじゃん。ねえねえ〜」


 ここまで来ると蒼汰がどれだけデリカシーがないことがわかる。蒼汰は七瀬のフード付きコートを脱がそうとする。


「や、やめてよ」

「ほらほら、可愛いって!」

「やめろって!」

「あっ!?」


 蒼汰の動きが止まった。するりと蒼汰の間から逃れる。七瀬の指先から細い糸が伸びている。その対象が蒼汰だった。


「私の苦しみがわからない癖に調子に乗った罪、どうしてくれる?」

「あ……いや、これは、その……でもほら!七瀬の服めっちゃ可愛いじゃん!」

「は?だからあんたが嫌いなのよ!」

「まってまって、そっちは海だよ!」


 身体の自由を奪われた蒼汰は一歩ずつ海へと歩いていく。桟橋の下には餌を求めて今か今かと待ち受ける魚の群れがいる。あと少しのところで足を止める蒼汰。にっこりと微笑む七瀬。


「言いたいことはある?」


 死刑宣告された蒼汰に救いの手を差し出す七瀬。しかし蒼汰は想像以上だった。


「七瀬、僕は好きだよ」

「死ね!」


 告白した相手が海に落ちる。喧嘩した相手への罰が重すぎる。だがただでは落ちないのはこの男。


「死んでたまるかぁ!」


 海に落ちる瞬間、蒼汰は斧を生成して操っていた糸を切って身体の自由を取り戻した。


「巨大化!」


 蒼汰が持っていた斧を大きくする。海への着水をする前に空へ跳んだ。斧を構え、今度は七瀬に攻撃を仕掛ける。七瀬が操る糸と斧がぶつかり合う。消滅したのは七瀬の糸だった。


「ふっふっふ!僕の勝ちだ!」


 勝利を確信する蒼汰だったが、七瀬はまだ蒼汰を捉えている。


「面倒な男ね」


 七瀬は棒を生成した。ただの棒ではない。先にひらひらとした旗がついている。


「ちょ、ちょ、ちょっと!?それはだめだって!?」

「こっち来ないでよ、口臭い」


 七瀬がその旗を海の中に投げ入れると、蒼汰の落下位置がずれた。


「後生だから!」

「だめ」

「そんなっ!?くっ……いやだ、死にたくないっ……おぼぼっ、溺れちゃうっ……ぐっ、いたっ……ぐああああっ…ぁ」


 蒼汰は吸い込まれるように旗に向かって落ちていった。海に自由落下した蒼汰は海の捕食者たちに蹂躙されて食われて消えた。


「……スッキリした」


 七瀬は蒼汰が海の藻屑になっていくのを眺めた後、立ち去ろうとする。ふいに振り向くと騒動からいつの間にか放置されたピエロがいた。


「あ、ごめんなさい。貴方のこと放って置くつもりはなかったの」

「いや、いいんです」

「貴方もマリアベルの被害者なのよね?急にデートの衣装が必要だって言われてコスプレイヤーになったのよね?しかも気付いたら着替えさせられてるから抵抗できない」

「はい」

「私もこれで3着目。財布もスッカラカンよ」

「え?財布?」

「あ、これはまだ知らなかったのね。1着目は5万よ」

「は?」


 ステータスのお金が−10070リンになっている。さっきまで浮かれていたのに、気付いたら借金があった。


 1回の冒険で稼ごうと思えば余裕で稼げるギリギリのライン。ムカつくけど、いいやって言えるラインを攻めてきた。


「私もううん、私達もマリアベルって良い人なんだなって思ってたの。奴は化け物よ。お金に余裕があるとわかったら、すぐに商人の顔になる卑怯者。しかも衣装が絶妙に私の趣味で可愛いのが許せない」

「ん?」

「許せないわ」

「う、うん」


 気の所為だろうか。七瀬が服を気に入ってるように聞こえた。


「これは私からの助言よ。自分の意思をしっかりマリアベルに伝えるのよ。そうすればもう少しマシな衣装に変えてくれるわ。言わなかったら気に入ってるのかと思って次も同じセンスで来るわ」


 経験者は語る。その後ろ姿は偉大な人に見えた。


「……慰められちゃったな。ピエロなのに」


 人参太郎:『ピエロ気に入った?』


「ボクはもう少しシュッとしたピエロが好きなんだ」


 人参太郎:『あれはいいぞ。スーツにピエロの顔とか。かっこいいやつ知ってるぞ』

 別人格:『仮面をつけてるピエロもかっこいい』


 丸まっていた背中を伸ばして立ち上がる。


「ピエロは人を笑わせる役者だ。こんなことをしていたらだめだね」


 マリアベルに趣味が合わないと相談しに行った。


「あら、そうなの!ごめんなさい、私の不手際ね。それでどんなのが好みなのかしら?」


 意外にも文句1つでどうにかしてくれた。融通が利く商人だった。


「ボクは可愛いピエロよりかっこいいピエロが好きなんです。なんというかスマートな感じ」

「うんうん、わかるわぁ……大胸筋から腹筋にかけて筋肉が服から浮き出るあのセクシーさたまらないわ」

「あ、あ、うん。そうですね〜」

「わかったわ。路線はセクシーね?」

「そこは隠れててもいいかな」

「まあ!普段は隠れてて、いざというときに脱ぐ。そのセンスいただき!」


 あれなんだかおかしいな。可愛いからカッコイイに切り替えるまではよかったのに、いつの間にかマリアベルの好みの話になっている。


 人参太郎:『よかったな。かっこよくなりそうだぞ』


「う、うん。ボクの思った通りになるといいんだけど」


 別人格:『さっきよりはマシ。これに限るんじゃないですか?』


「うーん、そうかなぁ」


 しばらくして完成したものをマリアベルが渡してきた。


「あれ、試着室ってないんですか?」

「あら?もしかしてまだトランクバッグ持ってないのかしら?」

「なんですか、それ?」

「これよ、これ」


 マリアベルは店の奥から大きめの箱型のバッグを持ってきた。これのことをトランクバッグというらしい。今では小さなタイヤがついたスーツケースが一般的だが、昔は取手のみがついた形をしていた。


「これに衣装を入れて合言葉を言えば一瞬でお着替えできちゃうの」

「へぇ、便利なアイテムですね」

「でしょ!私も商人の端くれだから本来だったらそれなりのお値段を頂いてるけど、今回は迷惑をかけちゃったし、このアンティークのトランクバッグをプレゼントするわ」

「ええっ!?いいんですか?」

「もちろん。これは5つの衣装まで設定できるのよ。機能が良いものだともっと登録できるの。うちで扱ってるから欲しくなったら言いなさい。オーダーメイドでつくってあげるわ」


 早速衣装の登録をする。まずはボロボロの村人の服。村人のキーで登録した。今着てる戯けたピエロはピエロのキーで登録する。最後に新しくカッコよく仕立ててもらった服をジョーカーと名付けた。


「ジョーカー」


 トランクバッグから服が飛び出した。それと同時に真っ黒な布が全身を包み込むと瞬時に服が新しいものに変わった。その布と着ていた服が入れ替わるようにトランクバッグに飲み込まれた。


「これが新しいピエロか」


 シルクハットを被り、髪はパーマでおしゃれな大学生のようだ。今回は顔にメイクではなく、白地の仮面に涙模様が描かれ。口元はニヤけていた。白手袋と白黒のチェック柄のスーツを着ている。


「今回はサーカスのピエロではなく、マジシャンをイメージしたわ。嘉六ちゃんはまだ筋肉質ではなかったから、筋肉が浮かび上がらないけど、これからの成長を加味してるわ」


 説明の通り、服がぶかぶかだった。筋力を上げる予定はある。成長したら服がパツンパツンになる予定だそうだ。きつくないのか。


「カッコ良さに磨きをかけるのよ。それからその服はいずれ貴方の武器になるわ。最初のピエロも少し変えてあげるわ。着替えてくれる?」


 マリアベルの指示で「ピエロ」のキーで着替えるとマリアベルの早業でピエロの服が変化した。


「あ、メイクが仮面に変わった」

「これは私からの選別よ」


 マリアベルはなんだかんだいいやつなのかもしれない。


 服が武器になる。マリアベルの言葉には謎が含まれていた。今は考えてもわからない。いつか知るその瞬間が楽しみで仕方ない。店を出ると自然と気分が良くなった。好みの服を着て歩いて気分が上がる。


 人参太郎:『財布見たか?』


 財布のお金はマイナスだ。気分が下がることはやめてくれ。そう反論したかった。


「いや、まさかね?」


 そこでふと七瀬の言葉を思い出した。マリアベルが良い人と思っていた。実際はどうだったのか。答えはステータスにある。


 財布を見ると借金がピッタリ6万になっていた。


「は?」


 マリアベルが憎い同盟を結成しよう七瀬。ボクはそう胸に誓った。

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