第32話 デートの最適解

 港に帰ると、桟橋にヒューズがいた。


「ほっほっほ、欲しいものは手に入れれたかのぅ?」

「え、なんでいるの!?」

「ワシは空気が読める男じゃからな」


 もはや予知の域だ。


「魔気草は手に入りましたよ」

「なかなか好調のようじゃな。成果があるのなら、今回はこれで帰るのか?」

「はい、お願いしていいですか?」

「うむ、任せなさい」


 ヒューズの船に乗ってアルカナに帰還した。ちょっとおつかいをしてくる気持ちだったのに、気づけば長い冒険をしていた。自分の非力さもよく理解できるいい旅だった。


 まだまだ力が足りない。それが実感できた。


 最初に納品しに行ったのは冒険者ギルドだ。ここで魔狼の解体と魔気草の納品をする。受付にはミーティアがいた。なんだか懐かしい。


「おかえりなさい、嘉六さん」

「ただいまです。はい、これ」

「あら、魔気草の納品?」

「はい!30本納品します!」

「こんなに……すごいじゃない!」


 1本300リンとお小遣いだったものが、9000リンに化けた。丁寧に採取したおかげで良品として買い取ってもらえた。


「魔狼の解体もお願いします」

「この大きさは魔狼の幼体ね。防具としては大人と比べてまずまずの性能だけれど、大人と違って柔らかいから貴婦人に人気の品よ。買い取りにする?それとも持ち帰り?」

「持ち帰りで!一度マリアベルさんにこれでも大丈夫か聞いてからにします」

「レヴァナントはどうする?」

「買い取りでお願いします」

「わかったわ」


 残骸鬼レヴァナントは1匹500リンだった。前回1000リンと高めに設定されていたが、あれは本当に謝礼が入っていたらしい。冒険者ギルドでの買取は14000リンになった。


「買取ついでに聞きたいんですけど、鞄って追加で買えないんですか?」

「鞄は1つ10万リンね」

「たかっ!?」

「容量によってさらに値段が上がるわ」

「貯めないと……」

「貯めるのもいいけど、たまには酒場で酔いつぶれるまで飲んでもいいのよ」

「それは余裕が出てからにします」

「ランク1冒険者なら上々の成果なんだから誇っていいのよ」

「あ、はい……」


 ミーティアは元気が出るような提案をしてくる。確かにアイゼンにはお世話になってるし、いつかはお酒を注文しようと思っている。でも今はだめなんだ。


「次冒険から帰ってきたら考えます」

「息抜きも大事だから」

「はい、わかってます」


 冒険者ギルドから出ると、やたらしつこく人参太郎が話しかけてきた。


 人参太郎:『なんでお酒飲まないんだよ』


「お酒は……やめとこうよ」


 人参太郎:『なんでなんで』


「……いやいや、わかってますやん」


 人参太郎:『えー』


 お酒には色々と複雑な思い出がある。配信中に飲んだことをきっかけにお酒が出るゲームでは人参太郎さんにそのことをいじられている。


 別人格:『なんでお酒飲まないんですか?』


 今まで沈黙を貫いてきた、おそらく離席していたであろう別人格さんが話に入ってきた。


 人参太郎:『お!おかえり!なんでだろうな』


「……聞きたい?」


 これは黒歴史の1ページにも過ぎない。わざわざめくるものでもない。


 別人格:『聞きたいです!』


「そっかそっか……うん、ボクも聞いた話なんだけどさ。楽しくお酒を飲んでてもさ、気付いたら泣いてるんだってさ」


 別人格:『現実の話ですか?』


「いいや?現実では大蛇って言われるほどお酒に強いんだけど、ゲームの中でお酒飲むと泣き上戸になるんだよ、不思議だろ」


 ゲーム中ってことは配信中でもある。毎度そんな姿を晒してたら嫌でも界隈に知られてしまう。


 人参太郎:『珍しいよな。ゲームで酔うなんて』

 別人格:『聞いたことないですね』


 ゲーム限定で酔っ払いになるなんて誰も思わないでしょ。しかもその中でも珍しい泣き上戸。アーカイブを消したところで人の口からポロポロ言われたらどうしようもできない。


「この件は内密にお願いね」


 別人格:『わかりました。内密ですね』

 人参太郎:『身内ならおっけーだ』


「くっ……なんでボクはゲームで酔うんだよ」


 アイゼンには悪いけど、できるだけ酒場には寄らないつもりだ。


 買取が済んで最初に向かったのは薬屋だ。魔気草の買取り依頼がある。


「持ってきましたよ、魔気草」


 店に入ってすぐに薬師のエマおばあさんに話しかけた。依頼の品を確認するためにカウンターまで来ると眉をひそめた。


「私は10束と依頼したはずだが?」

「あっ……」


 依頼をよく見ていなかった。10本かと思っていたら単位を間違えていた。


「ふんっ、数は足りないが及第点はやろう。採取方法が丁寧だ。魔気袋に傷がない。大方所持品の容量が足りなかったんだろうね」


 なんでも見透かしたようなエマおばあさんはコインを1枚カウンターに置いた。さらに1束あたり3500リンで買ってもらえた。


「次は良い質と適量を持ってきなさい」


 エマおばあさんはお情けで報酬のコインをくれた。言い方はきつくても優しさが伝わってくる。次は依頼分の魔気草を持ってこようと決めた。


 酒場のアイゼンと鍛冶屋のローガンには持っていくものがないから今回はスルーだ。数は足りなくても物を受け取ってくれそうな服飾屋のマリアベルに子魔狼の毛皮を持っていく。


「これはだめですか?」

「うふふ、これは魔狼の幼体の毛皮ね。今回の依頼の物ではないけれど、貴婦人に人気の毛皮だから特別に買い取ってあげるわ」

「いいんですか?」

「もちろんよ。これはこれで人気があるもの。今すぐ欲しいものじゃなくてもいずれ価値が出てくるものをみすみす逃すなんて商人の恥さらしよ」


 マリアベルは1枚あたり1500リンで買ってくれた。大人の魔狼だと1枚2500リンほどで取引されているそうだ。子魔狼の毛皮は10枚あった。これで15000リン。これまでの取引で合計39500リン。所持金と合わせると39930リン貯まった。


「これで4万近くお金が貯まったぞ!」

「あら、そんなにお金持ってるの?」

「はい、これで鞄買うんです」

「あらそうなの?頑張ってね」

「はい、頑張ります!」


 マリアベルに士気を上げてもらった。次の冒険でも儲ければ次の冒険はもっと稼げるようになる。これはいい循環だ。ゲームによってはレベルが上がる度に新装備を買って金欠になる。


 このゲームはたとえ服がボロボロだとしても、防御力は変わらない。こういうゲームこそ見た目をこだわったりする。見た目ガチャに沼る瞬間ともいえる。


「嘉六ちゃん、頑張ってるところ申し訳ないのだけれど、そろそろ嘉六ちゃんのコーディネートをしたいわ」


 マリアベルはメジャーを持って威圧してきた。


「いやぁ……でも鞄買いたいから」

「それじゃあデートにいけないわ」

「デート行かないです。というか相手がいないです」

「ううん、いなくてもおしゃれは必要なことよ」


 普段からおしゃれをしておくことこそ大切なのだとマリアベルは言う。それは本当にそう。


「でも」

「でもじゃないわ!おしゃれは貴方の心を豊かにするのよ!」


 マリアベルは瞳に火を灯して熱弁しはじめた。イベントトリガーが見当たらない。勝手に火が付いたマリアベルは採寸を始めた。逃げようとすれば逞しい身体にホールドされた。


 あらゆる身体の秘密を解き明かされた。思考がまともになった頃、気付いたら店を出ていた。


「あれ、ボクは一体何を……」


 人参太郎:『気付いたか?』


「ボク、なにしてた?知ってる?」


 人参太郎:『おおよそ想像を絶することがあったぞ。言葉ではとても言い表せない。これだけは言っておく。どんまい』


 珍しく慰められた。服飾屋でなにをされたのか。真相は依然として判明していない。なにがなんだかわからないまま歩き出そうとすると、ふいに変なものが視界に映り込んだ。


「ん?え?」


 それは青かった。浮いてるものじゃない。目の前にあるもの。手で触れるとそれは確かに鼻だった。


「鼻が青い?」


 人参太郎:『そこから気付くのか。もっとあるだろ?』


「え?手もなんでこんなふっくらと……脚もだ。なにこの服!?」


 正体不明の服をいつの間にか身につけていた。


「ねぇ、ボクは一体何になってるの?第三者から見たらどうなってるの?」


 戸惑いと驚きで声が震える。自分からは決して見えない角度で見ることのできる視聴者に問う。


「ボクは何に見える」


 真っ白な手袋に棘のある襟。見るからに怪しい服装をしている。それが一体何だというんだ。視聴者は答えをくれた。


 人参太郎:『ピエロ』

 別人格:『戯けたピエロ』


「へっ……ぴえろ?」


 衝撃のあまり目の前が真っ白になった。

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