第29話 鹿と美人

 陰謀論も話題にはなっていたが、それ以上に話題となっていたのは、領地戦でランキング上位となったプレイヤーにだけ解放されたクエストだ。


「ランキングある頑張りたくなるよね。ボクのところもあるのかな?釣り大会とか」


 類なる戦術と一騎当千の戦闘能力がある者だけの特別なクエスト。どの領地でも似たりよったりのクエストが提示された。領地のどこかに潜む邪竜を討伐してくれというもの。


「お、竜だ。ここで出てくるんだ」


 今まで戦争の兵器だった人々が、領主に認められて勇者になる。どれだけ気持ちが高ぶることか。


「勇者かぁ、いい響きだね」


 それぞれの領に1匹ずついるということには何匹竜が存在することになるのか。


「7つのルートだから、7匹?あれ、アロケルがそんなこと言ってたような……」


 思い出そうにも濃い1日過ぎて曖昧だ。アーカイブでも見ればその答えがわかるはず。


「あー、しまった。まだ配信中だったね。食べ終わったし、みんなに聞いてみようかな。いや、でもここで知ったことを向こうで話すのはなんか違うか。これはボクだけの考察に留めよう」


 カップ麺を片して諸々の準備をする。


「配信再開だ!」


 ログインしてしばらく経つと、感覚が同期していく。そこで違和感に気付く。ログアウト時よりも身体が重たい。


「んー?なんで身体が……?し、か?」


 視線を下げると、お腹に頭を乗せる鹿がいた。角はなく、あの鹿に比べて身体も小さい。起きたことに気付くと、ゆっくりと聡明そうな瞳で見つめてきた。


「ブルッ…」

「あ、どうも」


 話しかけると、鹿は頭をどかしてくれた。身体を起こして周りを見渡すと、囲うように鹿がたくさんいた。


「えーっと、どういうこと?」


 人参太郎:『ん?起きたのか』


「起きたよ、おはよう」


 人参太郎:『状況なんだが……』


「うん」


 人参太郎:『俺達もわからん』

 雲行き綾憂:『ずっとこうでしたよ』


「あ、そうなんだ」


 配信つけっぱにしてたけど情報はなかった。それはそれでいい。死に戻りしてなかったことだけでもプラスだ。


 戸惑っていると鹿の群れの中からあの立派な角を持った鹿が現れた。よく見ると周囲に居るどの鹿よりも身体が大きい。この群れのボスと言われたら頷くほどだ。


「あ、さっきぶり?」

「ブルッ」


 鹿は明後日の方向を向いた。そこにはさっきまでお腹の上に頭を乗せてた鹿だった。2匹を見比べると角なしのほうが優しそうな瞳をしている。身体もそれなりに大きい。


「あ、もしかして牝鹿めじか?」

「ブルッブルッ」

「あー、そうなんだ。じゃあ君が旦那っこと?」

「ブルッ!」

「ああ、あってるんだ」


 人参太郎:『なんで通じ合ってんだ』

 雲行き綾憂:『テレパシーってやつですね』


 もちろん何言ってるかわからない。こういうときはノリを信用することが大切だ。


「へぇ、じゃあほかは友達?」

「ブルーッ」

「え?もしかして小鹿?」

「ブルッ」

「あ、そうなんだ。あれもこれも鹿の子鹿の子か。子沢山だね」

「ブルッブルッ」


 嬉しそうに鼻を鳴らす姿が可愛い。牡鹿は気分を良くなった。牡鹿おじかはまた明後日の方向を向いて歩き出した。帰るのかと思ったら、牡鹿はチラチラとこちらを見た。


「え?なに?もしかしてついて来いってこと?」


 人参太郎:『そうっぽいな。せっかくだしついて行けば?』


「うん、そうする」


 牡鹿について行くと、他の鹿たちも一緒に行動をし始めた。何度も踏み歩いた跡があった。しばらく進んでいくと、見上げても頂上が見えない大樹が現れた。


「うわぁ……でっっっか」


 牡鹿は大木の根の間を抜け、大樹の根に囲まれたある空間へと案内した。そこには人が暮らしていた痕跡があった。本棚やベッド、机に椅子。少し前まで人が住んでいたと思うほど綺麗に整頓されている。


「案内したかったのはここ?」

「ブルッ」


 牡鹿は嬉しそうに鼻を鳴らすと、その場に横になった。好きなだけ見ろとでも言いたげな視線を向けた。あまり部屋を物色するのはよくない。本棚にある本をいくつか読んでみることにした。


『湖上都市アザレアの植生』には珍しい植物が数多く群生していると書かれている。他の地域では珍しい部類に入る魔気草もここでは簡単に手に入れることができる。近年は危険な魔物が生息しているため、近寄ることは難しいと追記されている。


「へぇー、あの湖に都市があるんだ」


 人参太郎:『湖の上の都市か?なんだかワクワクしそうな話だな』


「観光にも行きたい」


『狼と鹿と熊』にはアザレアの魔物の分布が書かれている。南東の沼地に緑鹿グリーンディア、北東の草原に魔狼ガルム、西の山岳に森賢熊フォレストベア。それぞれの魔物が縄張りを持っている。安易に近づくことは難しいと追記されている。


「あれ、この追記って本の作家じゃなくて別の人が書いてる?」


 本を読み終わって本を本棚に片付けていると、さっきまで顔を伏せていた牡鹿がなにかを察して耳をピクピクとさせたあと顔を上げた。


「ん?どうした?」


 牡鹿が見つめる方向を見ると、肩に狼を背負った人がやって来た。口元を隠していて顔がよく見えない。


「ふぅ……ようやく帰ってこれたよ。え……リアム、もしかしてリアムなのか!?」

「ブルッ」


 驚いた拍子に狼を落とした。牡鹿のリアムは嬉しそうに鼻を鳴らしてその人のもとへ駆け寄った。ふたりは互いに気持ちをぶつけ合いながら頭を擦り寄せた。


 しばらく抱き合っていたふたりだったが、リアムが「ブルッ」と鼻を鳴らすと、その人は顔を上げてこちらを見た。その目には嬉し涙を流していた。


「すまない、リアムを助けてくれた恩人の前で恥ずかしいところを見せてしまった。私はこの地で薬草の研究をしているカミラという。リアムを助けてくれて本当にありがとう」


 カミラは顔を隠していたマスクを外し、フードを脱いで頭を下げた。その姿があまりにも逸脱していて驚いた。長い金髪の間から飛び出た長い耳。顔はどのNPCよりも整っている。


 固まっているとカミラは首を傾げる。顔を見つめていると困った様子で微笑んだ。眩しすぎる。眩しすぎて視線が離れない。


「あの……」


 心配してくれる声まで美しい。カミラに膝枕されながら子守唄を聞いて昼寝したい。


「あっ、はい!」

「大丈夫か?」

「はい、だ、大丈夫です」


 女性経験の少ないボクにとっては眩しすぎる存在。そんなカミラを直視することができず、視線が泳いでしまう。そのことに気付いたカミラはマスクをした。


「すまない、アステラルの方はあまりこの顔に慣れてないんだった。配慮に欠けてしまった。これならどうだ?」

「あ……あれ、大丈夫です。すいません、取り乱しました」

「いや、アルカナのみなさんも同じような反応をしてたんだ。私は平気だから安心してくれ」


 美しすぎるカミラにキョドりすぎて事故るミーティアが目に浮かんだ。リックはなんだかんだムッツリでメガネを何度もクイッとしながらガン見してくれると面白い。まともに対応できそうなのはマリアベルくらいだ。


「ボクは嘉六って言います」

「嘉六か。リアムを助けてくれてありがとう」

「あ、いえ、たまたまだったんでそんなにされるほどじゃないです」

「君はいいやつだな。このことはいずれ別の形でお礼をさせてもらうよ。私はこの魔狼ガルムの解体をしてくる。ここでゆっくりしていてくれ」


 カミラは魔狼を背負ってまた外に出掛けた。

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