第30話 弱肉強食
「リアムを助けてくれたお礼だ」
どの皮も綺麗に剥かれていて、傷一つない素晴らしいものだった。
「いいんですか?」
「ああ、私には不要の産物だからな。有用に使ってくれそうな君にならあげてもいいと思ったんだ」
「ありがとうございます!」
これで魔狼の毛皮が3枚集まった。マリアベルの依頼達成に一歩近づいた。
「それで君はここになにをしに来たんだ?」
「主目的は修行なんですけど、またこの島に来るための通貨が必要なんです。なのでアルカナの住民の依頼品を探しに来ました」
「ふむ、それはなんだ?」
「この魔狼の毛皮に、山岳部で採れると言われている魔鉱石、魔気が豊富な場所でしか採取できない魔気草です」
「このアザレアで全部とれるぞ」
「本当ですか!?」
「ああ。私が探索した限りではすべて採れる。が、どこも魔物がたくさんいて容易に近づけない。私も魔気草の研究をしているが、採れた量も少ない。困っているよ」
カミラは魔気草が群生している場所を教えてくれた。北東の草原、中央の湖の周り、湖上都市の内側、西の山岳部。これを聞くだけだとたくさんあるように聞こえるが、どこも魔物で溢れていて近づくのは難しい。
「たくさんあるのだが、どこも行くのが難しいのが現状だ」
「うーん、そうですね。修行しながらなんでまずは魔狼から討伐していきますよ」
「助かるよ」
「あの、こんなこと頼むのはあれなんですけど、魔狼って解体してもらうことはできますか?」
「ん?なんだそれくらいなら構わないぞ。肉はどうする?」
「美味しいんですか?」
「私は食べないがリアムは食べるぞ」
「え?」
衝撃の事実だった。鹿だから草食とばかり考えていたら、リアムも肉食だ。つまり魔狼と緑鹿のバトルは互いに食うか食われるかの関係だった。
「驚くのも無理はない。最初は私も目を疑ったよ。ちなみに魔狼の肉はまずい。私たちには食えたものじゃないとだけ伝えておくよ」
「肉はいらないです」
「あとは牙と爪だな。これは私が欲しい。矢の材料になる」
「皮以外をあげます。解体の料金にしてください」
「つまりウィンウィンの関係ね。わかった。助かるよ」
「こちらこそ」
持っていた魔狼の解体もしてもらい、ストックできて所持品が多く入るようになった。他にもあれば解体するとの話だったが、さすがのカミラも
どうやらこいつは特殊個体で滅多にお目にかかれない魔物だそうだ。
「もうひとつお願いがあるんですけど」
「ん?なんだ?」
「魔気草を見たことがなくて、見せてもらうことってできますか?」
「なんだ、そんなことか。それくらいいくらでも構わないぞ」
カミラは部屋の奥へと案内してくれた。そこにはフラスコやビーカーが置かれた研究室があり、併設された花壇に魔気草が生えていた。この地ではどこでも育つが、アステラルでは枯れてしまうそうだ。
「今はここで増やす研究をしているんだ。リアムもこの魔気草を食べるらしくてな。魔狼がいるせいで向こうの草原にいけないからこの沼地の魔気草が全滅したらしい」
言ってしまえば元凶はリアムたちだ。食べないと生きていけないからこそ、リアムの親しい友人であるカミラがこの問題を解決しようとしている。もし増やすことができたら、草原に行く必要はなくなる。
「リアムたちには安全に生活してほしいんだ。友人だからじゃない。私の生まれ故郷では鹿を神の使いと呼んでいる。だから死んでほしくないし、幸せになってほしいんだ」
カミラには鹿への思い入れが強かった。カミラの目的はボクにとっても有用なものだった。常時依頼になっている魔気草の採取がより効率的になる。たくさん採れるならそれに越したことはない。
「ボクもできることはしますよ」
「助かるよ。この青い葉の草が魔気草だ」
カミラが指差した草は確かに青い葉っぱを生やしていた。本に書かれていたのは紫色だった。
「あれ、青なんだ?」
「ああ、君は本の知識しか知らないのだな?」
「紫色って書いてました」
「地域差というものだ。ここは他の地域に比べると魔気が濃いが、もっと魔気が濃い場所では紫色なんだ。なかなかお目にかかれることはないがな」
「そうなんだ」
「君はあまり植物のことを知らないみたいだね」
「はい」
「私がまとめた魔気を含む植物に関する本がある。これを読むといい」
「いいんですか?」
「知識は広めるためにある。隠したところでまた別の人が同じ研究を始める。無駄だと思わないか?」
カミラは美しい顔をさらして言った。その顔はずるい。
「お、思います」
「ふむ。私は少し研究をするのでな。その本を表で読んでくるといい。またどこかへ出掛けるときは声をかけてくれ。もちろんここにはいつでも帰ってきてくれて構わない。歓迎するよ」
カミラと別れて最初の部屋で本を読んだ。
『アザレアの植生研究資料』には魔気草がどのような環境下で育つかが描かれていた。カミラ直筆の絵も描かれていてわかりやすかった。
沼地のような湿気の多いところでも生える。魔気草は魔気がある場所ではどこでも育つことができるが、増やし方を未だ解明できていない。
「問題は育て方か」
採取するのは簡単でも増やし方がまだわかっていないとなると、この問題を解決するには時間だけではどうにもならない。
「うーん、これはボクにもどうすることもできないな」
手伝えばなんとかなるものでもない。今できることといえば、魔狼を討伐して魔気草の採取をしてくることだけ。
人参太郎:『どうするつもりだ?』
「魔狼を討伐するよ。できるだけ多くね。それから魔気草を手に入れる。依頼分を取ったら一度アルカナに帰るよ」
人参太郎:『行動方針はそれでいいのか?』
「うん。それでもう1回アロケルに挑戦しよう」
人参太郎:『今度は勝ってくれよ』
「任せて」
カミラに本を返却して魔狼を討伐しに行くことを伝えた。
「そうか。無事を祈っておくよ」
「はい。いってきます」
「いってらっしゃい」
『狼と鹿と熊』の本のおかげでマップが更新されていた。地名と大まかな魔物分布のおかげで帰り道がわかるようになった。東に行けば帰ることができる。逆に西に進めば次のエリアに行ける。
リアムにも挨拶をして大樹から出た。沼地にいる鹿たちもリアムとの知己を得たことで頭を垂れて挨拶をすると、返してくれることがわかった。思った以上に魔物は賢い。
沼地を越えてリアムと最初に会った場所まで戻ることができた。魔狼がいる場所まではまだ先だ。魔狼は鹿の縄張りまでリアムを追ってきたことになる。どちらが優勢なのか想像がつく。
「グルル……」
魔狼が現れた。数は3匹目。すぐには襲ってこない。短剣を生成すると警戒するように姿勢を低くした。
「もしかして逃げた魔狼?」
リアムを追っていた魔狼は合計で5匹。あのとき逃げていった魔狼だ。手負いな者もいる。戦ったからわかる。連携されると面倒だ。
「すぐに終わらせる」
魔気1を込めた短剣を投擲する。浮力の腕輪がついてないものだが、あの現象を体験してしまった魔狼たちはひどく警戒している。簡単に回避できるものでも大袈裟に回避する。
仲間と孤立したら連携もクソもない。各個撃破するのは容易だ。魔気1の攻撃を警戒するばかりで短剣による斬撃と突きは受けてしまう。
「警戒するものを間違えてるな」
投擲はあくまでも牽制でしかない。投げようと構えるだけでも身体が硬直している。フェイントをするだけで攻撃が通ってしまう。可哀想だが目に見えて弱点になるものを逃すわけにはいかない。
フェイントを混ぜながら攻撃を仕掛ける。掌が触れそうになると身体を縮こめる。浮力の腕輪ですっと浮いていた個体だ。地を這う存在が空を飛ぶ。恐怖でしかない。
魔狼としての本能で狩ろうとしても刻み込まれた恐怖が勝ることがある。今回は相性が悪かった。倒れ伏した魔狼たちを見下ろして言う。
「ごめんね」
弱肉強食の世界で負ければ、誰しもこうなる。返事がない魔狼たちに謝罪をする。これは自己満足だ。頂くことを感謝する。これは詭弁だ。だから人々は食べるときに『いただきます』と言う。
命を奪うということはそういうことだ。
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