第3章 湿原地帯アザレア

第28話 食物連鎖

 湖を目指して道なき道を進む。魔気を含んでいるためか、木も廃墟の森の木よりも幹が太く、根も大きい。根元に足を取られないように注意しないといけない。


 上から見た景色と違って下から見た木々の背は高い。


 湿気の多い森なのか、所々に青緑色の苔が生えている。根元以上に足を取られないように気をつける。植生は豊かでベリー系の木の実が生えている。


「さすがにこれは食べられないな」


 人参太郎:『いや、食えよ。なに躊躇ってんだ』


 苔にはくっきりと足跡がついている。桜の花びらのような形をしている。イノシシや鹿を彷彿とさせる形だ。しばらく人参太郎さんにベリーを食べろと言われながら歩いていると、なにかが近づいてくる音がした。


 物陰に隠れていると、複数の魔物が目の前を走り去った。角が大きな茶色の鹿1匹を黒い狼5匹が追いかけている。こちらに気付いた様子はない。素早く鹿の前に出て進行先を塞ぐと、足を止めた瞬間に喉元に食らいついた。


 鹿はピクピクと痙攣している。それに嬉しそうに噛みついていく狼たち。獲物に食らいついた油断したタイミングで攻撃を仕掛ける。短剣を投擲して狼2匹に致命傷を負わせる。


「キャウーンッ!?」

「ガウッ!?」


 情けない声を上げる狼に驚いた他の狼たちが振り向いた。1匹目を浮力の腕輪で真横に飛ばし、2匹目を残った短剣で斬りつける。一撃では怯んだ様子はなく、さらに斬りつける。そこでようやく敵と認識したのか、魔気で防御を張った。


「さすがに普通の狼じゃないか」


 防御体勢に入った狼からは手を引いて、短剣が刺さった狼からトドメを刺しに行く。刺さった短剣を抜き取って、別の短剣が刺さった狼に投擲する。さすがに状況が状況なだけに防御の魔気を張っている。


「くっ……だめか」


 そう簡単にいくわけもなく、攻撃をした狼とノーマークだった狼が飛び掛かってきた。レヴァナントにやられて学んだ。こういうときに逃げる術がないと終わるということを。


 足に浮力の腕輪をつけて、狼がいない方向に回避する。狼たちはなにもない空間に着地をすると、前脚を軸に方向転換して襲いかかってきた。


 普通の回避であればそれで届くが、浮いて平行移動している状態ではむしろ無防備な姿を晒してしまう。


「チャンスだ!」


 短剣を投擲すると、狼は器用に牙で弾いた。


「はぁ!?」


 狼たちも只者ではない。単純な攻撃では防いでしまう。徐々に縮まっていく距離。狼の吐息が聞こえてくるほど近づくと、狼は歯茎を剥き出しにした。狼たちはわかっていた。逃げた先に木があることを。


「……と思うよね?」


 腕が木とぶつかった瞬間、好機とばかりに狼が勢いよく飛びかかる。それを嘲笑うように、木を押し出して跳ね返る。アホ面をする狼2匹を置き去りにして元の場所に戻って弱っている狼たちにトドメを刺す。


「これで3対1」


 遠くで宙に浮いてバタバタと足を動かしている狼と手負いの狼、そして無傷の狼。最初に比べると戦力差は五分五分くらいだ。


「さてと……」


 投擲用の短剣を生成しながら狼たちと睨み合う。互いに一歩も引かない様子に視線がぶつかり合う。最初に動いたのは狼たちだった。襲い掛かってくるでもなく、耳をピクピクとさせながら、辺りを見回した。


「アォーン」


 遠くの方から聞こえた遠吠えに過剰に反応する狼たち。遠吠えで返事をすると見向きもせずに立ち去っていった。


「なんだぁ?」


 困惑してる間にどうにかして浮力の珠を解いた残りの狼もいなくなっていた。残されたのは所々噛まれた鹿と討伐した2匹の狼。


「あれ?」


 狼は回収できるのに、鹿には反応がない。


「え?……ええ?」


 ゆっくりと立ち上がる鹿に驚きを隠せない。傷が緑色の光に包まれて回復していく。どういう原理か不明だが、鹿は生きていた。


「ブルッ…ブルルッ」


 鹿はなにかを言うと、頭を下げて去っていった。


「え?……は?」


 唖然とする出来事ばかりだった。とにかくここには少なくとも2種類の魔物が存在していることがわかった。捕食者と食われる者。そのどちらも欠けてはならないもの。


 人参太郎:『どこに向かうつもりだ?』


 戦ってるうちに方向感覚が失われた。そのおかげでどっちに行ったら湖があって、どっちが帰り道かわからなくなった。今は宛もなく歩き回っている。


「どこだろうね、ここは」


 森の中はどこを見ても変わらない。なにかないかとふらふらと歩いていると、川を見つけた。湖に行くならちょうどいい。


 川の上流に向かうことにした。心地の良い水の音が耳を癒してくれる。休日のひとときを思わせる、そんな時間が流れる。


「わぁ!」


 たどり着いたのは、沼だった。


 人参太郎:『迷子だ』


「何言ってるんだ。これがボクの行きたかったところさ」


 人参太郎:『なにいってんだ、こいつ』


 冗談交じりに返事しながら、沼地の端を歩いていく。泥からいきなり魔物が出現して泥の中に引きずり込まれるなんてことがあると危ないからだ。と言ってもここの沼地の水は澄んでいる。


「さすがに飲めないや」


 人参太郎:『葉っぱが食べれるならいけるだろ』


 いけないものはいけない。沼の水を手で掬ってみると泥臭いニオイがする。味どうこう以前の問題だ。


 沼地には木があまり生えておらず、遠くまで見通すことができる。空から見れば田園風景のように見える。沼地は驚くことに魔物に遭遇しなかった。


「魔物いないみたいだし、一旦落ちて夜ご飯食べてこようかな」


 人参太郎:『ん?もうそんな時間か?』


「実はそうみたい……ボクも1日目にしてはやりすぎなくらいやったよね」


 人参太郎:『終わろうとしてるけど、どうせ食べ終わったらまたやるんだろ?』


「もっちろ〜ん」


 人参太郎:『昼間の時みたいに配信つけっぱでよろしくたのむ』


「うん、それくらい構わないよ」


 ゲームというのは実は1時間毎に休憩を挟むことを推奨されている。もちろんゲーマーが全員守るわけがなく、トイレのタイミングでしか離れようとしない。みんなそういう意味ではおかしな人なのだ。


「あれ、ログアウトって安全地帯でしてたけど、ここでしたらどうなるんだ?」


 人参太郎:『俺達が見といてやるよ』


「いいの?ありがとう」


 手順に則ってログアウトをすると、なんでもない自室で意識を取り戻す。夜ご飯に特別感はなく、余裕でカップ麺だ。自称自炊マンが得意料理として自慢するほど作るのが簡単だ。


 ズルズルと音を立てながら食べる。スマホを取り出して今の話題をチェックする。7つのルートでは領地戦が終わって次の領地戦の準備をしている人がほとんどだった。ストーリーが進んだという報告は見当たらない。


「確か7つのルートって成り上がりだから。ボクのルートとは系統が違うよね。これから成り上がるのかな?」


 隠しルートを辿るボクたちからしたらわざわざ報告する必要もない。糸口を掴めたところでみんな有名配信者がたどったルートを行きたがるはずだ。過疎地帯に行きたがる人は珍しいまである。


 一般人はそんなもん。だったら配信者はどうか。今まで注目を浴びていなかったが、7つのルート分岐以外も存在するのではないかと密かに囁かれているらしい。


「あ、やっぱりそう考えるよね。今まで見つかったルートも偶然だったし、他にもある可能性なんていくらでも考えられる」


 理由としては今まで2つほど見れない配信があったのだが、さらに1つの配信が見れなくなっている。運営がテストしている可能性もなくはないが、何の告知もなくテスト配信をするとは思えない。


「あー、ボクだ。ボクの配信だ。こうやって話題の配信者の1人になると、むず痒いな。気になるだろうなぁ。言わないけど」


 運営が配信をしてるわけでもなく、一般人の配信に鍵がついている。このことがより討論を加速させていた。

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