第27話 暗殺の嗜み

 時計塔を目指してすぐ、遭遇したのは狼魔族だった。頭に骨を被っていない。間違いなく生きている。


「グルッ?……グギャァ!」


 狼魔族は豹変したように襲いかかってくる。


 短剣を生成して攻撃に合わせる。ぶつかった瞬間に向こうの魔気が消滅する。防御を崩してその間に攻撃をする。そんな流れ作業を経て倒した狼魔族を見て、ふと疑問が残る。


「ん?あれ?」


 戦ってみて少し違和感があった。最初戦ったときよりも攻撃力が上がっている。明らかな変化が見られる。アロケルと遭遇したことが影響したのか、それとも狼魔族の剣士を倒したことで変化があったのかもしれない。


「あれ、誰もいない?」


 時計塔の広場には狼魔族の剣士がいなかった。ここではボスを倒せば、リスポーンはないのかもしれない。あくまでもこのエリアだけの可能性がある。アロケルを倒しても復活する。そう考えると、少し不安だ。


「どうしよ」


 人参太郎:『なにを悩んでるんだ?』


「うーん、このまま帰るのと探索をするか」


 人参太郎:『依頼があるんじゃないか?』


「あ、それがあった。アロケルのことで一杯一杯だった。ありがと、教えてくれて。探索がてら依頼品を手に入れよう」


 まずは安全確保をする。魔気で生成した短剣を複数用意する。わざと音を鳴らして集敵する。敵を視界に収めることも重要だが、不審な音というのはゲームでも現実でも変わらず、判断材料になる。


 四方八方から草木がざわつく音がする。木を登って上から見下ろす。お互いに探し合う関係で敵が確実に存在することを知っている。これは待ち伏せにおける優位になれる条件でもある。


「どれだけ来る?」


 ざっと集まってきたのは5匹。もちろんこのまま戦えば不利でしかない。どれだけ敵がいるかを知れる。上から攻撃を仕掛けたとして始末できるのは限られている。


「散ってくれ」


 一度集めた敵が安全だということを知った上で解散する。後ろは確実に安全だとする瞬間が油断へと繋がる。ただ待つ。それだけで油断してくれるのだ。こんな条件はなかなか発生しない。


 しばらくして安全を確認した狼魔族がそれぞれの方向に散っていった。ゆっくりと木から降りる。地面に散っていった狼魔族の方向を描く。これで迷うことはない。


 数が少ないほうへと尾行する。敵が不審に感じる前に、声を上げる前に接近する。暗闇の中、手を伸ばした。


「悪いな」


 下顎を掴んで首に一突き。叫ぼうにも顎が動かなければ、大声は出せない。声はヒューという笛のような音がする。垂れた血液の数だけ体力が削られていく。静かに絶命した。


「ふぅ……できた」


 触れるまでは怖かった。もし、手を伸ばした瞬間に噛まれてしまったら、気付かれたらどうなっていたのか。もしもが現実になる恐ろしさ。


「音……聞こえなかったのかな?」


 不審な点はあったはずなのに、狼魔族は振り向くことなく、触れるまで気付かなかった。まるで音が消えていたかのように。


「もしそうなら?」


 予測はできる。それが正しいかは何回も試すしかない。元の場所に戻って、他の狼魔族を追いかける。2匹目は振り向いてきた。暗殺失敗した。そこは明るかった。昼寝にはちょうどいい。


 3匹目は離れた場所にいたにも関わらず気付いた。なんでだろうと考えた。1匹目と同じくらい暗い場所だった。違いは手が血で汚れていた。狼のような頭をしているから匂いに敏感なのかもしれない。


「あと2匹」


 視界の悪い森の中、狼魔族の死体からわざとらしく血を流す。そっと姿を消して離れると、そこに訪れたのは残り2匹の狼魔族だった。


「グルルッ……グギャァ!?グルッグルォォォ!!」


 雄叫びを上げた。それが仲間を集めるものか、それとも威嚇だったのか。倒せばわかること。周囲を警戒する狼魔族には手を出さずかな仲間を悔やむ狼魔族に短剣を投擲する。


 油断していた狼魔族は叫ぶ。警戒が一方に向く。その間に移動してまた投擲する。視覚外からの攻撃に警戒範囲が広がる。注意を引けば、警戒への意識が高まる。攻撃を止めてもその警戒は終わらない。音がなくなっても安全とは思えない。


 時間が経過して危機が去った瞬間、また投擲する。油断が招いた結末は、精神の摩耗。焦りが混乱に変わり、次第に消耗して恐怖のみが残される。震える狼魔族にゆっくりと接近する。


「グギャッ…グギャッ…グギャッ…グギャッ……ァ」


 息が荒い。恐怖の元凶を知り、より恐怖へのイメージが強くなる。呼吸がはやい。


「すぐに楽にしてやるから」


 魔気を最大まで込めて素早く仕留める。恐怖から解放されたからといって、それが休載なのかは不明だ。


「やっぱ、暗いと気づかれない?」


 検証からして暗闇がキーになっている。短剣を投げるのがうまくなるだけがすべてではなさそうだ。探せば他にも能力がある。そう考えれば楽しみが増える。


「えーっと、どれが薬草?」


 安全確保を終えて、早速薬草採取を始めた。薬草は葉が紫色だ。そんな不思議な植物見たことない。周辺をとにかく探しまくったが見つからなかった。魔物がいる場所と書いてあったが、別に条件があるのかもしれない。


 狼魔族がいる場所にないなら、もっと島の奥に進む必要がある。そこにだったらあるのかもしれない。


 時計塔前の広場でも薬草を探してみたが見つからなかった。礼拝堂跡地にも魔法陣にもなかった。魔気が濃いところに生息しているらしく、この辺りにはないみたいだ。


「ここから先はまだ行ったことないんだよね。どんなところなんだろうね」


 教会を抜けた先には自然と一体化した廃墟があり、自然に完全に飲まれていた。街の端まで来ると、森を隔てるように建てられた立派な壁があった。石レンガを積み重ねて造られており、頑丈な構造をしている。


「昔は栄えてたんだろうな」


 興味本位で壁をよじ登ってみた。街を一望できるほど高い壁が街を守っていたと考えると、どうしてこの国が滅んでしまったのかと考える。壁は街を囲うように孤を描いていた。


 街と反対側を眺めてみると、廃墟の森とは違い、葉っぱが青みがかっている。薬草が紫色ということを鑑みるに、この森のさらに先に薬草がある可能性が高い。


 植物は魔気の影響を受けて変異している。そう結論づけるのがよさそうだ。壁から先は少しだけ坂になっていて、その奥に木が一切生えていない空白地点がある。日光との反射でキラキラしている。


「湖でもあるのかな?」


 湖を目的地として探索することにした。壁を降りて青みがかった森を進む。ふいに興味本位で葉っぱを千切る。


「この葉は違うのかな?」


 とりあえず食べてみた。


「うん、葉っぱの味がする。うーん、ちょっと甘い?」


 人参太郎:『なんでも口に入れるのやめろ』


「これも食べる方式だったらどうするの?やらないとわからないよ」


 魔石を食べて消化するなら、葉っぱだって同じじゃないか。なんて考えは甘かった。口の中がヒリヒリする。


「後味は辛い」


 人参太郎:『不思議だな』


 子供が嫌いなものを食べるのと同じで、一口目は美味しくなくても、よく噛んで食べてみると美味しく感じる。それと同じ。


 次はどんな魔物と遭遇するのかとワクワクしながら探索を続けた。

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