第26話 逃亡者
アロケルの激しい攻撃により礼拝堂の壁際に追い詰められてしまった。アロケルは刀を首に当ててきた。
「もう貴方に残されたのは、私に命乞いをするだけ。アレの場所を教えていただけますか?」
「なんだよ、アレって」
「おや?アレのことを知りませんか?恍けても私は容赦しませんよ」
「いや、アレって言われてもわからないよ」
「ふむ、察しが悪いのか。それとも本当に知らないのか。そうですね、このままでは平行線。私が折れて差し上げましょう」
アロケルは鞘に刀を納め、背中を見せて歩き出した。たとえ襲いかかっても対応できるだけの力量差があるとでも言いたげだ。それ以前にアロケルは背中にも眼がある。動いた瞬間やられる。
「アレというのは『竜核』のことですよ。この世界には8体もの竜が存在し、それぞれが竜核を持っています。私はこの島にいると言われている竜を探しているのです」
「竜が?この島に?」
「ええ。どうやら貴方は本当になにも知らないようですね」
アロケルはこの島に目的があって来ていた。ボクなんて薬草を取りに来ただけだ。明らかに遭遇してしまったこと自体がお門違いだった。なんて不運だ。この様子だと逃されることはない。
「すいません、ボクは薬草を採りに来ただけなんで……」
「ええ、目的はなんであれ、私がここにいることを知ってしまった貴方を逃がすわけありません」
「ですよねぇ〜」
「はい」
アロケルと視線を合わせる。ふいに視線をそらして短剣を投げる。残念なことにアロケルが注意を向けたのは1つの眼だけ。それ以外は確実に逃げようとする姿を追っていた。
「なにをするかと思えば、今更逃げようと考えるなんて愚策も愚策。私の眼からは逃れることはできないのですよ」
アロケルは刀で短剣を弾いて追いかけてきた。悪魔とはなんなのかヒューズに問いただしておくべきだった。散歩に行くときは家の鍵を閉めようみたいな軽いノリで言われても警戒しない。
礼拝堂にある長椅子に浮力を付与してアロケルに飛ばす。ダメージにもならない椅子にアロケルは鼻で笑う。一瞬だけだったがアロケルの視界から消えることができた。その隙に礼拝堂の外に出れた。
「ふふっ、必死になって逃げようというのですね。いいですよ、私が遊んであげますよ」
アロケルから逃れて廃墟の森で隠れる。一瞬でも視界に入ったら位置がバレてしまう。死んだらなにかあるってわけではないが、逃げれるなら逃げるに越したことはない。
森ではレヴァナントの姿も見かけた。はぐれた2匹か新たに目覚めたレヴァナントだ。切り傷だらけだったコボルトの死体は山ほどあった。
見つかった瞬間に襲いかかってきた事例がある。アロケルをレヴァナントが見つければ、少しでもダメージを与えてくれるはずだ。
「アロケルだ。視野が広すぎるな」
教会から離れた場所だったのに、もう間近まで来ている。レヴァナントもまたアロケルと接近している。襲いかかってくれれば、御の字だ。
「……?」
レヴァナントは確かにアロケルと接近した。それも目と鼻の先まで。それなのにレヴァナントはアロケルのことを認識した上で無視をした。殺してきた相手がすぐそこにいるのに襲ってこない。そんなことあり得るのか。
「逃げても無駄ですよ。私はどこまでも追っていけます。はやく出てきて私に命を差し出してください。」
誰が命を差し出すか。ギョロギョロと多方面に向く眼が気持ち悪い。どうしても化け物にしか見えない。
「そんなところにいたんですね」
レヴァナントの周りを歩いていたアロケルがいつの間にか真隣に来ていた。
「なんっ……!?」
驚きのあまり思わず声を上げてしまった。それがいけなかった。遠くにいたアロケルの眼がすべてこちらを向いている。隣にいたはずのアロケルがいない。騙された。
「見つけました」
幻覚と盲目の悪魔、それがアロケルの能力だとしたら、この能力は幻覚だ。場所がバレた。はやく移動しないと。後ろを振り向いてアロケルが来ていないか確認する。
「まだ来てなっ!?……なんでこんなところに柱があるんだ」
ぶつかったのは石の柱だった。さっきまで森の中を走っていたはずなのに、いつの間にか教会の敷地内にいた。後ろを振り向くとアロケルが立っていた。
「ずいぶんと逃げましたね。ですが袋の鼠です。観念してください」
追い詰められたからといって、はいそうですとはならない。魔気1で短剣を生成して防御体勢を固める。
「そうですか。貴方はその選択を取りますか。いいですよ、私も反抗されないより反抗される方がゾクゾクしますから」
アロケルは刀を抜いて応戦してきた。刀と短剣がぶつかり、持っていた短剣が消滅する。押し切られそうになったら回避を選ぶ。そうして何度もしていくうちに魔気の回復が追いつかなくなる。
「そろそろ弾切れでしょうか?」
「それはどうかな?」
ハッタリだ。もう魔気は残っていない。
「ふむ。では、試してみましょうか」
首を狩ろうと刀を振るい、回避すれば続けて心臓を一突きしようとする。急所を狙った攻撃に本能的な焦りが生じる。次第に追い詰められ、段差に足が取られる。
「もう終わりですか?悪あがきは」
逃げ場のない状態で刀を突きつけられ、もう後がない。このまま諦めて殺されるしかない。
「終わらない。ボクはまだ終わらない」
「ふっ、そうですか。それが貴方の遺言ということですね」
死ぬかもしれない瞬間をこの目に収めたいとは思わない。目を閉じる。刃先がすぐそこまでやってくる。終わりだ。
光が見えた。きっと死ぬときに起きるあの現象だ。ゆっくりと目を開いた。すると、そこにはアロケルの姿はなかった。
「ここは、どこ?」
アロケルは確かに首を跳ね飛ばした。その感覚に酔いしれる一瞬の出来事。さっきまでそこにいた人間が跡形もなく消えていた。
刀にはあの者の血が付着している。現実と幻覚を見間違えるなど、盲目と幻覚の悪魔のアロケルは耄碌していない。
「まさかこの私から逃れられた者がいようとは……くっくっくっく」
アロケルはニヤけた口角を抑えながら狡猾そうに笑った。
一方その頃、ボクは目の前に現れた白紙の本を眺めていた。そこにはこれまで戦った敵からステータスまでもすべてが刻まれていく。物語を綴っていくようにアロケルからの逃亡劇まで記録されていった。
「アロケル強敵だったなぁ」
人参太郎:『今はまだ勝てる見込みなさそうだな』
「そうだね。まだレベルが足りないかも」
何にしてもレベルを上げる必要がある。どのゲームでもそうだが、物語を進めるにはレベルやイベントキーを踏む必要がある。このゲームだとレベルを上げてイベントキーを踏まないと先には進まない。あとは会話も大事だ。
「ここがどこかはさておき、アロケルがいる世界線ではないことだけ祈っとこう」
白紙の本が現れたということは、地面に魔法陣が浮かび上がっている場所、礼拝堂の裏手で間違いない。
辺りを見回すと、礼拝堂はなかった。コボルトがいる場所かレヴァナントがいる場所かのどちらかだ。考えても仕方ない。塔を目指そう。
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