第25話 幻覚と盲目の悪魔
レヴァナントはよっぽど空の旅がお気に召さなかったらしい。落下した痛みなど忘れて襲いかかってきた。
「こちとら戦う準備は終わってんだよ」
喉元を突き刺そうとする爪を短剣で弾き、地面に並べていた短剣を拾って投擲する。無防備な胴体に突き刺さり、怯んだ隙に接近する。
「グルッ……ギッ!?」
防御態勢になったレヴァナントの後ろにまわり、ガラ空きの背中に短剣を突き刺す。滅多刺しにすると、力尽きたレヴァナントが倒れた。
「ふぅ……戦いにも慣れてきたな」
人参太郎:『焦った顔は最高だったぜ』
雪城:『かわいい』
「み、見るなぁ!」
人参太郎:『演技ならもっとしっかりやれよ、大根役者』
「人参役者って言葉ないのかな」
人参太郎:『ねえよ』
素材を回収して戦いの準備をする。ふと考えたことがある。最大値の短剣を用意しても、投げて当たらないなら意味がない。
魔気1の短剣でも消滅を起こすことで一瞬でも怯みが発生する。そう考えると、ボックスに入る限り量を詰め込んだほうがより戦闘向きなんじゃないかと。
「今回魔気4の短剣にするよ。これを4本用意したほうがいい気がする」
ボックスには3本入れておいて、1本は突発的な戦闘に備えて持っておこう。レヴァナントには勝てることがわかった。これよりも強いとなるとどうなるかわからない。
負けたら負けたでまた挑戦すればいい。その精神で塔を目指す。ここのボスがいるならそこにいるはずだ。
「グルッ」
「グギャッ……グルル」
途中、レヴァナント2匹と遭遇した。急にコボルトからレヴァナントに変身した個体のように身体は傷だらけだ。レヴァナントを観察してわかったことがある。刃物で深く切られている。つまりボスは剣か刀を持っている。
まだレヴァナントには気づかれていない。視線を反対側に向けたタイミングで短剣を投擲する。
「グッ!?」
1匹の肩口に刺さるともう1匹が警戒態勢になった。短剣が飛んできた先に睨みつけ、駆け寄ってきた。そこから少しズレたところに移動し、レヴァナントが飛び込んでくるのを待った。
慎重に間合いに入ってくるレヴァナント。気づかれないギリギリまで待って距離を詰める。草木の音で気付いたレヴァナントが反撃してくる。上半身を狙うフリをしてスライディングをする。
「グギュッ!?」
足首を掴んで体勢を崩し、浮力の腕輪を付与する。助けようと接敵してきたもう1匹と短剣と爪で戦う。
短剣をぶつけて消滅で武器がなくなった瞬間に新しい短剣を取り出す。武器がなくなった直後は、隙ができたと口角が上がっていた。それが油断となる。
「今度はこっちの番だ!」
「グギィ!」
せめぎあいの末、レヴァナントの魔気が切れた。ストックした分はまだある。あとは一方的に攻めるだけ。レヴァナントはまだ余裕そうな顔をしている。転けていたレヴァナントが持ち直して挟み撃ちにできるから。
「そううまくいくかな?」
「グルッ」
急接近しようと足に力を込めて跳び上がった。そして弧を描いて落下することなく、そのまま上昇し続ける。
「グ、グギャァ!?」
「グギョ!?」
足首に仕込んでいた浮力の腕輪が発動した。実感するまではその効力を発動しない時限式の罠に為すすべはない。余裕だったレヴァナントも一瞬にして絶望する。
「残念だったな」
「グゥ……ガ」
トドメを刺して素材を回収して奥へと進む。その間にどこかでレヴァナントが落下している。次あったときは因縁を持っている。間違いなく怒り狂っている。
「また次の集団で会えるか」
いつもとは違う道を通って塔前の広場までたどり着いた。そこかしこにコボルトの死体がある。また蘇ったら面倒だ。そうこうしているうちに広場の中央についた。いつもならここに
「今回はボスなしか?」
広場を抜けた先はもっとひどかった。原型を留めていない死体が増えていく。この先には教会がある。そこにボスもいるはずだ。
教会の建物は形を残していた。鉄柵のような門を手で押して開く。建物の扉は少し開いていた。中を覗き込むと、礼拝堂にて全身包帯の侍と
聞き耳を立てると、会話が聞こえてきた。
「コボルトも残すところ貴方ただひとり。そろそろ話す気になりましたか?アレはどこにあります?」
「グルルルル」
「ふふっ……答える気はないんですね。だったらもう貴方には用はない。大人しく死になさい」
次の瞬間、包帯の侍と
「だから貴方は獣なんですよ」
包帯の侍は高速で刀を抜きとって居合い切りをする。瞬時に放たれた刃が両肩を斬りつけ、
「グッ……」
血飛沫をあげながら
「油断するからですよ。それから貴方の動きは私には丸見えでした。あ、死んでしまいました?」
「さて……」
包帯の侍は刀を収めると、入口の方を向いた。
「彼はなにも知らなかったんですよ。ねぇ、そこの貴方。貴方ならなにか知っていますか?」
それは間違いなくボクに話しかけていた。手招く包帯の侍。痺れを切らして襲いかかろうとする様子はない。
しばらく様子を伺ったあと、礼拝堂に入った。天井は高く、所々穴の開いた床。人がたくさん座れる横に長いベンチ。そして包帯の侍の後ろには天空竜教会の紋章の首飾りをした女神像がある。
「貴方名前は?」
「名乗れるほどの名はない」
「そうですか。せめてこれから死ぬ人間の名くらい知っておきたかったのですが」
包帯越しに笑っている。刀の柄に手を伸ばした。居合い切りが来る。認識した瞬間に横に飛ぶ。予想通り、斬撃が通り過ぎた。繰り返し飛んでくる斬撃に対抗して短剣を投擲する。
「おや?反撃ですか。貴方は思った以上にやれるようですね?」
焦ることなく短剣を刀で弾き飛ばす。居合い切りの斬撃と短剣の投擲。そのどちらも気を消耗する。何度もできる技ではない。居合い切りは3度行って弾切れを起こした。
「ふふっ、なかなかやりますね!」
「そっちこそ!」
刀による近遠距離攻撃ができる相手に近づくのは死にに行くのと同じ。このまま消耗戦を繰り返して倒す。礼拝堂は広くて障害物が多い。椅子を持ち上げれば盾にできる。太い柱は身を隠すのには十分すぎた。
「はっははっ……どうやら貴方はただのネズミではないようですね。私も本気を出しませんと」
包帯の侍が刀を鞘に収めると、両手で身につけていた包帯を剥がし始めた。ハラリと落ちる包帯の中には無数の切り傷があった。そしてその切り傷はゆっくりと開いた。そのすべてがぎょろりとした眼だった。
「この眼を覗いた者は死ぬ。これこそが私の力。私の全て。さぁ、始めましょう。貴方の最後を」
『
アロケルは開眼した無数の眼で敵を探し出して接近する。
「ここでしたか」
「早すぎっ!?」
一歩引いてもアロケルはすぐに距離を詰めた。抜かれた刀を短剣で受け止める。力の差は歴然だった。一太刀で吹き飛ばされる。怯んでいる暇はない。身体を無理やり起こしてその場から退く。追撃を回避しながら新たな短剣を生成する。
攻撃をする暇を与えられない。せっかくできた短剣もアロケルの刀に破壊される。魔気による攻防ができなければ削られるのは体力で肩代わりするしかない。
「はぁ…はぁ……くっそ、強すぎる」
「貴方もなかなか強かったですよ。ですが、ここまでのようですね」
瓦礫に埋もれて身動きがとれない。万事休すか。
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