第24話 終わりの始まり

「今回はこれで」


 長椅子にコインを並べると、ヒューズは煙管を深く吸い込んだあと、フゥーっと輪っかの煙を吐いた。空にもこもこと広がるそれを眺めていると、ヒューズは今までにない笑みを浮かべた。


「ほっほっほ、今回はここに行くんじゃな」


 まるでこれが正解とでも言いたげな表情をしている。最初はすべて竜のコイン、ランクアップ試験は悪魔のコイン。今回は竜のコインと悪魔のコインを用意した。


 初めての組み合わせだったが、ヒューズの表情を見る限り正解だ。


「待っておれ、すぐに準備するからのぅ」


 ヒューズはコインを受け取ると、船の整備を始めた。これまでにない旅が待っているかのような、そんな予感がした。船に乗り込み、ゆっくりと波を起こしながら進んでいく。


 いつものように霧が包む島にたどり着いた。今までとなにも変わらない。そう考えていたら、霧が雨雲のように黒くなっていく。それでも船は進んでいく。


「到着じゃ」


 いつもの桟橋には生々しい血が飛び散っている。辺りにはコボルトたちの死体がそこら中に転がっている。ヒューズは珍しく港の広場まで着いてきた。


「ここから先、決して油断してはならぬ。特に悪魔には気をつけるんじゃぞ」

「悪魔……?」

「行けばわかる。ワシから言えることはそれだけじゃ」


 煙管を吹かしながら、ヒューズは船へと帰っていった。ヒューズの背中が遠く離れていく。それを見守る。


「これ、どう思う?」


 人参太郎:『俺はやばいと思うぜ。なんだか嫌な予感がする』


「奇遇だね。ボクもそう思うよ。いつもの雰囲気じゃない。ヒューズさんの様子がおかしかった。この先、一体何が待っているのかな」


 人参太郎:『少なくとも今までの敵よりも強そうな臭いがプンプンするぜ』


 思ったことを代弁してくれる。今までの雰囲気とはだいぶ違う。臭いもそうだ。濃厚な血の匂いがする。廃墟の森を抜けた先には強大な何かがいる。


 強敵だから戦いたいなんてバトルジャンキーみたいな思考はしていない。森の先を見つめて迷う。


「どうしよう。帰ろうかな?」


 人参太郎:『それがいいって言いたいところだけどさ。いつもと違う点がもう一つある』


「え?なにかあった?」


 人参太郎:『帰還用の水晶がない』


「あっ!?」


 いつもなら渡してくれる水晶を今回に限って渡してくれていなかった。振り向くとすでに出航したあとだった。


「いない……」


 人参太郎:『行くしかないな?』


「ボクにはわかる。人参太郎さんがニヤけてることを」


 長い間配信に来てくれた仲だからこそ、文字と状況からどう思っているのかが手に取るようにわかる。こういうのは直感でわかる。


 人参太郎:『はぁ?んなわけねぇだろ』


 そう言って口は三日月の形をしている。そうに違いない。雪城さんのような変態なところはない。別の意味で人参太郎もおかしな人なのだ。


「はいはい、わかったわかった」


 人参太郎:『ちっ……なんでバレた』


「ボクと人参太郎さんの仲だからね。さてと……そろそろ行こっか」


 一歩踏み出そうとしていると、後ろからガサッという音がした。後ろには誰もいない。強いて言うならヒューズがいた。あとは誰もいない。


 アジでも打ち上がったのかもしれない。そう考えて振り向くと、そこには血まみれのコボルトがいた。


「えっと、生きてた……は?」


 それも1匹、2匹じゃない。軽く見積もって5匹はいる。コボルトはおぼつかない足取りで近づいてくると、突然頭を手で押さえた。


「グルッ……グッ……ガッ…ァァ……」


 苦しそうな声をあげる。今度は枝が折れるような音がした。パキッパキッと音がコボルトの身体の節々で鳴り響く。


 次第にコボルトの頭から白い物体が現れた。真っ白なそれは頭を覆い被さると、コボルトは喚くのをやめた。


「グルッ……グル?」


 コボルトはなんとレヴァナントへと変貌した。自身の手足を見たあと、ゆっくりと見上げる。すぐにピタリと視線が止まった。


 視界に移る人型の生き物を見たレヴァナントは、飛び散った血を被ったかのように視界が赤くなるのを不思議に笑う。


 次第に心の奥底から込み上がる憎しみに侵され意識が奪われる。


「グルッ…グルッ……グッ…グルァァァッ!」


 悲鳴のような雄叫びを上げ、レヴァナントは殺意を抱いた相手へと飛びかかる。


「へっ?……なんなんだよ。ホントにさぁ!」


 魔気の最大値を込めた短剣を生成する。一斉に飛び掛かってくる複数の敵をそのまま相手することは難しい。


 無様でもいいから転びながらでも逃げる。ただ走って逃げるなんて真似はしない。


「緩急をつけないとな!」


 走ってる途中で振り向いて飛び掛かってくるタイミングを見計らう。踏ん張ったのが見えた瞬間にわざとバランスを崩す。手をついて身体を振り回し、足首に腕輪を生成する。


 レヴァナントの顎を踵で蹴り飛ばす。 


「グルァッ!?」


 脳が揺れるとともに蹴られた勢いのまま空へと打ち上がる。これで1匹が戦線離脱した。止まってる間にやって来たレヴァナントには持っていた短剣を投げる。


 短剣は予測した場所には飛ばず、レヴァナントの間を通り抜けていった。戦術が全てうまくいくことはない。そのうちのどれかがハマる。その瞬間を待つだけだ。


 ゲームの中だからこそできるトリックがある。重心を移動させて早く足を地につける。着地に失敗した。顔を上げると目の前にレヴァナントの口が見えた。


 ガリッという音がする。左手がレヴァナントに齧られた。もう1匹のレヴァナントは目の前でガクガクと震えている。首筋に刺さった短剣によって流れる血。


「はぁはぁ……やばい、死ぬかも」


 持続ダメージが最強だと蒼汰が言っていた。焚き火に焼かれたときと同じようにレヴァナントもまた、そしてボクも持続ダメージを受けている。咄嗟に短剣を取り出したおかげで即死は免れた。


 最初に力尽きたのは首を裂かれたレヴァナントだった。次に倒れたのは左手を齧ったレヴァナントだった。


「口の中でもボックスから短剣取り出せるなんてな」


 短剣で貫かれていたのは1匹だけじゃない。ギリギリの戦いだった。左手はもう使い物にならない。レヴァナントはあと2匹いる。いつの間にか行方をくらましていた。


「どこ行ったんだろ」


 辺りを探索した結果、レヴァナントを完全に見失った。体力が削れた状態なら隠れるべきだが、残念なことに自動回復しない上に食べられそうなものが落ちていない。


 あれだけ戦ったのだからと期待してステータスを見ると、やっぱりレベルが上がっていた。襲ってきたレヴァナントを雑に解体してみると、奇跡的に魔石が見つかった。


 ーーーーーー

【嘉六のステータス】

 名前:嘉六

 レベル:8

 称号:【天空竜の祝福】

 体力:24/45

 魔気:6/6(+1)

 闘気:2/2

 筋力:11

 速力:12(+1)

 知力:8(+2)

 能力値+0(+3−3)

【ルーン】

 仙人 闘気(自己のルーン)

 レベル1:腕輪の型

 暗殺者 魔気(回帰のルーン)

 レベル1:短剣の型

【所持品】

 お金:430リン

 ルーン:不明1

 ーーーーーー


 おかげで魔気を上げることができた。能力値は速力と知力に振った。魔気の武器をストックすることに力を入れる。これで5の魔気が込もった短剣が3本作れる。両手かじられても口で短剣を持てる計算になる。


「これで準備は万端だな」


 短剣の生成が完了したタイミングで空から何か落ちてきた。森ならではの自然に落ちてくる木の実ではなさそうだ。


 それは人くらいのサイズがあるレヴァナントだった。


「あっ……」


 人参太郎:『お、親方!そ、空から犬っころが!』


「グルッ……グルァ!!」


 レヴァナントは空の旅がお気に召さなかったようで

 さっき会ったときよりも怒り狂っていた。

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