第20話 白紙の本

 街の建物はまだ原型が残っているものがあったが、教会は建物すら残されていなかった。意図的に壊されたように見える。


 教会と判断した理由は極めてシンプルだ。マップに天空竜教会跡地と書かれていた。


 なにか無いかと探していると敷地の中央に薄っすらと光る地面を見つけた。


「魔法陣か?」


 ふと手の甲を見ると、天空竜の紋章が呼応するように光っている。ここになにかがあるのかもしれない。


 罠とも考えたが、疑ってても仕方ないと魔法陣の上に乗った。すると、魔法陣と紋章が視界を塞ぐほど光った。


 ゆっくりと目を開くと、目の前に真っ白な本が現れた。本はひとりでに捲られていく。どのページも真っ白だった。宙に浮いたその本を落とさないように下から支えると、本が急に元のページに高速で捲られていき、文字が浮かび上がった。


「これまでの軌跡か?」


 タイトルとともにこれまで行動してきたすべてがページに記されていく。まるで英雄の物語を後世に残すための本をつくっているみたいに。ご丁寧にアジと一緒に焚き火で死んだことも書かれている。


「それは書かなくていいんだよ!」


 恥ずかしいことも良いことも全部平等に書かれている。物語を書き終えると、今度は身体が光りだした。これまで読んできた本が身体から吸い出され、白紙の本に吸収された。


「全部を統合する気か?」


 ステータスも転記された。すべてのシステムすらも飲み込もうとする勢いだ。吸収を終えると、本はひとりでに閉じた。


「これで終わりか?」


 本を手に取ると、本は残像を空中に残した。手に持ったものは身体の中に入り、残った残像は魔法陣の中に吸い込ませていった。


「もしかして複製された?」


 白紙の本は自由に取り出すことができた。蔵書から本の名前を見ることができた。アカシックレコードと書かれていた。アカシックレコードは自身の魂の本質を記録するものだ。


「あっ……これってセーブポイントってこと?」


 それにしても謎が多い。死んでもリスポーンするシステムでセーブポイントと呼べるものは果たして必要なのか。それとも誰かが監視するために記録をしたのか。疑問が尽きない。


「これで終わり?」


 試練としてはこれで終わりになるのか。不明だ。行けば分かるというあいまいな試験内容。ミーティアにポンコツ疑惑がある。


 真相は冒険者ギルドで聞いたらわかる。


 しばらく魔法陣の上にいたが、それ以上はなにも起きなかった。これで試験は終わりと考えると、あとは帰るだけになる。ふと見上げると、そこにはあの時計塔がある。


「登ってみるか」


 馬鹿と煙は高いとこが好きというが、ゲーマーに馬鹿は多い。死を省みる必要がない世界で馬鹿真面目にストーリーしかしない人などいない。必ずどこかで寄り道する。


 脆い階段をゆっくりと慎重に登っていく。階段の1段として堂々と振る舞ってるやつも上に物が乗れば簡単にただの石になる。何度も足を滑らせながら着実に上がっていく。


 ついにベルがある頂上にたどり着いた。下からは見えなかった景色が見える。教会をさらに抜けた先は国があったとは思えないほどの自然が広がっている。背の高い木々や森に飲まれた砦。その奥に氷山が見える。


「こんなに広いと楽しみがたくさんありそうだ」


 景色を堪能し終えると、景気づけにベルを鳴らすことにした。数百年前に役目を終えたベルだ。せっかく登ったのだから音を聴いてみたい。


 殴ってみたがビクともしない。揺らしてみてもなにも鳴らない。どうするのかと考えた。そこで魔気を込めた攻撃ならまた違った動きを見せるのでは?


「これで……どうだ!」


 拳が当たったと同時にベルがゆっくりと揺れ始め、ゴーンゴーンという音が鳴り響いた。夕暮れの空、友達と遊んで帰る記憶が蘇る。音は昔を思い出させる。


「いい音色だ」


 聴き入っていると、地面になにかが落ちる音がした。下を見ると、綺麗な青い石が落ちていた。指揮官レヴァナントが落としたものと同じものだ。あの石と同じように模様が入っている。


「こういうのがレアアイテムだったりするんだよな」


 ボックスに仕舞って時計塔から降りる。


 桟橋まではコボルトに遭遇することなく帰ってこれた。水晶を叩き割る。しばらくしてヒューズが迎えに来てくれた。


「今回はどうじゃったかな?」

「これとこれを手に入れました」


 白紙の本と綺麗な青い石、ルーンを取り出してみせた。


「ほっほっほ!合格じゃ、合格。見事試験をクリアできたようじゃな」

「やった!」

「うむ、では帰還しようぞ。みんなが待っておる」


 船に乗ってアルカナに帰還した。クリアの祝いとしてヒューズからは例のコイン3枚と仮初のルーンというものをもらった。ルーンについては冒険者ギルドで聞くといいと言われた。


 冒険者ギルドに行くと、見覚えのあるふたりがいた。


「蒼汰、クルシュ」

「あ、嘉六さん。今日ぶりですね」

「嘉六か。調子はどうだ?」


 ふたりは冒険からちょうど帰ってきたところらしい。釣りに行くときはそこらへんの村人みたいな格好をしていたのに、冒険に行くときはちゃんとした戦闘服を着ていた。


 蒼汰は青を基調とした軍服で、クルシュはサムライみたいな白い服装をしていた。未だに村人スタイルのボクとは違ってファッションにも気を遣っている。


「今さっきランクアップ試験にクリアしてきたところだよ」

「はやっ!?」

「早いのか?俺は1週間釣りをしてた身だからその辺わからんな」

「早いよ。だって今日始めたんだよ。僕だってそこまでいくのに3日はかかったよ」

「蒼汰はアルカナで遊びすぎなんだよ」


 聞けば蒼汰は何がどこまで許されるかをアルカナで実験してたらしい。脱走もしたし、海水浴もした。砂遊びだってした。最初の街で遊ぶタイプの人だった。


「知ってる?ヒューズさんの煙管って甘い味がするんだよ」


 普通にプレイしてたら知ることもない情報を知っていた。一体どうやってヒューズの煙管を吸ったのか。奪ったのか。それとも言えば吸わせてくれるのか。


「試験クリアしたってことはこれから報告か?」

「うん。そうだよ」

「俺達は外で待ってる」

「嘉六さん、またね」


 ふたりを見送って受付に行くと、リックがいた。ミーティアは受付の奥で縛られている。不貞腐れた顔をしている。反省しているようには見えない。


「クリアできましたよ」

「本は持っているか?」

「これですか?」

「ふむ……問題ないです。おめでとうございます。これで冒険者ランク0から1に上がりました」

「やったぁ!」

「これで依頼できるものが増えました。掲示板をご確認ください」

「はーい」


 ランクアップの報酬は特になかったけど、この成長して達成したという感覚こそがある意味の報酬だ。掲示板のほうに向かおうとすると、リックが引き止めてきた。どうやら早とちりだったらしい。


「それとこちらはランクアップ特典の鞄です」

「鞄?」

「はい。これはクーラーボックスと同じような機能が備わってます」

「冷やしてくれるってことですか?」

「……まさか、あの馬鹿……あ、そうではなく、別種類の物を入れた上でボックスの中に入れることができます」

「えっ!?クーラーボックスって魚入れてもボックスに入れれたの!?」

「はい。実は……そうなんです」

「くっ……手で持ってきたぁ……」


 衝撃の事実が発覚した。筋力上げなくても魚はいくらでも持ち運べた可能性がある。


「これが新人いびりってやつですか……」

「申し訳ない。ミーティアは誰に対してもああなんです。これまでも何度問題を起こしてきたことか。ご迷惑をおかけすることになりますが、今後とも冒険者ギルドの利用をお願いします」


 おっとり仕事できる系だからこそ、注意ができるとばかり。注意はするが、本人はポンコツだったらしい。1回のミスが大きすぎる。だから流星って意味の名前なのか。

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