第19話 想定外の試験

 しばらくしてリックが帰ってきた。眉間にシワを寄せてひどく疲れた顔をしている。


「申し訳ありません。こちらの不手際で迷惑をかけてしまいました。この件に関しては改めてミーティアから謝罪させてください」


 リックは頭を下げて言った。第一印象から真面目な印象だった。そっけない態度を見せたこともあったが、仕事上のリックは間違いなく優秀だ。件のミーティアはというと、ギルドの奥で反省させているそうだ。


「気にしてないです。それよりこのコインにはどういう意味が?」

「このコインには謎が多く、まだわかっていないことも多い。ただわかっていることは船着き場のヒューズさんの一族が深く関係してるということだけです」

「試験、試練のことは?」

「コインの表と裏には、竜と悪魔の紋章があります。冒険者ギルドのランクアップ試験を受けるには2枚のコインを悪魔にして提示することになっています。試練はその逆で2枚のコインを竜にして提示する決まりがあります」

「1枚ずつにしたらどうなるんですか?」

「それはご自分で確かめてくれ」


 質問したことには的確に答えてくれた。多くは語らなかったが、それでも聞きたいことは概ね聞けた。


「試験の方だともう少し簡単なのか……そっち行ってからもう一回試練に行ってみます」

「好きにしてください」

「あ、あと買い取りってしてくれますか?」

「レヴァナントですね?魔石はどうしますか?」

「レベル7になったんですけど、魔気を上げるのに使えますか?」

「使えますよ。いくら必要ですか?」

「とりあえず2つだけ。それ以外は売却でお願いします」

「わかりました。今回の件があったので色をつけておきますね」


 ミーティアと違ってトントン拍子で事が進む。買取用の受付にレヴァナントを置く。台車で奥へと持っていかれると、扉の向こうから肉を裂くような音がする。しばらくして解体作業が終わると、トレーに紫色の魔石を乗せて帰ってきた。


「今回は3つ出てきました。このうちの1つを売却ですね??」

「はい」

「レヴァナント以外にはないですか??」

「あ!これってなんですか?」


 レヴァナントのことばかり夢中になっていたが、素材はそれだけではなかった。指揮官が落とした綺麗な青い石。


「これはルーンですね」

「ルーン?」

「鑑定には1万リンかかります」

「たっか!?」


 所持金は1000リンもない。鑑定するほどの代物ということは重要なアイテムであることに違いない。


「今回の買取は6匹のレヴァナントと魔石は1つであってますか?」

「はい」

「レヴァナントは1匹につ1000リン。魔石は700リンでの買い取りとなります。合計は6700リンです。問題ないですか??」

「いいです」

「これが買取金です。確認してください」


 魔石とお金を受け取る。


「最後にもうひとついいですか?」

「なんです?」

「荷物を預ける場所ってないですか?」

「アルカナでは冒険者となった者に宿を貸し出すという決まりがあります。そこの宿屋の名簿に名前を書いてください。部屋は2階にあります。行けばわかりますよ」


 リックは宿屋の説明を終えると、奥に戻っていった。宿屋のカウンターには1冊の名簿があった。部屋の位置は自分で決めることができた。ページごとに区画があり、今いるプレイヤーは全員同じ区画にいた。


 わざわざ別のところにする必要を感じなかったから同じ区画にした。部屋はまだ両隣が空いているから7番目の部屋にした。鍵は名前に紐付けられているらしく、扉に手をかざしただけで開くそうだ。


 2階に向かうと、扉が10個並んでいた。扉にはアルカナで出会ったメンバーの名前が刻まれている。みんな宿屋を利用してるらしい。


「さてと、部屋はどんな感じかな?」


 雪城:『わわわ、お部屋!』

 人参太郎:『オープン!』


 ワクワクしながら扉を開けると、ベッドと木箱があった。みすぼらしくもないが、特段広くもない。最低限度の物しかない。


「うわぁ、狭い!」


 ベッドに行くための通路は確保されているが、それ以外に足場がない。木箱に手をかざすと、100個のボックスが現れた。ここにアイテムを保管できるようだ。ベッドはリスポーン地点の設定ができた。


「これで酒場で毎回起床ってのはなくなるのか」


 他人の家で毎回リスポーンするのはなんだかんだ居心地が悪かった。お金もないのに酒場に行って飲み食いする。このままだとたとえ甘々対応ではいつかは嫌われるかもしれない。


「はぁ?冷やかしなら帰れよ!」なんて言われた日にはまともにゲームできない。


「お金は預けられないみたい」


 人参太郎:『死んでも減らないからいらねぇだろ』


「それもそうか。あ、魔石は素材なんだ。荷物になるし、先に食べとくか」


 ーーーーーー

【嘉六のステータス】

 名前:嘉六

 レベル:7

 称号:【天空竜の祝福】

 体力:40/40

 魔気:7/7(+2)

 筋力:11

 速力:11

 知力:6

 能力値+0

 お金:7080リン

 ーーーーーー


 貴重品っぽいルーンは預けておく。少しでも持ち帰れるものを増やすためだ。準備ができたから船着き場に向かう。試練がだめでも試験ならどうにかなるはずだ。ヒューズは長椅子に座って煙管をふかしていた。近づくと、気づいて立ち上がった。


「また試練に行くのか?ずいぶん早いのぅ」

「今度は試験に行きます」

「……ふむ。よいよい。それで対価は?」

「これで」


 長椅子に悪魔の紋章を表にしたコインを2枚置いた。それを見たヒューズはウンウンと頷いて1枚のコインを手に取った。


「今日は2度目じゃからな。1枚もらうぞい」


 ヒューズはコインを受け取ると船の準備をしに行った。今度の試験にはレヴァナントではなく、本物のコボルトが出てくるらしい。難易度でいえば、試験のほうが低いというがどれほどのものか楽しみだ。


 船に乗り込むと、すぐに出航した。


 向かった先は霧に囲まれたの島国。船を停めたのも同じ桟橋だった。


「今回も水晶を渡しておく」

「ありがとうございます」

「ほっほっほ。試験……受かるといいのぅ」


 全く同じシチュエーションでやって来てヒューズと別れを告げる。雰囲気が試練と同じだが、果たして出てくる魔物は本当にコボルトなのか。


「よし、行くか!」


 廃墟の森は試練も試験もそう変わりない。見るからに風景は同じだった。配置は少しだけ違っている。これは死に戻りしたときも同じ現象が起きている。


「敵の強さがわからないから両手に6、防御に1にするよ」


 武器は使わない。素手だ。まだ木の棒と棍棒が残っているが、使うなら試練のときに使おうと考えている。


 しばらく歩いていると、コボルトらしき魔物を見つけた。二足歩行であることはレヴァナントと同じ。大きく変わっているのは頭に頭蓋骨を乗せてないこと。


「ああしてみると本当に狼みたいだ」


 こそこそと隠れて様子を伺うほどの敵じゃない。


「グルっ?……グギャッ!」


 コボルトは木の棒を手にしている。足音に気づいたコボルトは木の棒を振り回しながら走ってきた。


「おっそいなぁ……」


 レヴァナントと比べると明らかな身体能力の差があった。レヴァナントがコボルトの上位種で間違いはないようだ。振り下ろされた木の棒に拳をぶつける。木の棒は粉々に砕け散り、コボルトは消滅の反動でお尻を地面に強くぶつける。


「グギィ!?」


 怯んだコボルトの胸ぐらを掴んで顔を殴る。すぐにコボルトは力尽きた。魔気の減りは1程度で特質した強さはなかった。レヴァナントと比べると物足りなさを感じる。それからコボルトを一方的に討伐した。


 難なくコボルトの殲滅を終えると、ボスエリアに到着した。指揮官レヴァナントのようなラッパを持つコボルトには遭遇しなかった。ボスは『剛腕の残骸鬼』と同程度かそれ以下なのか楽しみだ。


「さてさて強さはどれくらいかな」


 ボスに近づくと、ムービーが始まった。コボルトよりも少し筋肉質な細マッチョが意気揚々と現れ、棍棒を華麗に振り回してポーズをとった。レヴァナントのボスと比べてネタ要素強めに見えた。


狼魔族の剣士コボルト・ソードマン


 剣士と言うにはあまりにもお粗末な姿をしている。棍棒を振り回して近づいてくるのは他のコボルトと同じ。少し強くなったからといって習性は変わらない。


 お手製の棍棒に拳をぶつけて粉々にし、胸ぐらを掴んで一方的に殴る。試験はレベル5から受けられる。冒険に行きたい衝動に駆られた冒険者にとっては適正レベルだった。間違えて試練で鍛えすぎたボクは想定レベルより強くなってしまった。


「試練を受けたボクには余裕だったよ。ありがとう」


 攻撃される暇を与えることなく、ボス戦をクリアした。


『狼魔族の剣士を討伐しました。

 ボス討伐報酬:狼魔族の棍棒

 初回討伐報酬:狼魔族のマフラー』


 報酬はおいしくなかった。マフラーは首に巻いた。デフォルメした可愛いマフラーだ。せっかくだ。つけないわけにはいかない。


 雪城:『かわいい!』


「ありがとー」


 試練では行けなかった教会に向かう。果たしてなにが待ち受けているのか。

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