第18話 コインの意味

 綺麗な青い石は装備品ではなく、素材扱いだった。仕方なくボックスを埋めているレヴァナントを捨てることにした。売ればいい値がつきそうだけど、唯一無二には勝てない。苦渋の選択だ。


 所持品にはレヴァナント6匹と青い石1つにウサギ3羽が入っている。ウサギはレヴァナントが調理したものを略奪している。味は不明だが、レヴァナントが食べようとしたものだから毒は入ってないはず。


「このアイテム量だと正直帰ったっていい。うーん、今の実力でボスに勝てるかも確かめたいし……」


 やりたいことが多いと選択できなくなる。


 人参太郎:『一番やりたいのは何だ?』


「ボスと戦いたい」


 人参太郎:『決まりだな』


「よし、行ってみるよ!」


 ボスに挑むために準備をする。減っている体力を回復するためにウサギを食べる。味は肉の味がした。味付けもない自然そのものだ。血抜きはされてなくて臭みがある野性的な味がした。


「うぇ……おいしくない」


 それでも回復量はそれなりにあって、3羽食べて体力はマックスまで回復した。1羽あたり10回復だった。空いたボックスにさっき捨てたレヴァナントを回収して入れておく。


 ボスエリアに向かうと指揮官レヴァナントの姿があった。目が合うと、ボスエリアに走っていく。指揮官はラッパで命令するだけでなく危険を知らせるのが仕事のようだ。


 ボスエリアにたどり着くとあの『剛腕の残骸鬼』が待っている。今回は防御に魔気を振らない。棍棒2本に3と2ずつ振り分ける。少ない方を盾のように使い、隙があれば両方で攻めるつもりだ。


 ボスエリアに入った瞬間、空気が変わった。一度負けた記憶が緊張を高める。蹂躙されたことが思考の片隅にこびりついている。払拭するには勝って記憶を塗り替えるしかない。


「勝つぞ!」


 踏み出した先で『剛腕の残骸鬼』が咆哮をあげる。走って接敵なんてしない。ゆっくり動きを読み取るんだ。ボスもまた様子見をしている。馬鹿な魔物じゃない。知性を感じる。


 先に動いたのはボスだった。


 発達した両腕を勢いよく地面に叩きつける。土埃が舞ったその瞬間、ボスは跳んだ。その姿はまるで相撲取りが「はっきよい、のこった」と言われて相手の力士に踏み込んだときのような威圧感があった。


 想定外のモーションと速度に棍棒をクロスして対峙する。すぐにそれが無意味だったとわからされる。棍棒は持ち手からへし折られ、車にぶつかったような衝撃が身体に襲いかかる。


「うぐっ……!?がはっ……」


 衝突によって弾き飛ばされるとエリアの壁に身体を叩きつけられる。磔にされて崩れ落ちる。掠れる視界の先に腕を振り上げるボスの姿があった。重い腕が背中に叩きつけられる。骨が軋むような鈍痛がする。


「つよ……すぎぃ…は、ははっ…」


 強すぎる。その一言に尽きる。ついには笑いすら込み上げる。身体が光り出す。また手も足が出なかった。圧倒的に力が足りないことを実感する。


 波の音がする。見慣れた空とまた対面する。両手を広げて大の字で物思いにふける。


「あー、また負けちゃったよぉ〜」


 人参太郎:『難易度バグってたな』

 雲行き綾憂:『実は死にゲーだったんですね』

 別人格:『レベチでしたね』


「ホントだよ。もうレベル以前の問題だったよ」


 反省するほどの拮抗はしていない。仕方ない。それだけの話。


「悩んでも仕方ないし、いったん帰ろっか」


 雪城:『お休みも大事』


「うん。ありがとー」


 水晶を取り出して地面に叩きつける。しばらく桟橋で待っているとヒューズが乗る船がやってきた。お爺さんは「ほっほっほ」と微笑む。その笑みに癒される。


「試練はどうでしたかな?」

「いやぁ……ボクにはまだ難しかったみたいです」

「そうじゃろうな」

「え?」

はそう生半可で受けるものではないからのぅ。今回は学びじゃな!ほっほっほ」


 試練を受けるレベルには達していない。ヒューズの言葉に疑問が生まれる。そのことにヒューズは答えてくれそうだ。船は霧を抜けてアルカナに到着した。船を降りると、ヒューズは1枚のコインをくれた。


「これはお主が頑張ってきたことへの褒美じゃな」

「あ、ありがとうございます」

「次はを受けに来るんじゃぞ」

「は、はい……試験?」


 ヒューズの言葉が引っかかる。また疑問が生まれた。なんにせよ、戦利品を冒険者ギルドに持っていく必要がある。冒険者ギルドに行くと、ミーティアとリックの他にフードをかぶった少女がいた。


 フードの少女は蒼汰が言っていた七瀬という1番目にこのルートに来た人だ。ちょうどギルドでの用事が済んだのか、こっちに歩いてくる。すれ違いざまに会釈をしておいた。


 すると、「ふんっ」という可愛げもない返事が返ってきた。これが先駆者か。面白い。


「おかえりなさい、嘉六さん。試験は無事?」

「あ、いや……ボクにはまだ程遠いというか、なんというか」

「……あら、そうなの?それで、ここにはどうして?」

「一応何匹か狩ったからその買い取りを」

「試験難しかった?」

「強すぎて2回死にました」


 後ろから笑い声が聞こえた。ミーティアと話しているのを盗み聞きしていたのか、七瀬がからかうような目線を送ってくる。言い返せるかといえば、言い返すだけの材料がない。


「そっか。それで買い取りっていうのは?」

「あ、これなんですけど」


 ミーティアの前にレヴァナントの死体を取り出す。


「これって買い取れますか?」

「ええっ!?レヴァナントじゃない!え、どうして?」

「どうしてって……これしか見てないですよ?」

「試験にはコボルトまでしか出ません!」

「……?」


 驚愕してるミーティアに目が白黒する。なにを驚かれてるのかわからない。後ろで笑っていた七瀬も「は?」みたいな顔をしている。


「試験とか試練とか。なんなんですか?」

「どうして試練を受けたの!?」

「なにが違うんですか?」

「コインよ、コイン!」

「はい?」


 まるで話の流れがわからない。


「コインがなんですか?」

「コインの意味を!……あれ?」

「なんですか?」

「あ、いや、なんでもないのよ、うん」


 すごく既視感のあるミーティアの言動に疑いの目を向ける。見てわかるくらい汗をかきはじめるミーティア。リックの方を見ると、腕を組んでため息をついている。


「あ、あははは……あ」


 笑って誤魔化そうとするミーティアの肩にリックが手を置くと、壊れたロボットのように振り向き、そのままギルドの奥へと連れて行かれた。説明もなく取り残されていると、後ろから声をかけられた。


「ねぇ、試練を受けたってホント?」


 七瀬は興味津々だった。笑っていたことはすぐには取り消せないが、真相をすぐに答えてくれそうな七瀬と話すのは悪くない。


「ボクもわからないけど、試験を受けに行ったら試練を受けていたとかなんとか」

「ふーん。それでどれくらいレヴァナントと戦ったの?」

「捨てるくらい?」

「ふーん、やるじゃん」


 七瀬は抑揚をつけた声で言った。焚き火で焼死したときに聞いたような馬鹿にするような声ではなく、感動を覚えたかの声に好感が上がる。


「馬鹿だけど、やるときはやるのね」


 前言撤回。七瀬は生意気だった。


「あ、うん。ありがとう」

「まぁ、これからも精進するのね」


 そう言って七瀬は冒険者ギルドから立ち去った。

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