第16話 強行突破

 入り組んだ廃墟を通って塔まであと少しのところで緊急事態が発生した。コボルトが3匹いた。1匹で苦戦したのにその3倍いる。焚き火を囲ってうさぎの丸焼きをつくっている。


「どうしよう。遠回りしたほうがいいかな?」


 人参太郎:『俺は戦闘してるところ見たい』

 雲行き綾憂:『戦闘を避けるなら賛成ですかね』


「うーん、戦闘…か。戦力を分散して戦う術がないんだよなぁ……もし弓とかあれば、各個撃破して1匹になったところを強襲するのに」


 戦いたい気持ちはあった。さっきの戦闘でも思ったが、ヒリついた戦闘は楽しい。釣りも良かったが、釣りにはない緊張感があった。アジに殺された過去をもつボクが言うのもなんだが、アジにはない。


「手段……手段……うーん、さっきのことはあったけど、今ならなにか考えがあれば、ヒントがほしいな」


 これを言われた難しい。混乱するかもしれない。けど悩みは相談したい。


 わがままって言う人もいるかもだけど、逆になにがだめなん?ボクが欲しいものがあって、それに答えるかは聞かれた本人が決めること。返ってこなかったら自分で考えるだけ。


 人参太郎:『強行突破や!』


「はい、却下」


 雲行き綾憂:『大声で助けを呼ぶ』


「敵の増援が来ちゃうよ」


 雪城:『命乞いをする』


「絶対殺されちゃうよ!」


 雪城:『えへへ、見たかったなぁ』

 人参太郎:『……こわぁ』

 雲行き綾憂:『……ヤバい人ですよ!BANしましょうよ!』


 やばい人なのに確かだけど、他のふたりもやばい人じゃないとも言えない。それに貴重な常連さんをこんなことで逃がす気もない。


「別人格さんはなにかありますか?」


 別人格:『えっと、牙を投げるのはどうですか?』


「牙……石とかでもなく牙か」


 別人格:『だめ、でした?』


「いや、めっちゃいい案だと思う。それをどういう風にするか考えてるところ。少し時間もらうね」


 廃墟の物影に隠れて3匹のコボルトたちを観察する。どのコボルトも同じような首飾りをしていて頭蓋骨の防具をつけている。あのコボルトははぐれではなく、あの集団の1匹だったのかもしれない。


「ここでじっとしても始まらないし、動いてみるか」


 1つの牙をコボルトに向けて投げる。ダメージを与える必要はない。もし仲間の牙だとわかったとき、どういう反応をするかを確認したい。仲間意識が高ければ、警戒したり仲間を探したりするかもしれない。


「さて、どう動く?」


 一直線に飛んでいった牙は1匹のコボルトの頭にぶつかった。コツンとなんのダメージもなさそうな当たり方をした。すると、なにかがぶつかったことに気づいたコボルトがぎょろきょろと周りを見始めた。


「グギャ?……グギャッ!?」


 すぐに飛んできたものを見つけた。牙を見つけたコボルトは他のコボルトに知らせた。すると、どこからか角の形をしたものを取り出し、先端に口をつけて吹き出した。


「ブォーン」というラッパに似た音がした。


「あ、まっずい」


 明らかに仲間を呼ぶなにかに聞こえる。森がざわめき出す。まだ位置はバレていない。逃亡もできなくはない。隠れてやり過ごすには地理がない。おにごっこに失敗して滅多打ちエンドは嫌すぎる。


「こうなったら、強行突破だ!」


 木の棒に2、腕に1、身体に1の魔気を纏わせる。強行突破といえど、敵を分散する手立ては惜しまない。持っている牙をもうひとつ投げる。今度は姿をみせる。


「グギャッ……グギャア!!」


 コボルトの1匹に見つかった。敵に指を差して味方にボクの位置を教えた。すぐに2匹のコボルトが四足歩行で走ってきた。思っていた以上の速さに道で撒くという選択肢がなくなる。


「来るなら来い!」


 コボルトたちはリズムよく交互に飛び跳ねながら接近してきた。視線を翻弄するコンビネーションで順々に襲い掛かってきた。


 噛みつこうと飛んできた1匹目を木の棒で殴りつけて躱し、次の2匹目は殴って凌いだ。


「キャウンッ!?」

「グギャッ!?」


 2匹とも防御の魔気が消し飛んだ。さっきのコボルトと同じで防御は1しか振られていない。


 これを好機と見るか、それともピンチと捉えるか。今ので魔気が2減った。残りの3をどう使うかで戦況は優勢になる。対消滅で魔気を失った2匹目のほうがダメージが大きく、体力を損失した1匹目のほうがピンピンしてる。


 対消滅が起きるとお互いに衝撃がある。そのおかげで左手はしばらく動かせそうにない。2匹目は後回しにしても問題なさそうだ。指差し確認コボルトは遠くで狼狽えているだけでまだ襲いかかろうとする様子はない。


「チャンスかも!」


 防御を捨てて木の棒に3の魔気を纏わせて強襲する。身体は元気でも頭を殴られて判断がつくほどの意識があるかはまた別の話。振り下ろした木の棒は避けられることなく、コボルトに叩きつけられた。


「グギッ……ギャッ……グギャッ!?グギィ……」


 攻撃の手を緩めることなく、そのコボルトが動かなくなるまで叩く。


「まずは1匹目!」


 容赦のない攻撃に夢中になっていると、いつの間にか回復した2匹目のコボルトが体当りしてきた。腰にぶつかってきたせいでバランスが取れずに地面にお尻から着地した。


「いった……」


 倒れた隙を狙ってもう一度噛みつこうとするのが見えた。そう簡単に2撃を受けるつもりはない。なにも纏っていない木の棒で受ける。すると、あれだけ頑丈だった木の棒が一瞬で粉々になった。


 コボルトの動きが一瞬止まった隙に、空いた両手でコボルトの頭を掴んで首をねじ切るように回転させる。頭に釣られて一緒に身体が倒れた。コボルトの頭を押さえつけ、身動きが取れないように馬乗りになる。


「これは、さっき受けたダメージの分!」

「グギッ!?」


 魔気を両手に纏わせて交互に殴る。


「そしてこれは強打した尻の分!」

「ギャッ!?」


 殴るたびに鳴き声が小さくなっていく。


「そして最後に……おらぁ!」

「グ……ギィ…」


 言うほど恨みつらみがなかった。


 ボコボコに殴り殺したコボルトから立ち退く。まだ指差し確認コボルトが来ていない。指揮系統のコボルトで戦闘に不向きの可能性がある。危ない芽は摘んでおくに限る。


 コボルト2匹の死体を回収して、残ったコボルトに襲いかかる。すると、戦いを仕掛けてくることなく逃亡を図った。とりあえず敵を見つけ次第殺す知能なき魔物ではないことがわかった。


 コボルトを追いかけてる間に塔がある広場にたどり着いた。塔にはベルの他に時計がついていた。時計の針はすべて止まっている。どれだけ時間が過ぎたというのか。


 逃げたコボルトは広場の中央に向かう。その先に明らかに普通のコボルトとは大きさが違う大きさのコボルトがいる。広場への道をよく見ると空間の揺れが見えた。


「え?ちょっと待ってボス戦なの?」


 人参太郎:『お?まじ?ボス戦あるんだ』

 雲行き綾憂:『はやくはやくぅ!』

 別人格:『強そう』


 コボルト3匹でも心の準備が必要だった。明らか強そうなコボルトを相手にするのは緊張する。負けるんじゃないかと気持ちが弱くなる。


「ふぅ……落ち着け。ステータスでも見て戦略を練ろう」


 レベルの上昇は見られない。体力に余裕はある。だからといって油断はできない。敵は未知数だ。あのボスの魔気によっては数発で死ぬ。慎重にならざるを得ない。


「悩んでも解決しないし、現実的なことをしよう。能力値振るか。今回は避けることを考えて速力に多めで、筋力はちょっとだけ」


 ーーーーーー

【嘉六のステータス】

 名前:嘉六

 レベル:5

 称号:【天空竜の祝福】

 体力:26/30

 魔気:5/5

 筋力:11(+1)

 速力:9(+4)

 知力:2

 能力値+0(−5)

 お金:380リン

 ーーーーーー


 知力の優先度は低い。今はまだ肉体強化をする時期だ。今の全力でどれだけ戦えるか楽しみだ。


「よし、これで準備はできた。あとは戦うだけ」


 深呼吸をしてボスエリアに侵入した。

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