第15話 短期決戦

 公平に向き合って戦いが再開した。卑怯な奇襲をしたけど無意味だったと宣告された気分だ。お互いに防御貫通の戦いでは負ける確率が上がる。


 体力の減り具合から察するにコボルトの魔気は合計3だ。攻撃の2と防御の1を積んでいる。対してボクは木の棒1それから防御なしの予備2。回復待ちが2だ。長期戦なら間違いなく勝てる戦力差だ。あくまでもタイマンだった場合。


「増援が来たら負けるね」


 防御が手薄の状況で、複数の攻撃が来たら終わる。仲間を呼ぶスキルがないことを祈って接近戦に持ち込む。間合いに入ると横移動して体勢崩しを狙う。


「グギャア……」


 急転回について来るだけの速度を持ち合わせている。つま先の向きが同じ方向を向いていない今、コボルトが回避を選ぶとは考えづらい。木の棒の薙ぎ払い攻撃にどう対処する。


「グキャッ!……ギィ!?」


 そんなのはわかっていたと、コボルトは両手をクロスして防御した。対消滅に備えて腰を落とす。予想に反して魔気はそのまま。コボルトだけが後方に飛ばされた。


「魔気は回復してないのか!?」


 魔気の対消滅を狙っての攻撃だったが、予想外なことが起きてチャンス到来。追撃を加える。どんどん後ろに下がっていくが、最後の一撃に大振りをした瞬間、コボルトの腕に魔気が纏う。


 対消滅で木の棒が弾き飛ばされ、逆にピンチになる。我慢して耐えた反撃にコボルトの口元が綻ぶ。コボルトの魔気が回復したようにボクの魔気も回復している。


「防御に3」

「グギャアッ!……ッ!?」


 今持てるすべての魔気を防御に回す。爪が食い込むより先に爪が弾かれる。コボルトの身体がガラ空きだ。防御に回した残りの魔気を拳に纏わせる。


「これで……終わりだっ!」


 コボルトの身体を拳で殴りつける。殴られたコボルトはくの字になって飛ばされると、受け身を取ることなく地面に倒れた。


「はぁ……はぁ……やったぞ!勝利だ!」


 息切れしながら倒れたコボルトに近寄る。ピクリとも動かない。間違いなく勝った。戦いに勝った高揚感で口元が笑うことを抑えられない。この達成感がたまらない。


「勝ったよ!」


 人参太郎:『おめでとう!最高だったぜ!』

 雲行き綾憂:『胸熱バトルでした!』

 雪城:『カロッキュンかっこよかった!キュンッ』

 別人格:『すげぇ!すげぇ!』


 みんなからの褒め言葉にさらにニヤける。こんなに褒められて嬉しくないわけがない。


「さてと……こいつの戦利品は?」


 コボルトの周りにドロップアイテムはない。コボルトの装備品は棍棒と首飾りと腰布、頭蓋骨の防具。棍棒は使えるとして、腰布はいらない。首飾りは枝と石。石もそこらへんに落ちてそうな何の変哲もない石だ。


「うーん、頭蓋骨……?」


 人参太郎:『使えるものかもしれないだろ?持っとけば?』


「確かに。いらなかったらあとで捨てたらいいもんな」


 頭蓋骨を剥ぎ取って所持品に追加する。コボルトの顔は人面ではなく、狼に似た種であることがわかった。


「爪は使えそうじゃない?魚の解体ナイフで剥ぎ取れるかな?」


 試しに切ってみたら簡単に切り離すことができた。切る瞬間の肉の感触がなんとも生々しくて嫌な感じがした。これを想定した魚の下処理だったのかもしれない。徐々に慣れていくしかなさそうだ。


 コボルトの爪は5本ずつあり、足の爪も合わせると相当な数になった。


 人参太郎:『牙はいいのか?』


「……え、するの?」


 人参太郎:『いいならいいけどさ。もしそっちのほうが売れる!とか言われたら嫌じゃないか?』


「うえ……じゃ、じゃあ……この大きい4本だけ……」


 牙の中でも特に大きい4本をナイフで削ぎ落とす。なんとか牙が取れた。解体に夢中になっていると、気になるコメントが来た。


 別人格:『その魔物って丸ごと持ち運べたりしないのかな?』


「え?いや、またまたぁ……そんなわけ」


 試しに丸ごと入れてみた。すると、見事にひとつ埋める形ですっぽりと入った。爪と牙は別々で入った。


「………」


 別人格:『ご、ごめん……もっと早く言っていたら』


「……いや、いいんだ。ボクが気づかなかったのが悪いんだ」


 責められるものじゃない。明らかに自責だ。むしろ気づいたことを褒めたい。


「むしろ助かったよ。冒険者ギルドに行くまでに気づかなかったら損してた」


 別人格:『ならよかった……』

 人参太郎:『気にすんなって気づかないこともあったっていいんだ。むしろ失敗してるのを見たいまである』


「理解したくないのに、理解してる自分がいるよ。他の配信者さんが失敗してるのみるとにこにこしちゃうもん」


 やってる側と見てる側には大きな差がある。やってる側は自分だけの考えで終わるけど、見てる側は主観的にも客観的にも考えるから、間違いや気付きがあるんだよね。


 見てる側の中には配信者の考えでどういう状況になるかを楽しむのがほとんどだ。そこに指示厨の毒が入ると、見たいものと大きく変わってしまうんだよ。だから気づいても口にしない人が多い。


 そのことがわからない一部の視聴者が厄介なんだ。善意で言う人もいれば、悪知恵を働かせて悪ふざけで言う人もいる。


 言葉を簡単に伝えられてしまうから、その言葉を言ったらどうなるかまでを予測ができない。スポーツ観戦でよく応援したり野次を飛ばしたりするけど、あれよりももっと無責任な発言があるのが配信ってものなんだ。


「このゲームではさ、ボクはボクなりの考えてやってみたいんだ。ボクがどうしてもわからなくて聞きたくなったら聞くよ。そのときに教えてくれる?」


 別人格:『ごめんなさい。気をつけます』

 人参太郎:『間違えるのが人間だし、そこから学べるのも人間なんだよ。だからこれから直していけばいいんだぜ』


 珍しく良いことを言う。


「うん。今回はボクがいいって言ったから。気にしなくていいよ」


 人参太郎:『これからどんな失敗してくれるのかな』


 失敗を喜んでます宣言されるのは逆に失礼だが、言った手前取り消せない。別人格さんから学べることがあった。知ってしまったのなら活用するに限る。


「解体したから結構埋まっちゃったな」


 人参太郎:『棍棒はどこに入ったんだ?』


「棍棒は装備品だよ。こっちは結構容量入るみたい」


 装備品には耐久値が設定されてるみたいだ。木の棒や棍棒を見てみたが、装備したからといってステータスに変動がない。あくまでもその形のものでしかない。


「木の棒が壊れたら棍棒を使ってみるよ」


 戦いで使っていた木の棒の耐久値は減っていない。この耐久値が減る可能性があるとすると、魔気を纏っていない状態でのぶつかり合いのときか、燃えたときだ。


「魔気の重要性がやばいな」


 魔気は戦闘が終わると自動回復している。体力はダメージを受けた状態から変わっていない。つまり体力は自動回復しない。魔気の多さでダメージは最小限に抑えられたが、次もそうとは言えない。油断は禁物だ。


 ーーーーーー

【嘉六のステータス】

 名前:嘉六

 レベル:5

 称号:【天空竜の祝福】

 体力:29/30

 魔気:5/5

 筋力:10

 速力:5

 知力:2

 能力値+5

 お金:380リン

 −12000(木の棒)

 ーーーーーー


「ボクもコボルトみたいにウサギ狩らないとだめかも」


 コボルトとの戦闘で経験した通りなら食事で体力の回復ができる。もし死に戻りしても勝てる確率を増やせるだけの情報を得ている。この戦いひとつでも収穫は多い。


「次の敵を探そう」


 教会を目指して廃墟の森への歩みを再開した。

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