第14話 亡国の試練

 鍛冶屋で剣から短剣サイズまで小さくなった木の棒を買い取った。ガサツな鍛冶師は渡してすぐ、「お土産を待ってると」だけ告げて仕事に戻った。今は試験会場に向かうため、船着き場に来ていた。


「おじいさんがヒューズさんですか?」


 長椅子で煙管をふかすおじいさんに話しかける。


「ほっほっほ、そうじゃよ。もしかして小屋に不備があったかのぅ?」


 おじいさんは陽気に笑いながら心配事がないか聞いてきた。


「い、いえ!小屋は最高ですよ!」

「そうかそうか。して、なにか御用か?」

「このコインを出せば、冒険者ギルドのランクアップ会場に連れてってくれるって聞きました」


 小屋のことを聞いてにこやかに微笑む。試験について聞くと、ヒューズは長椅子に置かれた表が竜の2枚のコインを神妙な面持ちで見た。なにか考え込む素振りをしたあと、顔を上げて視線をあわせた。


「ふむ…そうか。なるほどのぅ。お前さん、試練を受ける気じゃな?」

「え?はい」

「そうか。ではここで待っておれ。船を持ってくる」


 ヒューズは重い腰を持ち上げてどこかに行った。しばらくしてヒューズを乗せた船が桟橋に着いた。10人くらい余裕で乗れる広さがある木造船だ。船には中央に大きな帆と後方に操縦席があった。


 巧みな操縦で桟橋と船の隙間を埋めて乗り込むように指示を出した。船に乗り込むとすぐに出発した。


「少し揺れる。どこかに掴まっておくんじゃぞ」


 陸から見た海は水平線まで海が続いている。これから向かう試験会場はどれほど遠いのか見当もつかない。


 波に揺られて進む船は途中、霧が深い場所にたどり着いた。なにも見えない中を悠々と進んでいく。ヒューズは依然として前を見続ける。ふいに目を開けないほどの風が吹き荒れる。


 風がやんだ。ゆっくりと目を開くとそこは幻想的な景色があった。紫色の葉を持つ木々や島の遥か先まで連なる山々、そして所々に散見する廃墟がある。


「……ここは?」

「数百年前に滅んだ島国じゃ。今は……人が住んでおらん」

「そうなんですね」

「……そうじゃ」


 なにか思い入れがあるのか、声が震えていた。船は廃墟の港に停まった。


「ここからはひとりで行くんじゃ」

「あ、はい。これってどこに行けば?」

「……ふむ。この街には教会がある。あの塔を目印に行くんじゃ」


 ヒューズが指差した先に街で最も高い塔がある。人がいない街で今もなお目印となるほど原型が残っている。塔の頂上には黄色がかったベルが見える。時刻を知らせる役目があったのかもしれない。


「あれですね。わかりました」

「魔物が闊歩しておる。用心して進むんじゃ」

「はい!ありがとうございます!」

「これを渡しておく」


 ヒューズは小さな水晶の珠を渡してきた。


「どうやって使うものですか?」

「地面に叩きつけて割るんじゃ」

「わかりました!帰るときに割ります」

「うむ。では気を付けるんじゃぞ」


 ヒューズを乗せた船は霧の中へと消えていった。


 人参太郎:『ついに冒険の始まりだな』

 雲行き綾憂:『違うゲーム始めました?』

 雪城:『どこ?ここ?』


「そうだね!ついにって感じ。釣りだけじゃなかったんだって実感してるところ」


 目的地の教会は木々に埋もれていて遠くからは目視できない。辛うじて見えるのが目印の塔だけ。見える範囲ではファンタジー特有の中世のヨーロッパを彷彿とする街並みだ。


 港の桟橋は石レンガで造られている。ここを見るだけでも文明が進んでいることがわかる。魔物が闊歩していると聞いた手前、武器を持たないわけにもいない。木の棒を手に持ち、防御として身体に1の魔気を纏う。


「木の棒にも魔気を……2でいいか」


 奇襲対策を整えて慎重に街へと向かう。港は建物がなくて見渡しがいい広場になっている。昔は朝市で賑わっていたかもしれない。今はその陰は残っていない。


 広場から教会までの道は森になっていた。


 遠くからみれば近そうだったのに、いざ教会への道を探すと案外見つからない。森には獣道がある。石畳が残っているところは草があまり生えていない。


 視界の悪い廃墟に入れば、そこは魔物の縄張りだ。警戒を怠ってはいけない。冒険の最初の一歩踏み出す。


 数百年経ってるだけあって瓦礫の石は指で割れるほどに脆い。魔物だけでなく建物の崩壊も注意しないといけない。


 木の棒を構えて進んでいく。ガサゴソと遠くのほうで音がする。建物の陰に隠れて様子をうかがう。飛び出してきたのはウサギだった。


「なんだ……うさっ……!?」


 警戒を解いて出ようとすると、ウサギの後ろから動物の頭蓋骨を被った奇妙な二足歩行の小人が現れた。その小人はウサギを見つけるや否や持っていた棍棒を振り下ろした。


「キューン!?」

「グギャギャッ!」


 ウサギが気づいた頃には棍棒が叩きつけられていた。気絶したウサギを捕まえるとその小人は首の骨を折った。


「グギャギャッ」


 その小人は頭に肉食獣のような鋭い牙をした頭蓋骨を被っている。その骨の隙間から狐のような耳が飛び出ている。首元には枝や石で作られた首飾りをつけていて、下半身には腰布を巻いている。


 知能が高い魔物のようだ。毛並みは灰色っぽく、口元は少しだけ前に突き出ていてゴブリンというかコボルトに近い見た目をしていた。


 人参太郎:『魔物だ!』

 雲行き綾憂:『あれが第1村人ですか』


 名前のわからない小人をコボルトと呼称することにした。


 コボルトはウサギの解体を始めていた。新鮮なうちに下処理をしておくのはウサギも魚も変わらない。それがわかっているコボルトは確実に知能が高い。


「死んだらペナルティってあるのかな?まぁいいや。まずは1当て」


 コボルトが夢中になってる隙に接近する。ゆっくりと忍び足をする。あと少しのところで草を踏みしめる音に気づかれた。コボルトの耳がピクリと動く。警戒し始めたコボルトが棍棒を握りしめる。気づいたからといって初撃を防げるかは別。


「おりゃあっ!」

「グギャッ!?」


 木の棒をコボルトの右肩に叩きつける。その痛みでコボルトは棍棒を手放した。魔気の対消滅が発生しない。油断したコボルトはまだ魔気を纏っていない。木の棒を一度引く。


「もう一丁!」


 コボルトの頭を掴んでバランスを崩し、側頭部に膝蹴りをする。急所への攻撃で視界がゆがんでる隙に落ちていた棍棒を拾って下がる。コボルトは見えていない状態で鋭い爪を振って空を切った。


「ふぅ……」


 一連の動きにコボルトは警戒を強める。こちらをみて爪を構えている。対抗して木の棒の先を向けて威嚇をする。次はそんじょそこらの攻撃なら防がれてしまう。


「今度は丁寧に……」


 木の棒を持つ手とは別の手に1の魔気を纏う。お互いにジリジリと近づいていく。間合いに入ったタイミングで一気に動き出す。コボルトが鋭利な爪で引っ掻こうとしてくる。それを魔気を纏った腕で受け止める。


「グギャァ!」

「……っ!?」


 魔気の消滅が発生し、引っ掻かれた腕に傷がついた。コボルトは2以上の魔気を有している。痛みで一歩後退して今度は木の棒で反撃する。コボルトも腕で防御態勢に入った。


「グギャッ!?」


 お返しとばかりに叩きつけた木の棒はコボルトの魔気を消滅させてぶつかった。ダメージを受けたコボルトがふらついている。よほど大きいダメージを受けたらしい。


 痛み分けでダメージを受けたあと、先に動いたのはコボルトだった。


 コボルトは後ろを一瞥すると、ウサギのほうへ後退した。なにをするかと思いきや、コボルトは解体途中だったウサギにかぶりついた。


「く、食ってる!?」


 ウサギはすぐにコボルトの糧となった。ふいにコボルトの身体が緑色の光に包まれた。光が収まるとさっきまで立っているのもやっとだったコボルトが毅然とした態度で立っている。


「まって!食べたら回復するの!?」


 余裕のあった戦況が一瞬のうちに五分五分にされた。初戦から苦戦を強いられることになりそうだ。

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