第12話 クーラーボックス
食事を終えてすぐにログインした。配信つけっぱなこともあり、コメント欄は予測や考察で溢れかえっていた。
「ごめん、遅くなった」
人参太郎:『気にすんな。俺達はお前のプレイを見たいからここにいるんだ。見せてくれるだけありがたいぜ』
雲行き綾憂:『そうですよ。こんなの見れるのはここだけですから』
別人格:『みせてみせて!』
雪城:『おかえりなさい、あなた』
一人だけおかしな人がいた。スルーしよう。
「ありがとう!もっと面白い配信を見せれるようにがんばるよ!」
ゲームを起動してしばらくすると、視界に青空が広がる。背中にひんやりとした感触。手を地面につけると、サラサラとした砂。そういえば浜辺でログアウトしたんだった。
身体を起こして砂を払う。
「さてと……ハゼ釣りの続きをしますか」
海に疑似餌を垂らして数十秒。ハゼが食いつく。釣り上げて2回殴る。もはや作業だ。仕留めたハゼはそのままバケツに放り込む。
所持品がいっぱいになったら小屋に向かい、ハゼの下処理をする。それが終わったら冒険者ギルドに行って買い取りを依頼する。
問題ない評価をもらってお金を受け取る。もう一周するかと意気込んでいると、ミーティアから声をかけられた。
「嘉六さん、いまいいですか?」
「あ、はい。なんですか?」
「嘉六さん、レベルはいくつですか?」
「レベル?ちょっと待ってください」
ーーーーーー
【嘉六のステータス】
名前:嘉六
レベル:3
称号:【天空竜の祝福】
体力:20/20
魔気:3/3
筋力:3
速力:5
知力:2
能力値+6
お金:4880リン
ーーーーーー
確認すると変動はなく、レベル3のままだった。
「レベル3です」
「うーん、そっか。レベル5になったら教えてくれる?」
「わっかりました」
レベルによってなにかしらの依頼追加があるのかもしれない。
冒険者ギルドを出て浜辺に向かう。同じ作業を繰り返せばいずれレベルも上がるはず。
人参太郎:『魔気3になったんだし、攻撃に2振り分けないのか?』
「あ、忘れてた。ありがとう」
同じやり方慣れてしまっていてより効率にできる方法を忘れていた。魔気を2纏わせて釣り上がったハゼを一撃。弾かれてすぐにもう一撃を加えて仕留める。人参太郎さんのおかげで魔気の纏い直しという工程がひとつ減って効率が上がった。
ハゼの一本釣りを始めてから4周目までやると、レベルが4に上がった。
ーーーーーー
【嘉六のステータス】
名前:嘉六
レベル:4
称号:【天空竜の祝福】
体力:25/25
魔気:4/4
筋力:3
速力:5
知力:2
能力値+9
お金:7380リン
ーーーーーー
冒険者ギルドで買い取りを終えてふと、いまはなにが買えるか聞いていなかったことに気づいた。
「ミーティアさん、今いいですか?」
「はーい?なーにぃ?」
「今7000リンほどあるんですけど、なにが買えますか?」
「あれ、言ってなかったっけ?レベル3から新しい疑似餌が買えますよ」
「なんだって!?それってアジやハゼ以外の魚が釣れるってことですか!?」
「うーん、なんて言えばいいのかな。魚って疑似餌に込められた魔気に引き寄せられてるの。今使ってるものは魔気が1までしか伝達できないの」
「なるほど……」
釣り竿を取り出してみる。なるほど、わからん。
「この新しい疑似餌は最新鋭の疑似餌で……な、なんと!」
「なんと!?」
「今なら1万リンで取引可能よ!」
「たっか!?」
「なんと定価!」
割引も割増もしてない純粋な価格を提示された。ハゼ周回をしばらく続けないといけないことがわかっただけでも収穫だ。ここにいても駄弁るだけ。早く釣りして路銀を稼がなくては。
「ハゼ釣ってきます」
「はーい、あ!」
ミーティアが急に大声を出した。
「あ、え、な、なんですか?」
「うーん、ハゼってもっと用意できないのかなって」
「できますけど……所持品の都合上、10匹ずつが限界です」
諸事情を説明するとミーティアは薄ら笑いをし始めた。その目にはなにか秘策があるような顔をしていた。
「ふっふっふ……そんな貴方にこれ!クーラーボックスゥ!」
「でもお高いんでしょ?」
「そう!普通に買うと10万はくだらないこちらをなんと今回限り貸し出します!」
「な、なにぃ!?」
ノリノリでカウンターにドーンされたクーラーボックス。高いのに扱いが悪いミーティアの後ろには冷ややかな視線を向けるリックがいた。視線に気づいたミーティアが壊れたロボットのように振り向いて慌てふためいていた。
当たり前のように叱られるミーティア。プレイヤーからあれだけ怖がられていても上には上がいる。
「こ、これ、高いので大事に扱ってくださいね。私のように叱られないように……」
頭にタンコブができた反面教師のミーティアの言葉には頷くしかなかった。借りたクーラーボックスには備え付けで冷却機能がある。これで評価も上がって持ち運びも便利になった。
クーラーボックスを肩にかけて移動する。砂浜に着いてすぐにハゼの一本釣りをする。やることは変わらない。バケツに入れるかクーラーボックスに入れるだけ。
まずは手始めに10匹。クーラーボックスは持ち上がる。それから1匹ずつ増やすと、13匹目で持ち上がらなくなった。
「うわ……これなら所持品と変わらなくないか?」
人参太郎:『手持ちだからステータスって関係ねぇのかな?』
雲行き綾憂:『確かに。説明がつかないですもんね』
「あー、そういう結びつけ方があるのか。じゃあ筋力✕2の荷物が持てるってことかな?」
人参太郎:『どうせ振り分けるんだ。検証で使っちゃえ』
「じゃあ1だけ」
ーーーーーー
【嘉六のステータス】
名前:嘉六
レベル:4
称号:【天空竜の祝福】
体力:25/25
魔気:4/4
筋力:4
速力:5
知力:2
能力値+8
お金:7380リン
ーーーーーー
「あ、持てる」
重すぎて一切動かなかったクーラーボックスが嘘のように持ち上がった。検証は正しかった。
人参太郎:『嘉六の予想通りみたいだな』
雲行き綾憂:『さすがです!』
筋力依存のクーラーボックスは別のアイテムも関係してくるから、ちょうどいいと言えばちょうどいい。
「せめて倍は欲しいから筋力を10にしとくよ」
ーーーーーー
【嘉六のステータス】
名前:嘉六
レベル:4
称号:【天空竜の祝福】
体力:25/25
魔気:4/4
筋力:10
速力:5
知力:2
能力値+2
お金:7380リン
ーーーーーー
こういう能力値の振り分けは理由があれば、気兼ねなくできるのがいい。悩んで悩んで結局なにもしないのはもったいない。
「やりすぎたような気がするけど、強敵に会って勝てなかったら、釣りでレベル上げて調整するわ」
やってしまったものはしょうがない。ここは割り切るのが吉。
そして筋力が上がった状態で釣りをすると、事件が起こった。急激に上がったことで力のコントロールが効かずに、釣り上げたハゼが空高く飛んでいった。
「あっ……」
人参太郎:『あっ』
雲行き綾憂:『あっ…』
雪城:『えっ!?』
ハゼは帰ってこなかった。
検証するのにも慣れが必要だということが十分に理解できた。反省を生かしてもう一回ハゼを釣る。今度は勢いよく持ち上げずにゆっくりと引き上げる。それはそれで疑似餌に噛みついて暴れたハゼが針から逃れて脱走した。
「うわっ……むずっ!」
力というのは最初こそはコントロールが効かない。それでも反復して徐々に慣れることでコントロールできるようになる。
ちょっとずつ力を込めてそれでいて素早くハゼを回収する。捕まったが最後、ハゼはクーラーボックスに強制ハウスさせられる。
「うっ……できた!大変だった……!」
調整ができるまでにハゼ周回の半分ほどの時間がかかった。周回の遅れはクーラーボックスのおかげで乗り切れそうだ。
「待ってろよ!ボクはこれでお金を貯めて新しい疑似餌を買うんだ!」
こうしてハゼ釣りに熱中し、お金儲け以上に欲張って、ハゼだけでレベル5まで上げるのであった。
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