第11話 金策のハゼ
ハゼ周回を始めてようやく10匹貯まった。アジとは違って入れ食い状態ではなかった。多少時間を置いて食いついてきた。時間効率を考えるならアジのほうが良さそうだ。
「さてと、ハゼはどうやって調理するのかな?」
『猿でもわかる魚の捌き方』には、水に少量の塩を入れてハゼのヌメリを取る必要があると書かれていた。アジと違って皮は柔らかく、揉み洗いすることで鱗も取れる。ヌメリを取ると、一緒に砂や泥、さらには臭みも取れるそうだ。
「なるほど。これなら結構簡単に処理できるな。内臓はどうするんだ?」
小さいハゼだと内臓を取らなくてもいい。内臓特有の苦みが嫌いなら取る方が良い。アジは身に硬さがあるため、切れ味の悪い包丁でも身をボロボロにすることなく捌くことができるが、ハゼは柔らかいため、研いだ包丁がいいとあった。
「包丁の研ぎならやったことあるな。でもこの包丁結構鋭いし大丈夫でしょ」
桶に水を汲んで塩を一摘み。ハゼを全部入れて優しく揉み洗いをする。魚特有のぬるっとした感覚がする。
「こういう下ごしらえが料理をうまくするんだよな」
貝を食べるときに下処理せずに焼いてジャリジャリしてまずかった記憶がある。他にもほうれん草を水洗いせずに茹でて土が入り込んでいたことがある。
「焦がすよりも不快感が強いんだよな」
人参太郎:『どこぞの主婦みてぇー』
雲行き綾憂:『料理は深いですね』
ゲーム配信してるのにいつの間にか料理配信に様変わりしていた。山や海で生活系配信してる気分だ。
これから食べるわけでも丁寧にしてるのは、手間を加えるだけで売り物の値段が上がって儲けが出るからだ。会社だと売値が上がっても給料に変動がない。やる気が出るわけないよな。
「なんだかんだこういう作業って楽しいんだよな」
人参太郎:『独身の密かな楽しみってやつか』
雪城:『まってるね』
雲行き綾憂:『だそうですよ』
「……あ、うん」
告白のようなプロポーズにも取れる言葉に困惑する。いじられるだけならまだしも直球だとなにかと反応に困るのは事実。狭いコミュニティでされるとより現実味があって怖い。
「あ、おおっ!結構取れたな」
人参太郎:『逃げたな』
雪城:『ぐすん』
雲行き綾憂:『逃げましたね』
逃げるさ。回避しないとやけどしちゃうからね。
ハゼの皮膚はフグとまではいかないがプリプリになった。ハゼを取り出して水を入れ替えて複数回揉み洗いをする。完全にヌメリがなくなり、あとは内臓を取るだけ。
まな板の上にハゼを置く。手で押さえてお腹を裂こうとすると切りたいところからずれてしまう。こういうときはハゼの角度を変えてより切りたい部分をまな板に近づける。これでハゼの柔らかい部分がより硬くなり、切りやすくなる。
指を切らないように慎重に包丁の刃先で切り込む。そこから真っすぐ切って指で優しく広げる。内臓を取り出して内側を洗う。きれいになったらタオルで水気を取る。
「よし、完璧!」
良い感じに下処理を終えたハゼを所持品に入れる。この繰り返しをする。アジよりも手間隙がかかるハゼだが、一体いくらの値がつくか楽しみだ。
所持品の箱をすべてハゼで埋めた。ホクホク顔で冒険者ギルドに向かう。
受付にはいつものようにミーティアがいる。
「こんにちは」
「あら、こんにちは。買い取り?」
「はい!」
最初は受付に行ってアジを素手で渡していたが、どうやら間違ってたらしく、アジの2回目の精算時にミーティアが不機嫌になった。それからは買い取りのときは別の受付に移動することになった。
「今回は何を釣ってきたの?」
「これです!」
買い取り用の板にハゼを並べる。すると、アジのときとは違って喜んでくれた。
「わぁ〜、ハゼね!アジと違ってなかなか持ってきてくれる人いないから嬉しい〜!」
「ハゼ不人気なんですか?」
「もちろんよ!だって下処理が面倒だから」
「まぁ……そうなのかなぁ……」
「その分良い儲けになるから安心して」
査定に入ってからなんだかドキドキする。アジは1評価10リン。この手間隙をかけたハゼがアジと同等とは思わない。
「うん、よく下処理できてるね」
「いくらですか?」
「うーん、ハゼは品薄状態だから色つけとくね」
「つまりは?」
「1評価あたり25リンでどうかな?1匹175リンの合計1750リン」
「えっ!?アジ2匹半!?」
「それだけ希少なの。それに鮮度が大事な魚でもあるから。しばらくはこの値段でいくから、そのつもりで」
思わぬボーナスに胸が踊る。これならハゼで一儲けしておくのも悪くない。戦闘ペースを上げると、さらに効率も良くなるはず。追加の魔石を買って魔気の量も増やしておく。
「よし、次もいくぞ!」
人参太郎:『ちょっと待て。もう昼だぞ』
雪城:『ご飯食べてね』
「あっ……そっか。アジ食べたのはこの世界だもんね。もう少し遊びたいけど健康を害するのはだめだね。ちょっと休憩してくるから待っててね」
人参太郎さんに言われて現実世界の時間を確かめた。ゲームに夢中になるとどうしても現実世界の時間を忘れてしまう。適度に休憩を取らないと身体に悪い。ご飯だけでなくストレッチもしてこよう。
配信はつけっぱで一度ゲームを落とす。ログアウト場所は砂浜にした。すぐに釣りを再開するためだ。
配信をつけっぱにする理由は、長時間配信による収益化という項目があるからだ。断続的に配信をするより、繋げたままにしたほうが利率が良い。
「それじゃ……ボクはちょっといなくなるね〜」
人参太郎:『いってら』
雲行き綾憂:『いってらっしゃい』
雪城:『いってらっしゃい、あなた』
なにか見てはいけないものをコメントで見たかもしれない。ゲームを終えると、卵から生まれる。卵型のゲーム機だからそういうミームが生まれている。
コンビニに自転車で行く。独身生活だから自炊してる、なんてことはたまにあるが、面倒なときはもっぱらコンビニ弁当だ。高くつくことは承知の上。平日の昼間だからそれなりに人が多い。昼間のゴールデンタイムというところか。
コンビニのおにぎりは美味い。旨味成分が含まれていて海苔もぱりぱり、米はふっくら。自炊でこんな良いものつくれない。飲み物にはカフェイン入りを選ぶ。夜ふかしはしなくても長時間のゲームは集中して遊びたい派だ。
温めをお願いしてる間に、エリュシオンの情報を集める。動画では見れなくてもSNSには載せられていることがある。みんな魔物との戦闘やら都会での暮らしを満喫しているようだ。港で釣りしてるのはボクたちくらいだ。
新ルートに進んでしまったのが運の尽きなのか。まだ誰もルートの真相にはたどり着けていない。それだけゲームに厚みがあるということだ。
終末のエリュシオン。終末の楽園の意味を持つ。つまりなにかしらかが原因で世界は滅びに向かっている。それがなぜなのか、どのルートを辿ることで世界を救うことができるか。まだ誰も知らない。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
女性の店員にお礼を言って受け取る。箸を指定された箱から取り出して入れていると、店員さんがじーっとスマホの画面を見ていた。
「店員さんもエリュシオンやってるんですか?」
「あ、いえ……まだ当選してなくて」
「そうなんですね。当たると良いですね」
「はい!ってことはやってるんですか?」
「あ……まぁ、ちょっとだけですけど……」
「楽しそうでいいですね」
「楽しいですよ、あはは」
流れている情報からかけ離れたルートということは口が裂けても言えない。そんな事を考えていると若干居心地が悪くなった。
「そ、そろそろ……行かないと」
「あ!そうですよね。引き止めてごめんなさい。ありがとうございました〜」
「はーい」
生活の身近な人も意外とエリュシオンに興味を持っている人がいたらしい。何万人とプレイしてる中で5人しかいないルートということは誰にも教えたくない。明らかに発見されている他のルートとは逸脱している。
「口は閉じておくことに限るな」
秘密を共有する相手は少なければ少ないだけいい。
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