第9話 リベンジマッチ

 魔気を纏わせるのに必要なのはイメージすること。イメージによって瞬時に魔気の切り替えができた。


 右手で殴った直後に左手に切り替えること、さらには足、防御で頭。魔法みたいに飛ばすことはできなかった。


「よし!これくらいならアジとの再戦にいけるな!」


 準備は万端。あとは実践するのみ。肩に釣り竿を担いで桟橋に向かう。目下に疑似餌を垂らす。すぐに竿の先に反応があった。


 ゴクリと喉を鳴らし、勢いよく竿を持ち上げる。空中に舞ったアジをみて竿を持っていない右手に魔気を纏う。


「こいっ!」


 空中で体勢を立て直したアジが勢いよく飛んでくる。一歩下がってぶつかるタイミングをずらし、下からアジに向かってアッパーをくらわせる。


「しゃあっ!」


 拳がぶつかった瞬間にパリンという音がしてアジが飛んでいく。手応えがあった。アジは魔気を失ってもなお突っ込んでくる。手の魔気はまだ残っている。


「これで終わりだ!」


 まっすぐ飛んできたアジの横っ面を容赦なく殴る。今度は破裂音はなく、ぬるっとした感覚とともにアジはポーンと飛んでいった。海に水しぶきを上げて落ちた。


「やったか!?」


 少ししてアジは水面にぷかぷかと浮き上がった。その姿は力尽きて死んだ魚。つまりアジとの戦闘に勝利したということ。


「よし!勝った!」


 ガッツポーズをして喜ぶ。視聴者もお祝いムードだ。


 人参太郎:『ナイス!おめでとう!』

 雲行き綾憂:『おめでとう!』

 雪城:『おめでとうっ!』

 別人格:『すっご!戦闘慣れしてる無駄のない動き……』


 アジの死体は釣り竿を使って回収した。初めて倒したアジだ。最初くらい自分で料理して食べてみたい。


 こうしてまじまじと見ると、最初はアジのような魚だと思っていたけど、魔気がなくなると、現実とアジと姿かたちが全く一緒だった。


 アジはそれほど大きくなく、刺し身にすると身が残らない。塩焼きにしよう。


「うわっ……ここリアルなんだ」


 なんとアジは血抜きができた。指で開いて内臓を取り出す。中を洗いたくてふらふらしていると、船着き場にいたおじいさんが歩み寄ってきた。


「釣れたか?」

「あ、はい!」

「ふむ……手で捌くには大変じゃろ。これをやろう」


 おじいさんは真っ白な髭を触りながら、ポケットから解体用のナイフを取り出し、手渡してきた。


「それから魚の調理をするなら、あそこの小屋でするといい。水汲み場もある。網焼きにしてもいい、串焼きにしてもいい。好きに使って構わない」

「いいんですか!?」

「ほっほっほ。また釣れたらおすそ分けしてくれたらそれでいい」

「わかりました!ありがとうございます!」

「うむ、ではな」


 おじいさんに言われた通り、小屋に行くと魚を調理するためのものが一通り揃っていた。水を汲んで小さな桶に流し込み、その中でアジの内側を洗い、まな板の上でえらと鱗を取り除く。


 下処理を終えると鉄串をアジに刺して、火が灯った焚き火に向かう。


 串を立たせてじっくり焼く。ふと調理場をみると塩があった。一摘み取ってアジに振りかける。皮がぱりぱりに弾けていく様子を見て、しっかりと焼きめがつくのを確認して取り出す。


「めっちゃうまそう!」


 脂がこぼれ落ちる様を見てよだれが出る。煙立つアジの腹にかぶりつく。骨を取り除きながら味わう。


「ふわっふわっ……はふはふ、うんまいっ!やばっ……感動するぅ!」


 塩で魚特有の臭みが振り払われ、ふっくらとした身とパリッとした皮が格別だ。塩はさらにアジの旨味を引き立たせ、より味わい深いものにした。


「くぅ……ビール飲みてぇ!」


 指先でジョッキを煽る仕草をする。アジの旨味に感嘆もしながら食べ切った。残飯は指定のゴミ捨て場に捨てる。調理場の掃除を終えると、さっきのおじいさんが見回りに来た。


「ほっほっほ……あと片付けもちゃんとしておるな。感心感心」


 おじいさんは一言残して去っていった。


「一匹だけじゃ物足りないし、このまま釣りに向かうよ」


 それからアジとの戦闘を繰り返した。最初のうちは海に落としてしまっていた。力加減がうまくいかずに飛ばしてしまう。


 落ち着いてアジと戦えるほど余裕がなかったのかもしれない。どちらにせよ、焦りは油断につながる。落ち着いて行動できるように一歩下がる戦闘をした。


 5匹目を狩り終えると、魔気の容量が2に上がった。それと同時にレベルアップボーナスとして能力値が+3になっていた。


「おお!レベルが上がったぞ!これでアジを一撃で倒せるんじゃないか?」


 嬉しそうに言うと、ツッコミが来た。


 人参太郎:『魔石がないとだめじゃね?』


「あっ……」


 1つ目は蒼汰のご厚意に預かれたが、毎度頼むのは申し訳ない。自力で得る必要があるんじゃないか。そう考えると、魔石の取得方法を知る必要がある。


「うわぁ……聞くの忘れたぁ……」


 蒼汰たちは早々に沖の方に釣りに行った。すぐに帰ってくることはないはず。それを待つにしても帰ってくる目処がわからない。1時間後かもしれないし、3時間後かもしれない。


「うーん、この間にレベル上げしとくほうが得策だよね?どう思う?」


 視聴者に多数決で聞くと、レベル上げに決定した。


「あ、でも待って。釣ったアジを先に売りに行こうよ」


 バケツに入った4匹のアジをそのまま冒険者ギルドに運んだ。入った瞬間は笑みを浮かべるミーティアだったが、近づくにつれて顔が歪みだした。


「え?だめ?」


 バケツの中を見たミーティアが腕をバツの形にした。


「うん、だめでーす。魚は捌いてから持ってきてね〜」

「ええー」

「買い取りするにもルールがあるの。この本を渡すから、これの通りにしてね」


 冒険者ギルドに突っぱねられた。渋々調理場のある小屋に向かった。『猿でもわかる魚の捌き方』には必要な処置がすべて描かれていた。手間を掛けるだけ評価が上がり、買い取り値段も上がるそうだ。


 1時間以内の鮮度の評価2。氷により冷却されたものは評価5。鱗と内臓を取り除いた状態プラス2。血抜きをしているプラス2。ある一定のラインを超えた大きさプラス1。


 買い取りは評価3以上。


「最大評価10だってさ」


 バケツに入った評価2のアジの処理をする。血抜きをして内臓を取り除く。食べられないヒレと鱗を取ってきれいにする。バケツに入れて持って行くものじゃない。


 人参太郎:『あれはどうなんだ?メニューのあれ』

 雲行き綾憂:『インベントリ?所持品?』


 ふたりが覚えていてくれたようで、早速メニューから所持品を開く。アイテムを入れられる穴が現れた。アジを入れると、ひとつの項目が埋まった。4匹入れると別々で埋まった。


「こういうシステムね」


 ゲームによってストックされることもあるが、このゲームでは、ひとつのものはひとつとして考えられるらしい。


 アイテムを格納できる項目は全部で10個しかないが、素材専用で装備は別にあった。うっすらと別のスペースがあり、なにかしらのタイミングで解放されそうだ。


 大体のゲームは100個以上あるが、このゲームはそう優しくないらしい。


「一度に売れるのはせいぜい10匹が限界か」


 納品までの過程を考えると、この限界値がむしろちょうどいい。


 後片付けをして冒険者ギルドに向かうと入口の前でリックが壁を背にして待っていた。納品しに来てることに気づいたリックは腕を組むのをやめて手を差し出した。


「ちゃんと捌いたか?」


 リックからの申し出に答えるために所持品から1匹のアジを取り出す。受け取ったリックはメガネをクイッとしてアジを検品し始めた。鱗のありなしや身の弾力感。それらを確かめたリックは返品してきた。


「……ふん、これならいいだろう」


 確認したいことを終えると、リックは冒険者ギルドに戻らずに港の方へ向かった。


 人参太郎:『なんだ?あいつ』

 雲行き綾憂:『謎の多き男って感じですね』


「たぶん……監査の続きじゃないかな?」


 冒険者ギルドに入る手前、人柄の調査をするぐらい慎重な組織だ。言われた通りのことをしてきたかの確認をリックは自主的に行ったのかもしれない。

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