第7話 命懸けの釣り
その魚は空中で方向転換すると頭目掛けて飛んできた。腰を落として回避すると、視界の端で魚が方向転換するのが見えた。
「飛魚なのか!?」
魚の狙いは正確そのもの。急所を狙って親の敵のように一直線。回避するのは簡単ではないができないこともない。これもエコーボックスで学んだ身体捌きだ。
ブリッジして片手で身体を持ち上げて後転する。降り注ぐ矢のごとく飛んでくる魚から逃れる。どうにか陸地まで逃げ切ったが、魚はまだ追いかけてくる。
「くっそ、手強いな」
逃げるだけならどうにかなるのにどこまでも追いかけてくる。
人参太郎:『こいつはやばいな。まさか魚が飛ぶとは』
雪城:『カロッキュン素敵ぃ!』
雲行き綾憂:『さすがの身のこなしですね』
別人格:『すげぇ!』
エコーボックスは知る人ぞ知るアクションゲームだ。大人気ゲームと比べたら人口も少ない。一般的な身のこなしでも知らない人にとっては奇抜な動きに違いない。驚くのも無理はない。
「逃げるのがだめなら……これならどうだ!」
タイミングを見計らって魚を手掴みする。手の中で暴れ回る魚を握り潰そうとする。どんなに力を込めてもびくともしない。
「こいつ、魚のくせに地上で呼吸できるのか」
魚の勢いは止まらない。気を抜けば一瞬で逃げられそうになふ。
「どうすれば…そうだ!」
掴んだ魚を地面に叩きつけてみる。魚は叩きつけられたカルタのように微動だにしない。
「くっそ、これもだめか……だったら!」
思いつきで走り出す。向かう先は来る途中にあった焚き火だ。
「くらえっ!」
魚を片手に持ったまま焚き火に手を突っ込む。
「うおおおっ!!ボクが死ぬか、お前が死ぬか勝負だ!」
こんがりといい匂いがする。魚のような肉のような香ばしい匂いがしてきた。魚の動きが止まる。勝利を確信した瞬間、身体がうっすらと光り出す。
「な、なんだ……これっ!?」
視線を体力に向けるとゼロになっていた。死を確信したそのとき、視界の端にいたフードの人が呟いた声が聞こえた。
「ばっかじゃないの」
本当にその通りだ。光が散っていくとともに意識もまた散っていった。
「知ってる天井だ」
気づいたらベッドに寝ていた。ここは酒場の奥にあるベッドだ。
「まさか魚に殺されるなんて」
人参太郎:『こんがり焼けてたぞ』
雪城:『寝顔かわちぃ』
雲行き綾憂:『最初から強敵でしたね』
別人格:『魚って最強なのか?』
みんなも初戦闘に興奮気味だ。意外にも落ち着いた自分がいる。戦闘中は高揚する。一時的なものだけど、楽しかったという気持ちが大きい。次回の対戦もまたワクワクするのがはっきりしてるのがいい。
「落ち込んだりしないよ。ボクは死んでも死なないゲームで心が折れるなんて残念な人ではないからね」
戦いには自信がある。負けすらも楽しめる自分がいる。次はどうやって戦えばいいか、そんなことを考えながら酒場のホールに向かう。
ベッドをまた貸してもらったお礼をしに行く。カウンターに着くと、アイゼンはジョッキ一杯の果実酒を振る舞ってくれた。
「お、どうした?」
「すいません、ちょっとヘマしちゃいました」
「ぬ?そうか。失敗はつきものだ。反省できるやつはいいやつだ!これをやろう」
アイゼンはまたコインをくれた。本当にボーナスキャラクターだ。今回で2度目の来店だ。せっかくだから聞けてなかった営業時間を聞いてみることにした。朝から晩まで四六時中やっているそうだ。
「お金が手に入ったら、1番に飲みに来るよ」
「ふっ、待ってるぜ」
アイゼンとは仲良くできそうだ。1度目の死を経験してわかったことは死んだくらいではバッドエンドにならない。実際に戻るルートがあるか知らない。予測を立てるのもゲームの醍醐味だ。
「じゃ、アイゼンまた」
「おう、気を付けて帰れよ」
酒場に住んでるようなものなのに、一体どこに帰れというのだ。
酒場から出ると、にっこりと笑っているミーティアがいた。こんなことさっきもあったような?
「あ、こんにちは」
「こんにちは。嘉六…さんでしたっけ?」
すでに自己紹介をしているのにミーティアは疑うように聞いてきた。なにかがおかしい。
「え、はい」
「私なんて言いましたっけ?」
「え?なにかありましたっけ……?」
様子がおかしい。口元は笑っているのに目が笑ってない。こんなときこそ、頭をフル回転にする。
「えっと……なんでしたっけ?冒険者ギルドには登ったらいけない」
「それはそう。でも、もっと大切なことを私は教えたはずなんだけどなぁ〜」
「なんだろう…?」
「うん、うん。新人の方々はいつもそうですよね〜」
ほんわかしてて話しやすいと思っていたミーティアの背後に鬼が見える。確実に怒っていることを理解して冷や汗をかく。
「えっと、えっと、あっ!」
「わかったぁ?」
「はい、本は大切に扱おう」
「……ちっがーう!」
空気がヒリつくほどの大声を発したミーティアがぜぇぜぇと息を吐く。呆れと怒りを露わにしたミーティアが肩を掴んで揺らしながら説教を始める。
「言いましたよね?釣りは能力値を割り振ってからって!いいですか?嘉六さんはレベル1なんですよ!」
ぐわんぐわん揺れるなかでミーティアの心配する悲しそうな顔に心臓を潰されそうになる。
「ち・な・み・に!能力値を振っても嘉六さんはアジにすら勝てません」
「え?」
「嘉六さんは最も重要な魔気を持っていない……つまり攻撃力ゼロ」
『冒険者の基礎』と『気遣いのできる秘訣』にあった3つの気。そのうちのひとつである魔気の重要性をミーティアは教えてくれた。
「いい?魔気は攻撃と防御を兼ね備えた特殊なエネルギーなの。レベル毎に1ずつ獲得できる貴重なもので、取得方法は本にも書かれてた通り、魔石を吸収することで取得できるの。ここまではいい?」
「はい……」
「魔気を取得する前に能力値を割り振るのにも理由があるの。魔気を受け入れるのにも最低限の身体づくりをしないと、魔気に身体を毒されて死んじゃうの」
「えっ!?」
「だ・か・ら能力値を振ってくださいねって釘を差したのよ?わかってもらえた?」
「は、はい……」
過ちを犯したのにも関わらず、懇切丁寧に納得できる説明までして心配してくれるミーティアに頷くことしかできなかった。
「わかってもらえたら言うことはないから」
ぷんぷん怒るミーティアにクスッとつい笑うと、ミーティアは下を向いていた自分の視界に写り込む。
「反省が足りていないみたいね?」
アジの攻撃ですら躱せたのに、ミーティアの拘束には抵抗できなかった。ロープでぐるぐる巻きに縛られると、冒険者ギルドの受付の隣に座らされた。首には『釣りバカ』と描かれた看板を掛けられた。
「そこで反省してくださいね」
「は、はい……」
今日は怒られてばかりだ。反省することが一度や二度じゃないことが問題だ。
しばらくして蒼汰たちが帰ってきた。目が合った瞬間に笑い出すと思っていたのに、そんな気配はない。むしろ目をそらしている。なんでだろう?と考えたとき、ミーティアの台詞を思い出す。
『新人の方々はいつもそうですよね』
この言葉にどんな意味が含まれているか。目の前にいる3人を見ればわかる。誰がどれをしたかは不明だが、全員なにかしらに共通点をもっている。受付に座るミーティアを見れば、このギルドの上下関係を否応にも理解してしまう。
「蒼汰さん、それに剛鬼さん、クルシュさん。彼のこと、お願いしますね?」
ミーティアにそう言われた3人はビクビク震えている。頼まれてすぐに3人は上官に敬礼する平隊員のように姿勢を揃えて返事をした。
「「「はい、喜んで!」」」
「まあ!おねがいね?」
「もちろんですよ、おに……じゃなかった、ミーティアさんのおねが…むぐっ」
「ん?」
蒼汰の返事に背後の鬼が牙を剥く。余計な一言に気づいたクルシュが蒼汰の口を塞ぐ。
剛鬼は遠くを見つめている。会ったばかりなのにこの1時間で3人とは仲良くなれるという確信が生まれた。
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