第4話 流刑地アルカナ
「うっ……ここは……?」
目が覚めるとベッドに横になっていた。どうやらバッドエンドだったらしい。見慣れた構造の天井が目を引く。あのまま死んでいたなら納得がいく。絶望と疲労感で気を失ってしまったからだ。
扉が開く音がした。一人暮らしなのに音がするのは変だ。足音がだんだんと近づいてくる。見上げると優しげな声が耳を通り抜けた。
「目が覚めたのね……」
優しげな声がした方を向くと、そこにはフードで目元を隠した女性が立っていた。女性はベッドの横にある椅子に座ると、ひんやりとした手でおでこに触れた。
「熱は……ないわ。よかったぁ……」
「え?あの?ここは?」
「ここは……貴方も聞いたはずよ。流刑地アルカナよ」
無事に流刑地にたどり着いてしまったようだ。バッドエンドではないことを喜べばいいのか。それともこれからなにか悲惨なことが起きるのか。気が気じゃない。不安そうにしていると女性の口元が笑った。
「安心して、ここはそれほど悪いところではないわ」
「そう……なんですね」
「ええ」
安心感のある声色に落ち着きを取り戻す。
「えっと、それであなたは……?」
「私は……」
名前を聞こうとすると、女性はなにかを言おうとすると、ガタッという音がした。扉の方から全身真っ黒な鎧を纏い、背中に巨大な大剣を背負った騎士が入ってきた。女性は騎士の方を振り向くと、固く閉ざした口をゆっくりと開いた。
「……わかってる。ごめんなさい。名前は言えないの」
女性は脅されてる様子はない。なにか理由があるように思えた。
「い、いえ……いいんです。ボクは嘉六っていいます」
「そう。嘉六って言うのね。機会があればまた話しましょう」
フードの女性は黒い騎士とともに部屋から出ていった。
「なにがあったかは聞けないけど、なにかしらの理由があるんだろうな」
ベッドから起き上がってコメント欄を見ると、ライブに鍵がついていた。
「あっ……これってさ。運営からつけられたの?ってことは……このルートは新ルートってことだね。あぁ、よくみてたチャンネルもみれなくなってる」
序盤以外は見れない仕様になっているが、それだけでなく、別のルートに行った場合、他のルートの動画は見れないようになっている。それだけ秘匿性が高い。
視聴者が来なくなることは配信者として大きな損に繋がるが、そこは運営からの補填がある。
「視聴者の少ないボクからしたらむしろ利点でしかない」
コメント欄を見ると、視聴者も見れなくなっていた。
「なんかごめん。ここまで来たらボクと一緒に楽しもうよ。もしかしたら最初のひとりかもしれないしね!」
ベッドの端に座ると、靴が床に置かれているのが見えた。靴を履いて扉のほうまで歩いていくと、賑やかな声が聞こえてきた。
ゆっくりと扉を開くと、人々が笑い合う活気のある酒場だった。木製の丸いテーブルに何人かの村人と鎧を着た戦士がいた。
酒場のカウンターには立派なヒゲをした中年のおっさんがいた。何気なくカウンターに腰掛けると、一杯のジョッキが置かれた。見上げるとおっさんがニカッと笑いかけてきた。
「お前さん、今日来た新人だろ?」
「あ、はい。嘉六って言います」
「俺はアイゼンだ。この酒場の店主をしている。何か困ったことがあればいつでも来な」
「はい!ありがとうございます」
「ふっ、お礼が言えるやつはいいやつだ。今後ご贔屓にしてくれや」
アイゼンはどうやらいいおっさんらしい。ジョッキには赤黒い液体が入っている。飲んでみるとぶどうの甘みとうっすらとアルコールを感じる。果実酒というやつだ。
「美味い!」
「ふっ、味の感想を言えるやつはいいやつだ。これもやろう」
気前のいいアイゼンはさらにジャッキーを差し出した。味が染みた歯ごたえの良い肉だった。
「これもおいしい」
「ふっ、お前はいいやつだな。気に入った!お前にはこれをやろう」
そう言って取り出したのは一枚のコイン。そのコインの表に竜の紋章、裏に羊の悪魔の紋章が描かれている。
「これは?」
「む、そうか。お前さんは新人だから知らないか。教えてもいいが、それじゃ面白くない。ここを知ってそのコインの意味を学ぶといい」
「……わかりました」
ベッドを貸してもらったお礼を言って酒場を出る。よほどひどい扱いを受けると思っていたアルカナだったが人々に活気があった。外側の人間にとっては嫌われ者扱いだが、ここでは同じような人がいると考えたほうが納得がいく。
アルカナはそれほど広くなく、森と街を隔てる壁がすぐ近くに見えるほど狭かった。歩いて探索してみることにした。お店には看板があり、文字が読めなくても何の店かわかるようになっていた。
店は酒場のほかに鍛冶屋、薬屋、服飾屋、冒険者ギルドの4つがあった。他の店は見当たらず、住民が住んでいそうな家が何軒か建っている。アルカナを囲む壁に沿って歩いていくと『船着き場への道』という看板を見つけた。
船着き場への道は草を刈る程度の舗装しかされていなかった。人が通る道というよりは獣道に近い。木々の隙間を縫うように進んでいくと開けた場所にたどり着いた。
船着き場には桟橋に停まっている2隻の船があり、どちらも10人ほど乗れそうな大きさだった。船に乗ってどこかにいくストーリーがある予感がする。船着き場には管理人のような白髪の老人がひとりと数人の釣り人がいた。
「釣りできるんだ」
ぼそっと独り言をつぶやくと、釣り人のひとり、特に背が高い青年がふいにこちらを見たあと、驚いたように二度見してきた。
釣人は革の鎧を着ていて村の特色とは少しずれた印象があった。
横にいた別の釣り人の肩を強く叩くと、痛そうにしていた。「なんだよ」と迷惑そうな顔をしていたが、青年が指差した方向を見ると、同じように驚いていた。
「えっ!?新人か!?」
バカでかい声で驚いていたのは小太りした男だった。
「え?はい」
「マジでか!?」
返事をするとさらに驚愕する。まるで珍種の生き物に遭遇したかのような反応だ。
数人の釣り人はどうやらこのルートに来たプレイヤーだった。新ルート開拓して最初のひとりかもしれないなんて騒いでいたのが恥ずかしい。
「俺はクルシュだ。よろしくな」
クルシュはアルカナ一の釣り好きを自称している。このルートに来たのは1週間前で、最初は戸惑いこそあったが、今では釣りを誰よりも楽しんでるらしい。
クルシュの外見は売れないホストをイメージしている。長髪ひげありの青年だ。本人談ではリアルホストではないとのこと。
「ワイは剛鬼や!」
声がでかい小太りのおっさんが自己紹介をした。どうも彼は大声という認識はなく、普段からこれくらいの音量で喋ってる。
ただの気の良いおっさんなのだが、顔だけは妙に作り込んでいてどこぞの俳優のように彫りが深い。
「ごめんね、こいつ声デカくて。僕は蒼汰って言います。ここに来たのは2番目でお兄さんで5人目ですよ」
蒼汰は顔が整った美少年だ。キャラメイクは作り込むそうで現実とはかけ離れているそうだ。ゲームでこそ楽しみたいという強い願望があった。割と一般的な考えだ。
「3人ともよろしく。ボクは嘉六って言います」
「おう、よろしくな」
「よろしく!」
「よろしくお願いします」
3人と握手を交わして軽く話すと、釣りはメインコンテンツではなかった。漁師になるルートかと思ったが、そういうわけではなく、趣味だった。
「お兄さん面白いね!まぁ僕は最近釣りばっかだけど、ここはそういうルートじゃないってことだけ教えておくよ」
「わかる。俺は漁師もありなんじゃないかって最近思えるほど楽しいんだよな」
クルシュと蒼汰は釣りにご執心らしい。残る剛鬼は食べることを楽しみにしてるとか。
「そうなんだ……先人の知恵を得ようと思ったんでだけど……やっぱり先は長い?」
「うーん。先人の知恵ですか。冒険者ギルドに行くのがおすすめですよ」
「冒険者ギルドか。そういえば村にもあったな」
「はい。やっぱりどのファンタジーでもギルドは主軸になりますから。登録して損はないですよ」
「わかった。ありがとう」
「いえいえ、お役に立ててよかったです。では、僕たちは釣りに行くのでまたあとで会いましょう」
3人はワクワクした様子で船着き場の老人に話しかけていた。よっぽど長くいるのか、3人とも仲良さそうだった。
3人ばかり見ていたが、桟橋から見える景色は最高だった。どこまでも広がる海に感動する。潮風と透き通った海。
「釣りとか海水浴するの最高だろうな」
これだけ広大な海なんだ。たまになら釣りをしていいなと妄想しながら探索を続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます