第4話 流刑地アルカナ
「うっ……ここは……?」
目が覚めるとベッドに横になっていた。どうやらバッドエンドだったらしい。見慣れた構造の天井が目を引く。あのルートはだめだったんだな、そう考えていると、扉が開く音がした。
「……?」
「目が覚めたの!」
優しげな声がした方を向くと、そこには顔をフードで隠した女性が立っていた。女性はベッドの横にある椅子に座ると、ひんやりとした手でおでこに触れた。
「熱は……ないわ。よかったぁ……」
「え?あの?ここは?」
「ここは……貴方も聞いたはずよ。流刑地のアルカナよ」
無事に流刑地にたどり着いたようだ。
「あなたは……?」
「私は……」
名前を聞こうとすると、なぜか口を閉じた。ガタッという音がした。扉の方から全身真っ黒な鎧を纏い、背中に巨大な大剣を背負った騎士が入ってきた。騎士が彼女に視線を向けるとゆっくりと口を開いた。
「……わかってる。ごめんなさい。名前は言えないの」
どうやら名前を聞いてはいけなかったらしい。
「い、いえ……いいんです。ボクは嘉六っていいます」
「そう。嘉六って言うのね。機会があればまた話しましょう」
フードの女性は黒い騎士に連れられて部屋をあとにした。
「なにがあったかは聞けないけど、なにかしらの理由があるんだろうな」
ベッドから起き上がってコメント欄を見ると、ライブに鍵がついていた。
「あっ……これってさ。運営からつけられたの?ってことは……このルートは新ルートってことだね。あぁ、よくみてたチャンネルもみれなくなってる」
序盤以外は見れない仕様になっているが、それだけでなく、別のルートに行った場合、他のルートの動画は見れないようになっている。それだけ秘匿性が高い。
視聴者が来なくなることは配信者として大きな損に繋がるが、そこは運営からの補填がある。
「視聴者の少ないボクからしたらむしろ利点でしかない」
コメント欄を見ると、視聴者も見れなくなっていた。
「なんかごめん。ここまで来たらボクと一緒に楽しもうよ。もしかしたら最初のひとりかもしれないしね!」
ベッドのある部屋を出ると、そこは酒場だった。木製の丸いテーブルに何人かの村人と鎧を着た戦士がいた。どうやらここはこのアルカナの集会所のような立ち位置らしい。
酒場のカウンターには立派なヒゲをした中年のおっさんが立っていた。カウンターに腰掛けると、一杯のジョッキが置かれた。
「お前さん、今日来た新人だろ?」
「あ、はい。嘉六って言います」
「俺はアイゼンだ。この酒場の店主をしている。何か困ったことがあればいつでも来な」
「はい!ありがとうございます」
「ふっ、お礼が言えるやつはいいやつだ。今後ご贔屓にしてくれや」
アイゼンはどうやらいいおっさんらしい。ジョッキには赤黒い液体が入っている。飲んでみるとぶどうの甘みとうっすらとアルコールを感じる。果実酒というやつだ。
「美味い!」
「ふっ、味の感想を言えるやつはいいやつだ。これもやろう」
気前のいいアイゼンはさらにジャッキーを差し出した。味が染みた歯ごたえの良い肉だった。
「これもおいしい」
「ふっ、お前はいいやつだな。気に入った!お前にはこれをやろう」
そう言って取り出したのは一枚のコイン。そのコインの表に竜の紋章、裏に羊の悪魔の紋章が描かれている。
「これは?」
「む、そうか。お前さんは新人だから知らないか。教えてもいいが、それじゃ面白くない。ここを知ってそのコインの意味を学ぶといい」
「……わかりました」
ベッドを貸してもらったお礼を言って酒場を出た。アルカナは街ほど広くなく、歩いて一周できる広さしかない。村人と呼べるものは少なく、廃村一歩前のように思えた。
店は酒場のほかに鍛冶屋、薬屋、服飾屋、冒険者ギルドの四つがあり、少し離れたところに港へと続く道があった。
港に向かうと、船番をする白髪の老人がひとりと数人の釣り人がいた。
「釣りできるんだ」
ぼそっと独り言をつぶやくと、釣り人のひとりが一瞬こちらを見たあと、驚いたように二度見してきた。
革の鎧を着ていて村の特色とは少しずれた印象があった。横にいた別の釣り人の肩を叩いてこちらを指差す。
「えっ!?新人か!?」
バカでかい声で驚いていたのは小太りした男だった。
「え?はい」
「マジでか!?」
返事をするとさらに驚愕している。数人の釣り人はどうやらこのルートに来たプレイヤーだった。新ルート開拓して最初のひとりかもしれないなんて騒いでいたのが恥ずかしい。
「俺はクルシュだ。よろしくな」
クルシュはアルカナ一の釣り好きを自称している。このルートに来たのは1週間前で、最初は戸惑いこそあったが、今では釣りを誰よりも楽しんでるらしい。
クルシュの外見は売れないホストをイメージしている。長髪ひげありの青年だ。本人談ではリアルホストではないとのこと。
「ワイは剛鬼や!」
声がでかい小太りのおっさんが自己紹介をした。どうも彼は大声という認識はなく、普段からこれくらいの音量で喋ってる。
ただの気の良いおっさんなのだが、顔だけは妙に作り込んでいてどこぞの俳優のように彫りが深い。
「ごめんね、こいつ声デカくて。僕は蒼汰って言います。ここに来たのは2番目でお兄さんで5人目ですよ」
蒼汰は顔が整った美少年だ。キャラメイクは作り込むそうで現実とはかけ離れているそうだ。ゲームでこそ楽しみたいという強い願望があった。割と一般的な考えだ。
「3人ともよろしく。ボクは嘉六って言います」
「おう、よろしくな」
「よろしく!」
「よろしくお願いします」
3人と握手を交わして軽く話すと、釣りはメインコンテンツではなかった。漁師になるルートかと思ったが、そういうわけではなく、趣味だった。
「お兄さん面白いね!まぁ僕は最近釣りばっかだけど、ここはそういうルートじゃないってことだけ教えておくよ」
「わかる。俺は漁師もありなんじゃないかって最近思えるほど楽しいんだよな」
クルシュと蒼汰は釣りにご執心らしい。残る剛鬼は食べることを楽しみにしてるとか。
「そうなんですね……先人の知恵を得ようと思ったんですけど……やっぱり先は長いですか?」
「うーん。先人の知恵ですか。冒険者ギルドに行くのがおすすめですよ」
「冒険者ギルドか。そういえば村にもあったな」
「はい。やっぱりどのファンタジーでもギルドは主軸になりますから。登録して損はないですよ」
「わかった。ありがとう」
「いえいえ、お役に立ててよかったです。では、僕たちは釣りに行くのでまたあとで会いましょう」
3人と別れて冒険者ギルドに向かう運びになった。その道中に視聴者からのハトが届いた。
どうやら接続できる配信の中に釣り配信があった。誘惑的な釣り配信と思ってたらクルシュが釣りしてたらしい。釣りルートってのもあながち間違いじゃないかもしれない。
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