第3話 天空竜の祝福
良いものがありそうな『テンマ村の村長宅』。行ってみると火事場泥棒にでも襲われたのか、金品はなにも残っていなかった。村長だけは村から逃げられたのかもしれない。
「お、あるじゃん」
1冊の本があった。『王国の勢力図』という重要そうな本だ。
王国の勢力は国王派、王太子派、第一王女派、公爵派、教皇派の5つの勢力がある。現在はどの勢力も拮抗している。国王による内政に不満を持つ者も少なくはなく、近々反乱が起きる予兆があると手書きで記されている。
王国に行った異邦人や出稼ぎの傭兵はどこかの勢力につくことを強いられると書かれていた。
「どこにでも派閥が存在するんだな。これが本編につながるストーリーに関係するのかな?」
それくらいで目ぼしいものはなかった。村長宅をあとにして『大衆酒場』に向かう道すがら爆発音がした。どうやら酒に引火したらしい。遠目に見てもまだ爆発している。
「確か酒場に行くと高価な酒があって、それで貴族と交渉ができるみたいな話があったな。ここは最初に来ないとだめらしい」
残るは『冒険者ギルド』『天空竜教会』『鍛冶屋』の3箇所。
冒険者ギルドと天空竜教会はどのルートを進んでも最後まで残っている。優先すべきは鍛冶屋だ。
「鍛冶屋にはチート武器があるんだよね。まぁ序盤で使えるって情報だけだけど」
壁に立て掛けられた剣や防具は黒竜の業火によって溶けて使い物にならなくなっている。
「これが使えたらまた話は変わってくるんだけど、この奥にあるんだよね。チート武器」
鍛冶場に未完成の鉄の剣が火にさらされた状態で放置されている。これに鎚を打ち付けると完成してチート武器が手に入るというギミックだ。
「よし、これで勝確だ」
初見プレイといってもみんなやりたくて仕方なくてついついプレイ動画や配信を見てしまうものだ。よくある展開に視聴者も5人に減っていた。
掲げた鉄の剣を見てテンションが上がる。鉄の剣を片手に冒険者ギルドを訪れると、『行商人の販路』の本が手に入る。これで王国で迷子になることはない。
「あとは天空竜の祝福を手に入れるだけだ」
『天空竜教会』の女神像に祈りを捧げると祝福を得ることができる。この教会に行くことはどのルートに行っても必ず通る道だ。祝福を貰わないと、村を出て会う人会う人に異教徒として殺される。そこでバッドエンドだ。
とある有名配信者が逃亡しまくってる噂を耳にしたが、素人には真似できない。
「ボクも死にたくはない。祝福は必要だよ」
教会に行くと不思議なことに外は焦げているのに中はきれいなままだった。天空竜の祝福によって保護されているのかもしれない。中は長椅子と女神像だけあり、祈ることだけを目的にしているように見える。
天空竜なのに女神像というのを疑問に抱くことがあった。このまま祈るだけにするのはなんだかもったいない気がした。それでもこれからワクワクする旅を始めるなら生き急いだっていい。
女神像の前で跪いて頭を垂れようとする。ふいにあることに気づいた。
「よし、ここで祈りを捧げれば祝福を……あれ?」
女神が着けている首飾りが見覚えがある形をしている。動画や配信では重要なところやネタバレ要素はモザイクがかかっている。そういうこともあって本の表紙や地図の内容を深く知ることはできなかった。
だから本の内容は一言一句見逃さないようにしていた。蔵書から『悪魔教について』の本を取り出す。
「やっぱりそうだ。女神がつけてる首飾り……悪魔教の紋章に似てないか?」
ふと気になったことを口にする。
「えっ……なにこの揺れ!?」
口は災いの元ということわざがある。
「まさかここでバッドエンドあるぅ!?」
揺れの正体は女神像の後ろに現れた。轟音とともに現れたのは地下室へと続く階段。
「……こんなの見たことないぞ。」
薄暗い階段には1本の松明があった。壁掛けの松明を手に螺旋階段を下る。淀んだ空気をした先に重厚感のある扉があった。
建付けが悪く、力いっぱい押さないと開かなかった。重い音が響くとともにゆっくりと扉が開いた。部屋には祠があった。そこには地上の女神と同じ顔をした女性、そして背後には竜がいた。
祠には文字が刻まれている。
女神は竜の巫女であり、竜は世界樹に住まう天空竜だそうだ。この巫女には双子の姉がいて、愛する男のために闇堕ちして悪魔に身を捧げたらしい。
「ん?どういうことだ?あの女神像は悪魔教のものってことか?」
衝撃の事実を突きつけられて混乱する。残っていた5人の視聴者も見たことなかったようで困惑している。
「考えても埒が明かない。こういうのは全部見終わってから考えよう」
祠には続けて、竜と悪魔のチカラの均衡が崩れたことも書かれていた。これが『悪魔教について』に描かれていた数百年前の出来事らしい。
「え、ちょっとまって?じゃあ今王国にある宗教って天空竜教じゃなくて悪魔教ってこと?」
それ以上は文字がかすれていて読めなかった。最後に悪魔教の言いなりになってはいけないと締めくくられていた。
祠の文章をすべて読み終えると、竜の巫女の首飾りが光り始めた。
「え?え?こ、これを持てばいいの?」
首飾りに手を伸ばすと、光は首飾りから離れて近づけた手を覆った。
「な、なんだ!?」
光りが収まると、手の甲には首飾りと同じ紋章が刻まれた。それと同時に『天空竜の祝福』を得たというウィンドウが現れた。
「ここで祝福?あれ、なんかボクの知ってるエリュシオンと違うような……」
偶然見つけたものにしては重すぎる情報に脳が追いつかない。目まぐるしい状況に視聴者も困惑している。祈る相手を間違えたのかは、はっきりしない。
「ちょっとわけわからないけど、一応上でも祈ってみるか」
地上の女神像に試しに祈ってみたが、得ることはできなかった。
「これは新ルートになるのかな。混乱してるけど、ワクワクしてる自分がいるよ。やっぱりゲームはこうでないとね」
教会をあとにして村の入口に向かう。ここは最初の村であってプロローグでしかなのだ。テンマ村の周囲は森に覆われた奥地の村だ。こんなところでもあれだけ巨大な黒竜が来たんだ。近隣から騎士が来てもおかしくない。
「この祝福が吉と出るか蛇と出るか」
遠くから馬車がやってくるのが見えた。物々しい雰囲気の騎士たちが唯一の生存者である自分を出迎えに来たのだ。全ルート共通のシナリオだ。ここでどの領に行くかの最終結果がわかる。
馬車は少し通り過ぎてから止まると、スーツを着た文官と剣を持った騎士が降りてきた。文官は騎士より一歩前に出るとわざとらしく咳き込んで話しかけてきた。
「君はここの村人か?」
家が燃えたんだ。村人で間違いない。
「はい、そうです」
「村長から話は聞いている。黒竜の襲撃があったそうだな。それで、生き残りは君だけか?」
どうやら村長は逃げ延びたらしい。あれだけの火の手だ。徒歩じゃないなにかしらの手段で逃げたに違いない。
「はい」
文官はハンカチで目を拭うと、話を続けた。どうやら文官はテンマ村の村人との交流があり、親しい者もいたそうだ。そのことでつい感情が高ぶってしまったのだ。
「いや、悪い。どうも歳のせいか涙脆くてね。許してくれ」
「い、いえ」
「君にはもう行くところがないのか?そうなら、近くの街まで送ってやれる。どうする?」
「はい、それでお願いします」
親切な文官に手慣れた様子で返事をする。
「そうだ。すまない。自己紹介を忘れていた。私はこの先の街の税務官をしている、コリーンという」
「あ、嘉六です」
コリーンが手を差し出すとそれに習って手を伸ばす。すると、手の甲の紋章を見たコリーンの顔色が悪くなる。
「待て、いや、どういうことだ。あの村は……」
なにかをぶつぶつと呟き出したコリーン。しばらくすると後ろで控えていた騎士たちを呼び出した。
「嘉六と言ったな」
「え?はい?」
「まさかこんなところに悪魔の信奉者がいるとは思っていなかったよ」
「え?え?」
戸惑っているうちに騎士たちは剣を抜いて身柄を押さえた。
「ちょっ!?どういうことですか!?」
「どういうこともこういうことも。君がまさか悪魔の信奉者とはね。騙されたよ。まさか村にまで潜入していたとは」
話の流れがおかしい。システムテキストの話では天空竜の祝福だった。いくらみても紋章は竜の紋章だ。
「いやっ、ボクは!」
「悪魔の信奉者の話など聞きたくもない。彼は流刑地にて島流しの刑に処す。騎士たち、連れて行け」
あっという間に騎士に囲まれて、身包みが剥がされた。村で手に入れたチート武器の鉄の剣は騎士に没収された。
「それはボクのっ……!?」
「刃物など渡せるわけがないだろ!大人しくしろ」
手と首に拘束具をつけられ、さっきまで新人冒険者の物影だったのに、一瞬のうちに囚人に格下げさせられた。周囲を騎士に囲まれて馬車の後ろを歩かされた。反撃の隙はなかった。
コメント欄では、予測や推測で盛り上がっている。混ざりたかったが、口を開こうとすると、騎士に睨まれてどうすることもできなかった。
森の中で砂肌があらわになっている道は頻繁に人が通る道だ。獣道もそうやって判断することができる。流刑地はあまり人通りがないらしい。
「騎士たちよ、こやつを流刑地へ連れてゆけ」
「ハッ!」
文官のコリーンからの挨拶はなく、流刑地への分かれ道で別れた。マップで見ると、西に向かっている。驚いたことに流刑地はアストラルマップの範囲外にあった。
「え?」
「黙って歩け」
「は、はひぃ!」
口を閉ざすことを強要される。休憩を挟むこともなく歩き続ける。足取りが悪くなった。視界が歪む。
「うっ……もう、歩け……ない」
膝から崩れ落ちて倒れると視界が暗転した。
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